表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/14

トンネルを抜けるとそこは——。3

 結局、そうして、好奇心に任せて色々と読んでいるうちに、大学を出るのがずいぶん遅くなってしまった。


 日はまだ沈んでいないものの、町はすっかりオレンジ色に染まってしまっている。

 まあ、帰るのが遅くなったところで、カリーナは何も言わないだろう。

……いや、夕飯が遅くなるから文句言われるな、多分。


「めんどうくせぇ……」


 居候の癖に、飯のことに関しては絶対譲らないんだよな、あいつ。

 とりあえず、お茶を濁すべく中華まんでも買って帰るかと、家の近くにあるコンビニへと入り、肉まん二つとあんまん一つ、ついでに缶コーヒーも買って、コンビニを出る。


 帰る前に一息吐こうと、プルタブを引いて、缶コーヒーに口をつける。

 汗をかいた体に、冷たいコーヒーが沁みる。


「はあ……」


 そう何の気なしに、息を吐き出した時だった。


「ため息たぁ、良くないねぇ」

「あん……?」


 急にかけられた声に、少し威圧的な調子で返事を返しつつ、声のした方に視線をやり、相手の姿を見て、またため息を吐く。


 風に揺れる緑がかった長い黒髪。鋭利な刃物のような光を宿す意志の強そうな瞳。身長は低めだが、そのルックスからか、異様に男物のパンクファッションが似合っていた。


 記憶の中の朧げな印象と少しの乖離を感じるが、薄く笑みを浮かべながらこちらを見る明らかに堅気ではない雰囲気の女性の姿には、間違いなく覚えがあった。


「……なんだ、アンタか」


 威圧して損した。急に変なやつに話しかけられたかと思って、警戒しちまったじゃねえか。


「なんだとはご挨拶じゃあねぇか、えぇ?」


 心底愉快そうにそう言って、表情をニヤリと歪めた女を軽く睨んでやるが、彼女はどこ吹く風と言った様子だ。


「久しぶりだな、神室の坊や。壮健そうで何よりだよ」

「坊やって……」


 一つしか変わらないってのに、ずいぶんな言いようである。

 そう言ってやりたい気持ちをグッと堪える。以前、同じことを言った時「歳なんてのは些細な話だ。お前とアタシじゃあ、経験値ってのが違うんだよ。だから、お前は坊やで十分なんだよ」などと言われたので、何も言わないことにしている。


 昔は大人しくて、男口調でもなかったし、むしろ……


 数年会っていなかったが、大学に入って再会してからというもの、すっかり変わってしまっていた彼女、熊長涼子は、事あるごとに俺をガキ扱いして来る。

 まあ、彼女の今の立場……この辺りを根城にしている熊長組というヤクザの頭をしていることを考えれば、それも当然なのかもしれない。


「そっちも元気みたいでよかったよ。ひと月ぶりぐらいか? 大学でも会わなかったよな」

「あァ……ちっと忙しくてな。最近は、大学にも行けてねぇんだ」


 それを聞いて納得する。


「お疲れさん」

「本当にな。うちは他所との切った張ったはしねぇが、それでもヤクザ稼業ってのは、楽じゃねェよ」


 苦笑しながら、小声でそう言った涼子さんに、少しばかり同情する。

 本来なら大学それそのものに通っている余裕もなかったはずなので、今はまだマシな方なんだろう。

 だが……


「それなら、なんでここに? この辺りにはあまり来ないだろ」


 この辺りは特に治安が悪い地域でもないので、見回りもあまりいないとかじゃなかったか。

 そう疑問を口にすれば、涼子さんは頭をガシガシと掻いて、言う。


「その、なんだ……お前のところに顔出そうと思ってな」

「……なんで?」


 アンタ、立場の都合で、大学の外じゃ滅多なこともない限り俺と会おうとしないじゃん。


「いやな、どうも最近この街で原因不明の失踪事件が増えてんだよ」

「……ただでさえ、多いのにか?」


 失踪事件、と聞いて思わず口に出たのはそんな言葉だった。

 地元がここではないから、詳しくは知らないが、狭魔市は日本で最も失踪者が多い街として、テレビで何度か取り上げられていたはずだ。都市伝説系の心霊特番だったか。

 詳細は覚えちゃいないが、陰謀論的なのだったな、確か。

 それにしても、原因不明ってのはまた妙な話だ。


「なんだ、知ってたのか」


 渋面を作り、考えているとあっけらかんとした様子で、涼子さんは言った。


「そりゃあ、一応。今、暮らしてる土地のことだしな」


 それに、ガキの頃はよく遊びに来ていたし。


「ほう? あのヤンチャだったガキが、少しは立派になったじゃねぇか」

「いつの話してんだよ……つーか、あの頃だってここ以外じゃ大人しいもんだったての」

「ははッ、まあ、そうだなァ。アタシは、こっちに遊びに来てた時のお前しか知らねェ」

「はあ……んで、その失踪事件がどうして俺の家に顔を出すことに繋がるんだ?」


 からっとした笑顔を浮かべた涼子さんに、少し呆れつつ、話の流れを元に戻す。


「そりゃお前、生存確認だよ」

「あのなあ……」


 俺が、失踪するように見えるのか、とそう口にしようとして黙る。

 涼子さんが、その鋭く切れ長の瞳を真剣なものにして、こちらを見つめていたからだ。


「ただの失踪事件ならわざわざ出向いたりしねェよ。お前の言った通り、失踪事件自体は昔から多いんだからな。が、最近は多いだけじゃねェ。明らかに、人の居なくなり方がおかしいんだよ」

「……どういうことだ?」

「具体的に、どうのってのは言えねェが、例えば、さっきまで一緒に茶を飲んでたやつが、トイレに行ったきり戻って来ない、なんてことが頻発してんだよ。それこそ今回の件はオカルト染みてるってもんだ」

「トイレ、ね……」

「ああいや、別に本当にトイレに消えたってわけじゃなくてだな……だから例えだ。例え」

「いや、わかってる。ちょっと気になっただけだ」


 別に俺は探偵じゃないので、トイレという完全密室から、人が消えたトリックを見破るような見事な推理を披露したいわけじゃない。


 トイレという単語に妙な縁を感じただけだ。トイレとの縁って、なんだよ。


 にしても、そんな事件が起きているならもうちょい話題になってもいいと思うんだけどな。俺は余りテレビを見ないが、カリーナが見るから付けてはいる。耳に入って来ても、おかしくないはずだが……


「なんだ? 興味あるのか?」


 考え込んでいると、何を思ったのか涼子さんがそう訊ねて来る。


「まあ、ないってことはないな。トイレの他になんかないのか、オカルトっぽいの」

「他に、か。そうだな、話して良さそうなのと言えば、狭魔トンネルの話があるな」

「狭魔トンネル……?」


 さきほどまで調べていたことに繋がりそうな単語が出たので、思わず聞き返すように、訊ねると涼子さんは頷く。


「狭魔山ってあるだろ?」

「あー……」


 言われて、狭魔山の方を見る。

 ここからちょうど東の辺りにある高い山。秋頃には紅葉が綺麗で、それを目当てに観光客なんかも来るこの辺りの名所だ。夏には麓の神社で祭りをやっているんだったか。

 となると、あそこか。


「車だとか自転車であっちの町に行くのに通るトンネル。あれが、狭魔トンネルか」

「ああ、そこだ……それで、そのトンネルでも失踪者が出ているらしい」

「らしい?」

「確証がねェんだ……車のトンネルを抜ける直前まで助手席に乗ってたはずのやつが、出た瞬間にはもういないってんだから、確証なんて何処から得ればいいかわからねェ。運転手が殺して、山に捨てたとでも言われた方がまだ納得できる。それこそ、警察の方はそっち方面で調べてたらしいが、そっちもそっちで証拠が出ないってんだからお手上げだ」

「……それ、実際にあった話なのか?」


 内心ではその情報に渡りに船だと、喜びながら、あくまでも真偽を疑うように聞いた。


「だから、オカルト染みてるって言っただろ? うちもうちで、調べちゃいるんだが何にもわからねェ」


 憎々し気に吐き捨ててから、ふと我に返ったように「すまねェ」と涼子さんは言った。


「そういう話をしたいわけじゃねェんだ。聞かれたから話したが、事件のことをお前に話すつもりもなかったしな」

「生存確認、だったか?」

「ああ、柄にもなく心配だったんだよ。お前はフラフラしてて、そのうちどっかに行っちまいそうな雰囲気があるからな」

 確かにフラフラしているし、だいぶ適当な生き方をしている自覚はあるが、そんな心配をされる覚えはない。

「余計なお世話だ」

「くくッ、そうかい。ま、何にせよ、だ。もう昔みてえに、冒険だなんだッとか言ってあんまり危ない所に行ったりするなよ」

「お前の目にいくつの俺がうつってるんだ?」


 いくらなんでもガキ扱いし過ぎだろ、と涼子さんを少し睨みつつ言ってやるが、ニヤッとこちらをからかうように笑われてしまった。


 目付きの悪さには自信があるのだが、一般大学生程度の睨みなど、強面たちの中で育って来た彼女にとっては、小動物の威嚇に等しいのだろう。


 昔は自分も冒険小説とか好きだった癖に、とそんな悪態を内心で吐き出しつつも、諦めてため息を吐く。


「ご忠告どうも。ま、ほどほどに気を付けるわ」

「はっ、思ってもいないこと言ってんじゃねェよ」

 そう言って、ピンと人差し指で俺の額を弾くと「じゃあな」と言って、ポケットに手を入れて去って行く。


 その背中を見送りながら、本日何度目かもわからないため息を吐いた。


「……帰るか」


 とっくに冷めているだろう中華まんの入ったコンビニ袋を見て、呟いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ