トンネルを抜けるとそこは——。5
ラーメンで腹も膨れ、心なしほくほくとした気分で、狭魔トンネルまでの道を歩く。
食いながら、ざっと調べたところによると、挟魔トンネルは徒歩での通行が許されているトンネルらしいので、このいい気分のまま誰にはばかることもなく、中を調べることが出来るだろう。
唯一の懸念は、虫だが、虫除けスプレーは買っていない。カリーナが、魔法で同じことを出来ると言ったからだ。
それでも昔の経験から飲み物は必要だと判断し、途中のコンビニでスポーツドリンクを四本買っているので手ぶらではない。
基本自宅に引き籠っている運動不足の俺にとっては、割といい運動になりそうだ。
「それにしても、魔法ってのは本当に便利だな」
ふと、そう溢すとカリーナは少し得意気な顔で言う。
「ああ、魔法にかかれば虫よけも冷房もいらないんだ。何せ、決まった魔文字に、魔力を流すだけで術式が完成するのだからな」
言いながら、指を軽く振って緑に発光する魔文字を出現させるカリーナ。
魔文字を俺が見るのはこれで三度目だ。
一度目は出会った時。言語の違いから、意思疎通が取れなかったため、翻訳魔法を使った時で、二度目はカリーナがゴキブリに初遭遇した時だった。
「それ一度使うだけで、効果を自分で切るまで永続なんだもんな」
「ああ、一度使った魔法は術者が解除するまで残り続ける……そのせいで、未熟な魔法使いが山の中で火の魔法を使い、効果を切り忘れあわや山火事、なんてこともあるがな」
「……欠陥品だろ、それ」
「未熟な、と言っただろう。私ぐらいになると、発動してから自動で効果を消す設定なぞ造作もない」
「ほーん」
カリーナ先生の異世界魔法講座に、適当に相槌を打ちながら、道を行く。
異世界に行く気はないので、覚えるつもりはさらさらなかった。
虫よけとか冷房とか、金払えば同じ効果のものを使えるなら、この世界でも「便利そう」の域を出ないし、攻撃するのに使うような魔法は、それこそ現代日本には無用の長物だ。正直いらない。
しかしながら、カリーナの話は分かりやすくて、聞く気がなくともスラスラと頭に入って来る。
元の世界では魔法学院の教諭でもしていたのだろうか。
「そもそも魔力というものは、自然が生み出すエネルギーだ。そこに木が一本あるだけ、生命がいるだけで生まれる力だから、しっかりと学びさえすればこの世界でも使える。龍二だって、魔法を使える可能性があるんだぞ?」
そのうえ、こちらが話半分で聞いているのを察して、やる気の向上を図ろうとしてくる始末である。
なに? マジで魔法教師カリーナ始まってんの?
「母さんが愛の魔法で助けてくれた経験とかないから遠慮しとく」
「そんな魔法あるワケないだろう……何の話をしてるんだお前は……」
この世界で一番売れてるファンタジー小説の話だよ。
そうして、暗にその講義に抗議をしたわけだが、わざわざ注意した割に俺が真面目に聞いていなくても構わないらしい。その後も延々と魔法学とやらについての話は、トンネルの前に着くまで続いた。
「ここが、狭魔トンネルか……」
そう呟いて、ゴクリと唾を飲み込むカリーナ。どうやら夜のトンネルの雰囲気に、若干気圧されているらしい。
夜のトンネルって、そこに心霊系の噂とか無くても妖しい雰囲気を感じるものだよな、と俺が一人納得していると、彼女は「まるで、魔の洞窟の入り口のようだな」と続けた。
「魔の洞窟?」
ただ事ではない雰囲気の声音に、思わず聞き返す。
「ああ……」
「そいつはどういう場所なんだ」
「自然発生したいくつかの強力な魔物の群れが、寄り集まって出来た場所だ。中ではその魔物の群れ同士で争っていたり、そんなのだから更に強力な個体が生まれたり……とにかく、恐ろしい場所だった……」
ゲームのエンドコンテンツ並の難易度してそうだな、そのダンジョン。
「……お前は入ったことがあるのか?」
「あるぞ。これでも勇者一行のお目付け役だったからな。ばっちりとこの眼で、魔物たちが一掃されるところは確認したし、私自身も戦いに参加した。ギリギリの戦いだったよ……」
「実体験かよ……」
末恐ろしいな異世界……
話を聞きながら、絶対に行きたくないと改めて決意する。
異世界転生とかしたがっている奴の気が知れない。この話を聞いて、まだしたいとかいうやつは余程の馬鹿か、狂人だろう。
しかし、そうなるとトンネルの調査、ちょっとやりたくなくなってきた。
ここを通って、神隠し的に異世界に飛ばされたりしたら嫌だし。
「まあ、そうも言ってられねぇか……」
怖気づく心を奮い立たせるように、そう呟く。
「ん? なんか言ったか?」
「なんでもない、行くぞ」
言って、俺はトンネルへと向けて一歩踏み出す。
「お、おい! そんな気楽に入ったら危ないだろう!」
何故か俺よりも警戒しているらしいビビりエルフを安心させるように、いつもの調子で言ってやる。
「安心しろ。ここは魔の洞窟じゃなくて、ただのトンネルだ。魔物に出くわすこともないし、まっすぐ歩いてりゃ、そのうち外に出られるっての」
「し、しかしだな、こういう場所はもっと慎重に……って、おい待て! ずんずん進んで行くんじゃない! いざという時守れないだろうが!」
事情を知らない人間が見たら確実に、アホか中二病を疑うような発言をしながら、追いかけて来るカリーナに苦笑しながら、歩調を緩めて追いついて来るのを待つ。
「はあ……まったく! いくら魔物がいないとはいえ、盗賊とか居たらどうするんだ!」
「今の日本にこんな場所をねぐらにしてまで人を襲う馬鹿はそういねぇよ」
文句たらたらで絡んでくるカリーナを雑に流しながら中を進み、俺は調査を開始した。