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その勇者どこで拾ったの、返してきなさい。1

 狭魔トンネルの調査から夜が明けた。


 現在時刻は朝ではなく、昼。そして、俺は未だ布団の中である。


 休みになったわけではないが、長岡さんに家に居るように言われたこともあり、大学を休むことにしたので思い切り怠惰を貪ることにした、というわけである。


 当然ながら昨日は寝る時間も遅くなったし、昼まで寝たところで咎められないだろう。


 もしも咎めるやつがいるとしたらカリーナだが、規則正しく起きる彼女も起こしに来なかった。


 俺と同じようにまだ寝ているか、起きていたとしても朝飯ぐらいは自分で用意したんだろうな。

 普段ならもう少しぐらいなら、布団の中に居ようとも問題ないのだろうがそうも言ってられない。


 時刻的にもこの辺りが限界といったところだ。


 やる気はいまいち沸かないが、無理矢理布団から這い出して洗面所へと向かう。

 顔を洗って、少しスッキリしたところで、部屋に戻り着替えを済ませて居間へと向かうと、そこにはすでに座椅子に体を預け、本を読んでいるカリーナの姿があった。


「おはよう」

「ああ、起きたか。おはよう」


 声をかけてテーブルを挟んでカリーナの向かいに座ると、彼女は本をパタンと閉じる。


「今日はどうするんだ?」

「どうもこうも、家に居る。来客があるだろうからな」

「ナガオカか?」


 あの口ぶりだったらそう思っても仕方ないだろうが、違う。


「あの人じゃねえよ」

「ん? じゃあ、誰が来るんだ? まさか組織の長が直接来るわけではないだろう? せいぜい、こういう場合は迎えを寄越すものだと思うが」

「いや、そのまさかだ。来るのは組長だよ」


 言うと、ピンッとカリーナの耳が反応する。


「大丈夫なのか? あまり良くない組織なのだろう?」

「まあ、そうだが……」


 多分、大丈夫だろう。事情を知らないやつがあいつを見て、ヤクザだなんて思わないだろうし。だが、そんなことは知らないカリーナは続ける。


「危険じゃないか? あの、ジュウとかいう危険な武器を持っているんだろう?」

「まあ、持ってはいるだろうが……よく知ってるな」

「昨日寝る前にネットで見たぞ」

「ネットかよ……」


 いや、間違っているわけじゃないが、エルフからネット何て言葉が飛び出すことに自分が教えたこととはいえども、ヒヤッとするな。インターネットで得た情報を鵜呑みにして、暴走しないと良いが。


 内心で冷や汗をかきながら、心配そうなカリーナを安心させるように、俺は口を開く。


「大丈夫だ。少なくとも、あいつはここに銃何て物騒なもの持って来ねぇよ。何の力もない相手を警戒する理由なんてないだろ?」

「それはそうかもしれないが……今は、私が居るんだぞ?」

「それを相手は知らないだろ」


 カリーナに関する向こうの現状の認識は、胸の大きいただの女程度のものだろ。

 一緒に暮らしているとも考えていないはずだ。


「良いヤツとは口が裂けても言えないが、人柄は信用していい」

「お前がそこまで言うか……」


 そりゃあ、昔から知ってるからな。

 むしろ心配なのは、向こうだ。取り乱さないといいんだがな……


「しかし、ジュウという武器は恐ろしいものだぞ? あれは私でも躱すのが難しい。出来ないとは言わないが……」

「……躱せるのか?」


 マジで?


「距離によっては可能だ。遠距離なら目視してからでもいけるだろうが、至近距離からだと、ギリギリ盾の魔法が間に合うか、といったところだろうな」

「……」


 事も無げにそう言ってのける姿に、言葉も出ない。


 身体能力が高いのは知っていたが、エルフの動体視力ってどうなってんの?


 実に恐ろしきかな、異世界エルフ。お願いだからさっさと故郷に帰って欲しい。

 俺が戦々恐々としていると、カリーナは深刻そうに告げる。


「もしも、室内で戦闘になればお前に怪我をさせてしまうかもしれない」

「いや、だからその心配は……」


 ない、とそう言おうとした時、スマホが音を挙げて震える。


「……何の音だ?」

「ああ、スマホだよスマホ。説明しただろ?」


 言いながら通知を確認すると、SMSにメッセージが来ているらしい。表示名は電話番号で、それも覚えのないものだ。


 SNS全盛の時代にこっちを使って連絡を取って来るやつなんて俺の周りにはいないし、というかSNSもやってはいるが、交流のある相手なんていない。LINEの友達も姉さんとそれ以外はソシャゲの公式アカウントばかりである。


 ただまあ、電話番号だけ紙に書いて渡した相手には一人だけ心当たりがある。『これから向かいます』という敬語のメッセージには、どこか懐かしさすら感じた。


「誰からだ?」

「組長。今家出たとよ」

「本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫だっての。人の家に行くのに、いちいち武器を持ち歩いたりするやつじゃないし、この街で争いごとが起きないように管理してるのが、あいつらの組なんだよ。だから、自分たちから暴力を行使する事はない」


 悪さをすればその限りではないが、やましいことは何もないので、堂々としていればいい。

 あまり関わり合いにはなりたくない、というのは本音だが、ああして遭遇してしまったのだから、組織の長にだけでも話を通さないことには、向こうは納得しない。

 それでも納得されないかもしれないが、カリーナのことを知るやつは少ない方が良い。


 背に腹は代えられないとはこのことである。


「それよりも、いつからお前は俺の用心棒になった」

「家主がいなくなったら、この家を出なくてはならないだろう? 龍二は軟弱だからな、万が一敵が現れた時、気づかぬうちに死んでいる可能性があると思ったんだ」

「誰が軟弱だクソエルフ」

便器に顔から突っ込んで、名実ともにクソエルフにしてやろうか。

「本当に大丈夫だからな、攻撃したりするなよ」

「ああ……言う通りにしよう……」


 そうは言ったが不安なのか、魔文字を書いて、小さな火の玉を出したり消したりするカリーナに呆れていると、インターホンが鳴って、続けて戸を叩く音が聞こえて来た。


 カリーナが来てからも何度か宅配が来ているから、彼女は慣れた様子で「来たのか?」とそう訊ねて来る。


 それに頷いて、立ち上がり玄関に向かおうとすると、カリーナも後ろから付いてくる。


「付いて来なくていいんだけど?」

「護衛だ」

「だからいらん」


 余程家がなくなるのが心配なのだろう。付いて来ようとするカリーナをどうにか説得して、居間に押し込みつつ、少し遅れて玄関へと辿り着く。

 まさか、玄関に来客を迎えに行くだけでこんな苦労をするとは思わなかった。

 玄関扉を開くと、昨日ぶりの顔が「よう」と言ってニヤリと笑った。


「悪いな、大学休ませちまって」


 そう謝る彼女を家の中に招き入れながら、


「気にしなくていい。サボる理由が出来て丁度いいぐらいだ」

「いやちゃんと行けよ」


 何を言っているのか分からない。


 大学にちゃんと行く大学生何ぞいるわけがないだろう。


「なんにせよ、昨日ぶりだな。坊や」

「ああ、思ったより早い再会だったな、涼子さん」


 苦笑しつつそう返すと、涼子さんはそれを鼻で軽く笑って口を開く。


「車は、前来た時と同じ場所に停めたが、大丈夫か?」

「大丈夫だ」


 元々は祖母の車が置いてあった場所だ。むしろそこ以外に適切な場所はない。


「んで、今日は昨日のこと聞かせてくれるんだったよな?」

「そのことについてなんだが……」


 居間を前にして、立ち止まり、言葉を濁しつつ言った。


「実は、お前に紹介したい人がいるんだ」

「……ほう?」


 ニヤリと彼女の唇が歪む。


「女か?」

「女だ」

「どんな女だ?」


 興味津々と言った様子で、聞いて来る涼子さんに「見たらわかる」と言ってやる。

 むしろ腰を抜かしちまうかもしれないな、などと思いながら居間へと続く扉を開いた。


「やっと戻って来たか……あと少し遅かったら、飛び出していたところだぞ」

「我慢したのか」

「いや、魔法で覗いてた」


 何でもありだな、魔法。

 呆れ半分、感心半分でそんな風に思っていると、ちょいちょいと肩を突かれる。


「なあ、おい……」


 困惑気味な声で、涼子さんが言う。


「龍二、こいつは……まさか……」

「ああ、そうだ。そのまさかだ」


 肯定の言葉を告げると、彼女の目がカッと見開かれる。

 見つめられているカリーナは、その圧に一瞬びくりと身を震わせた。

 俺は慌ててビビりのカリーナが、臨戦態勢に移る前に言葉を続ける。


「こいつは、異世界からやって来たエルフ。カリーナだ」

「嘘じゃあねえよな」

「嘘じゃない」

「本当なの?」

「マジもマジだ」

「耳とか、造り物じゃないよね?」

「じゃねぇよ」


 あまりの感動に、口調が昔のものに戻ってしまっている涼子さんに、満足しつつ、カリーナの方を見る。


「ほら、お前も自己紹介しろ」


 そう言うと、カリーナは何度か俺と涼子さんの顔を見てから、おずおずと口を開く。


「え、あ、どうも……エルフのカリーナだ、よろしく?」

「本物のエルフ……」

「お、おい、龍二。大丈夫なのか、これ」


 放心して、うわ言の様にそう言った涼子さんを見て動揺したカリーナがそう言ってくるが、俺はただそれに頷いて、


「大丈夫だ。しばらくすれば元に戻る。それまでコーヒーでも淹れるから、お前は座って待ってろ」

「そうか……いや、本当にそうなのか? そんな風に放置していいのか、これ」


 そう言って、涼子さんの目の前で手を振って見せるカリーナだったが、涼子さんは相変わらず「エルフ、エルフかぁ……」などとぼそぼそ呟いている。


「ダメだろ、これ」

「昔からの憧れが目の前に現れて、動転してるだけだから気にすんな」

「そうか?」

「そうだ」


 納得していない様子ながらも、これ以上構っても仕方がないと思ったのか、カリーナは自分と涼子さんが座る場所を整え始めた。


 涼子さんが意識を取り戻したのは、それからしばらくして、コーヒーのいい香りが部屋の中を満たした頃であった。


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