11 最初から愛などなかった
「夜会で何とかエヴァと接触しないと。エヴァに噂が嘘だと言ってもらわないと」
チャールズはスミス伯爵家の応接間で婚約者となったマリアと話していた。
マリアが婚約者となってからスミス伯爵家には頻繁にきていた。家族とは折り合いが悪くて家にいづらいのだ。
「結婚したお姉様に、元婚約者のあなたが接触するのは、どうかと思うけど。それに、お姉様は嘘は言っていないわ。放っておけばいいじゃない」
きょとんとした顔になるマリアをチャールズは信じられない思いで見ていた。
「僕だって、わざわざエヴァに接触したくない」
母を思わせるエヴァが嫌いなのだ。できれば、視界にすら入れたくない。
「でも、あんな噂を流されるなら訂正すべきだろう」
貴族にとって醜聞は命取りだ。下手をすれば家が存続できない事にすらなりかねないのだ。
「お姉様は嘘は言っていないわ」
マリアは同じ言葉を繰り返した。
「周囲に言い触らす事で、お姉様の気が済むなら、それでいいじゃない」
チャールズは、まじまじと目の前のマリアを見つめた。
違和感を覚えたのだ。
こういう事態が起こった時、こんな風に泰然と構えている少女だっただろうか?
姿形は紛れもなく自分が惚れた愛らしく美しい少女だのに。
「君は平気なのか? 自分達家族を悪く言われているんだぞ」
「我が家で起こった事は、どの家でもある事でしょう? この程度でスミス伯爵家は潰れやしないわ」
その日の天気の話をしているような、どうでもいい話題を口にしている、そんな口調だった。
「……マリア、君は」
自分の姉が公衆の面前で、自分達家族を悪く言っているのに、なぜ、マリアは平然としていられるのだろう?
彼女の言っている通り、あんな噂程度ではスミス伯爵家が潰れないという自信があるからか?
そうだとしても、人前に出る度に、好奇や蔑みの視線を受ける事態になると分かっていて、なぜ放置できるのか?
「つまらない噂など、すぐ消えると思うけど、耐えられないなら私とも婚約解消する? 私の婚約者だから、あなたも噂されているだけだろうし」
「なっ!? 僕と婚約解消したら君も困るだろう?」
マリアはきょとんとした顔で言った。
「困らないわ。婚約者は、あなたでなくてもいい。なんだったら、爵位をを返上しても構わないもの」
「なっ!?」
さっきから「なっ!?」しか言えないのは、あまりにもマリアがチャールズが思っていない事を言うからだ。
「……そんな事、できるわけないだろう」
言いながら、チャールズは分かっていた。
マリアは本気で爵位を返上しても構わないと思っているのだと。
けれど、爵位を返上し、平民となった後の事に考えが及んではいないのだろう。
だから、簡単に言えるのだ。
だから、チャールズは、そこに言及した。マリアに考えを改めてもらうために。
「……爵位を返上した後、平民になって暮らしていけるのか?」
「別に、それは、あなたが気にする必要はないんじゃない? 私が爵位を返上したら、あなたとの婚約は破談となり、あなたとは他人になるのだから」
確かに、チャールズが侯爵令息のままでは平民となったマリアとは結婚できない。
「……僕と結婚できなくなっても構わないのか?」
「さっきから、そう言っているけど?」
マリアは言外に何度も同じ事を言わせるなと言いたげだ。
「……僕を好きなんじゃないのか?」
ようやくの事で言ったチャールズとは違い、マリアは、あっさり告げた。
「別に好きじゃないわね」
「は?」
「お姉様の婚約者だから奪っただけ。好きでも何でもない婚約者でも、見下している妹に奪われたお姉様が、どんな顔をするのか興味あったから」
チャールズにとって信じられない事をマリアが明かした。
エヴァがそうだったように、マリアもチャールズに対する愛などなかったのだ。最初から。
「私と婚約を破棄するか解消するか、好きにすればいい。お姉様の婚約者でなくなったあなたには興味ないから」
絶句するチャールズに構わず、マリアは淡々と続けた。
「まあ、あなたは困るでしょうね。家族とは折り合いが悪いし、姉から妹に乗り換えたあなたと婚約しようという物好きな令嬢は、他にいないでしょうし」
嘲りは欠片もない。ただ事実を告げる淡々とした言い方だった。
チャールズは理解した。
マリアは、マリアジェーン・スミスは、チャールズが思っているような女性ではなかったのだと。
愛らしく可憐な美少女。その外見通りの性格などではない。
エヴァ以上に、したたかで狡猾な女なのだと。




