12 チャールズから凌に
物語であれば、めでたしめでたしで終わる。
けれど、ここは現実だ。
異世界転生という、普通なら、ありえない現象が自分の身に起こった事もまた――。
これからの人生が幸福になるか不幸になるかは自分次第だ。
死ぬまで物語は終わらない――。
今いるここよりもずっと文明が進んだ世界の日本という国で、鈴木凌として生きていた自分の最後の記憶は最愛の女との結婚式だった。
それ以降の記憶はなく、いつ死んだのか、どんな死因だったのか、全く憶えていない。
気が付いたら、異世界のチャールズ・ウィリアムズ侯爵令息になっていた。
愛する婚約者が自分が思っていた女ではないと知った絶望で、この体の本来の人格であるチャールズ・ウィリアムズは消え、代わりに自分が、鈴木凌が表に出たようだ。
チャールズ・ウィリアムズの前世の人格である鈴木凌が――。
元の自分、鈴木凌に戻れない以上、これからは、チャールズ・ウィリアムズとして生きるしかない。
幸いチャールズ・ウィリアムズとしての記憶もある。
他の人間であれば、この状況に戸惑い、順応するのに時間がかかるのだろうが、幸か不幸か、凌は何事も臨機応変に生きられる人間だった。
結婚式の後の最愛の女と歩んだはずの人生を覚えていないのは悲しいが、これからの人生も悪くないはずだ。
チャールズは受け入れられなかったようだが、婚約者もまた凌好みの女性だったからだ。彼女と共に生きる人生も悪くないと思うのだ。
最愛の女、前世の妻を忘れた訳ではない。彼女の事は自分が「自分」である限り忘れないし愛している。
けれど、今の自分は鈴木凌ではなくチャールズ・ウィリアムズとなったのだ。
チャールズとして生きていくために、今生の妻もまた大切にして愛して生きていくのは当然だろう。
婚約者のマリアことマリアジェーン・スミス伯爵令嬢から「婚約解消するなら構わない」と言われた翌日。
スミス伯爵家の応接間で、チャールズ・ウィリアムズ侯爵令息となった凌は、マリアと向き合い、自分が体こそチャールズだが人格が前世の自分になったのだと打ち明けた。
「とても信じられず、頭がおかしくなったと思われるだろうが」
「いえ、信じます」
凌の懸念とは裏腹に、マリアは、すんなりと納得した様子だ。
「あなたが今までのチャーリー様と違うのは見ていて分かりますから」
チャーリーは、マリアしか呼ばなかったチャールズ・ウィリアムズ侯爵令息の愛称だ。
「家と私のためになる方であれば、夫はチャーリー様でも『あなた』でも構いません」
「はは。君も、俺と同じで臨機応変に対応できる人間のようだな」
「まさかチャーリー様が『あなた』になるとは思いもしませんでしたが」
それだけは予想外だったとマリアは言外に告げている。
「体こそチャールズ・ウィリアムズだが、俺は『俺』としてしか生きられないし、生きるつもりもない。だから、君に打ち明けた。俺の話を信じられず、『今の俺』を受け入れられないなら婚約解消も仕方ないと思っていた」
チャールズはマリアと婚約解消になった後の身の振り方を考えられず、消える事を選んだが、今の自分、鈴木凌なら、どんな逆境でも生きていける自信がある。
この世界より文明が進んだ日本で、両親亡き後、身一つで生きてきた。その記憶があれば、折り合いの悪い今生の家族に頼らなくても、貴族社会にしがみつかなくても、どうとでも生きていけるのだ。
マリアが「今の自分」を受け入れてくれたので、そうする必要もなくなったが。
「本当に婚約解消するかどうかは、私の要望を聞いてからにしたほうがいいですよ」
マリアの「要望」を聞いて顔をしかめたが、夫婦となり心を通わせれば、彼女の考えも変わるだろうと、凌は彼女の要望に頷いた。
現状に満足している凌は気づかない。
マリアが可憐な笑顔の裏で何を考えていたのか。
「最愛の女というわりには、気付かないのね」
凌が応接間を出ていった後の醒めた顔のマリアの呟きを――。




