トンネルを抜けるとそこは——。2
本日最後の講義を終えて、荷物を持ち立ち上がる。
前期の終わりが近づいて来たことで、サボる学生が増えたのだろう。初めの頃はほぼ満席だった教室も、だいぶ人の数が減ってきている。
ここから、夏季休暇までどれだけ残っているだろう、とそんなことを考えながら講義室を出て、少々億劫に思いながら図書館へと向かう。
面倒臭いし、さっさと家でだらだと小説を浴びるほど読みたい。
図書館は他人がいるから、そんなにリラックスできないんだよな。
別に、人間が嫌いだとか思春期拗らせたガキみたいなことを言うつもりはないのだが、今までろくに人と関わったことがないから、そもそも人が得意じゃないのだ。俺は。
コミュニケーションを取れ、と言われればそりゃ出来るが、極力関わり合いになりたくない。まあ、慣れた相手なら別だが、そもそも慣れるほど付き合いが続いた試しがほぼない。
そんなわけだから、現状、他人が家に居着いているというのは、不本意なことだった。
自分だけの聖域が侵されているような、そんな感覚がある。
だから、俺はさっさとあいつに元の世界へ帰って貰いたいと思っているし、その為なら多少の面倒にも目を瞑るしかないだろう。
異世界へと渡る手段さえわかれば、元の生活も戻って来るだろうしな。
そんなことを考えながら、鬱陶しい日差しを避けるようにして、なるべく日陰を通りながらキャンパスを歩く。
ほどなくして、図書館へと辿り着くと、ゲートに学生証をかざして、中へと入る。
一直線に目的の棚へと向かい、資料になりそうな本を十冊ほど引っ張り出して、その辺の机に置いて、椅子に腰を下ろした。
いくつかの資料を適当に流し読みしながら、目につく単語だけをピックアップしていく。
そうして、必要なもの以外は元あった場所へと戻すと、その場に残ったのは四冊ほど。どれも風俗や伝承について書かれた本だ。まあ、それを狙って選んだのだから当然だ。
一見すると、これがカリーナの帰還に繋がるとは考え難いが、どうやらこれが鍵になりそうだ、と二カ月前に彼女と結論を出した。
カリーナ曰く、この世界で妖怪と呼ばれているものの類は、そのいくつかが彼女たちの世界における魔物と絵姿が瓜二つ、なのだという。
信憑性があるかどうかはともかくとして、異世界などと言う非現実を追うのに、伝承やら伝説やらという同じ非現実的なものを土台にして、考えると言うのは正解であるような気もした。
現実的に考えることで、異世界への道を召喚出来るなら俺もそうしたいが、そのアプローチは無理そうだと、早々に諦めた。
科学で異世界へのゲートを作り出すなんて、大発明染みたことが文系の俺にできるワケがないし、じゃあ、非科学的で非現実的な魔法はどうか、ともちろんなったのだが、世界を超えるような大魔法は、魔法に長けた種族であるエルフにも無理らしい。
だから、この世界に異世界の痕跡と言える「一部の妖怪」が見つかった時点で、俺達は早々にそちら側で調べる方針にした。
狭魔市にはオカルト染みた伝承・伝説の類が多いこともあって、情報自体はそれなりに集まっているのだが、割と何処にでもありそうな話ばかりで、今一歩足りない。
明らかに手詰まりだ。本当にこの方向でいいのか。
このまま一生エルフと同居生活なんて、俺は嫌だぞ。
手にした本の『狭魔の伝承』というタイトルを見て、ため息を吐く。
一先ずは、必要そうな情報を引き出すために、これらを読破しなければならない。
本を読むのは全く苦に感じないが、出来ることなら穏やかな気持ちで読みたかった。
それから数時間ほど、本を読み耽るがすでに知っている以上の情報はない。
この土地の神様に関する伝承や、当時信じられていたらしいが、今回の件に何ら繋がりの見えない民話。あとは、近所の神社がどういった経緯で出来たか、とかそんなもの。
面白いは面白い。特に、毎年行われる祭りの由来なんかは、好奇心を刺激されて、そっちのことにかまけてしまいそうだった。
この土地の神様が「ハザマモリ様」と呼ばれていることも、初めて知ったし、カリーナを無事に帰せたのならそれについて、調べるのも、いいかもしれない。
ただ、残念ながら選んだ四冊の中には目ぼしい情報はなかった。
「仕方ない、か」
そう独り言ちて、時計を見る。
時間はまだ十分ある。
「もう少し、探してみるか」
呟きながら、本を棚に返しつつ、読んだことのないものを中心に一つ一つ本を開いて、中身を確認していく。
「……おっ」
数冊目の本を開いた時、気になる章タイトルを見つけた。
本のタイトルは『隧道の話』というもので、気になったのはその中の『隧道と他界』という部分だ。
隧道はトンネルの古い言い方で、他界はそのまま、この現世とは違う場所にある世界のことだろう。昔、婆さんがそんなことを話して聞かせてくれた気がする。
通俗的な言い方をするならこの世ではないところ……「あの世」のことだ。
この世界とは別の場所で、かつ何かが暮らしていると考えられている場所で、祖母が俺に話してくれたのは、不死の国「常世国」とか日本神話に出て来る「高天原」とか、それこそ、便所から繋がっているらしい死者の国、「黄泉の国」ぐらいか。
どれをとっても、人ならざるものあるいはこの世のモノとは違う人が住まう場所。
つまりは異世界である。
常世国とかエルフ住んでそうじゃないか? 不死の国って言うぐらいだし。そこからマレビトとかいう神が日本に渡って来るって、ババアが言っていたのはなんとなく覚えている。
行ってみたいと思って、幼少期に幼馴染とマレビトを探した記憶もある。
……いや、そうじゃない。今は思い出に浸る時間じゃない。
逸れかけた思考を切り替えて、机まで戻ると、ページを捲り、『隧道と他界』の部分を開く。
内容を要約すると、古くはトンネルが、あの世に繋がると信じられていて、それが神の国だったり黄泉の国だったりするのは、伝承の残る地域によりけり。帰り道で振り返ると災いが起こるという、「振り返るな」系統の話が主。中でも地下へと向かうトンネルに関する話の多くは、黄泉の国へと繋がるものが多いようだ。
「これは、アレか、イザナギの話が元か……?」
ノートに書き込みながら、そんなことを呟く。
イザナギの冥界下り。妻であるイザナミの死を悲しんだイザナギが、黄泉の国へと渡る話。
イザナギは、イザナミに再会することが出来るが、帰り際「振り返るな」という言いつけを破って振り返り、醜い姿へと変わった自分の妻を目撃し、その姿を恐れ、逃げ出した。
「あれも、可哀相な話だよな」
そりゃあ、振り返るなと言ってまで隠した醜い姿を見た挙句、恐れをなして逃げる夫にイザナミも怒るだろうよ。
「しかし、神の国の方はなんだ? 黄泉の国とどう違う?」
黄泉の国も、イザナミの世界だとするとある意味では神の国、というのも間違いではないだろうし……
「ああ、もしかして根本的にそこに違いがないやつか?」
もしも、繋がる先が居世界なら魔族とかがいるそうだし、それを黄泉の生き物と思ってしまうことは無理からぬことだろう。それに、エルフみたいに人とは違う見た目で、美しい存在が居たら、神の国だと考えてしまうのは、昔なら当然な気もする。
「カリーナの話を聞く限りだと、エルフってのはどいつもかなりの美形らしいしな……」
俺も、エルフだとかそう言った類の知識がなければ、カリーナを神様扱いしていたかもしないと思うと、ゾッとするが……
「とりあえず、この情報は要調査として……」
さて、これで一先ずの目途は立ったが……
「もうちょい調べて行くか」
ちょっと、楽しくなって来てしまった。