第42話 カロー公爵領へ
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「ここがカロー公爵領の首都『アルクール』よ」
馬車の窓から見える景色を眺めながら、フローラは得意げに言った。
「へぇー……これはまた立派な街並みですね」
アルフォンスが感嘆の声を漏らす。俺も身を乗り出して外を見ると、そこにはおとぎ話のようなレンガ造りの色鮮やかな町並みが広がっていた。
「そうでしょう! アタシのお父様は公爵なんだから! もっと褒め称えなさい!」
「はいはい。すごいすごい」
俺が適当に相槌を打つと、フローラは不満そうに頰を膨らませた。そしてそのまま顔を背けてしまう。相変わらず面倒くさいやつだな。
「まったく……平民は礼儀がなってないわね。本当に嫌になっちゃう」
そんな俺たちのやり取りを見て、クロエがクスクスと笑った。それに釣られるようにしてアルフォンスも笑い出す。フローラはそんな二人の様子にますますムッとした表情を見せた。
「……何よ? アタシのどこがおかしいっていうの?」
「いや、可愛らしいお嬢様だなと」
「からかってるの!?」
「滅相もございません」
アルフォンスはチラリと俺の方を見た。俺は苦笑いしつつ肩をすくめる。
「はあ……もういいわよ。アタシは先にお父様に会ってくるから、アンタたちはここで大人しく待ってなさい!」
そう言うと、フローラは街の中心部の巨大な屋敷の前で馬車を降りてそのままどこかへと行ってしまった。残された俺たちは顔を見合わせる。
「待ってろってさ」
俺が言うと、クロエは肩をすくめた。
「時間ができるとすぐにイタズラ始める奴がいるから嫌なのよね……」
「呼んだ〜?」
いつの間にかクロエの隣に移動していたノエルが首を傾げる。
「呼んでない」
クロエは即答した。ノエルはそんなクロエの反応も気にせずに彼女の肩に自分の頭を乗せる。
「クロエひど〜い」
ノエルはそう言うと、わざとらしく泣き真似をした。クロエが鬱陶しそうにそれを払い除けようとする。
「ちょっと! もうやめてよ」
「えへへ〜♪」
そんなやり取りをしている二人を横目に、アルフォンスは馬車の外を眺めていた。そしてポツリと言う。
「それにしても……カロー公爵か」
「どうかしたのか?」
と俺は尋ねた。彼は少し困ったような表情で答える。
「実は僕、カロー公爵とは少し因縁があってね」
「そうなのか?」
俺が聞き返すと、アルフォンスは頷いた。そして続ける。
「僕を育ててくれた師匠が以前、公爵家お抱えの薬草士だったんだけど、その時に師匠とカロー公爵は意見の食い違いで結構揉めてたみたいでさ。追放処分になったんだよね」
「ふーん……?」
俺が首を傾げると、アルフォンスは困ったように笑った。そして続ける。
「まあ……今はどうでもいいか。また機会があったら詳しく話すよ。今はどうしたらルナ嬢を救い出せるか考えよう」
アルフォンスの言葉に、俺も頷いた。そうだ。聖フランシス教団に立ち向かうにしても、七聖剣であるルナの助力が不可欠だろう。
「でも、ルナちゃんはクリスティーナに教団本部へ連れていかれたのでしょ? 助け出すのは至難の業だと思う。戦力も不足してるし」
クロエが言うと、アルフォンスは頷いた。
「そうだね……実際、僕らの中で大司教のクリスティーナを何とかできるとしたらノエルくらいだけど……」
アルフォンスはそこで言葉を詰まらせる。
「ノエルにばかり負担をかけられない」
「でも、四の五の言ってられないんじゃない? ルナちゃんが殺されたり洗脳されたりしたらもう手遅れよ? ……何とかならないのバカ乳?」
「そんな事言われてもなぁ……」
クロエに視線を向けられたノエルは、そう言って頭をかいた。
「うん……これは話しておかないとかもね〜」
ノエルはそう言うと、唐突に勢いよく自分のローブを捲りあげた。
「うわっ! おいこら! 何をやって……」
俺は慌てて目を逸らす。しかし、すぐにまた視線を戻した。するとそこには驚くべき光景が広がっていた。
ノエルの透き通るような脚も美しいのだがそれよりも、彼女の腹部に黒く刻まれた謎の紋章の方が気になった。それはまるで生きているかのように蠢き、時折淡い光を放っているようにも見える。
「おい……これは一体……?」
俺が恐る恐る尋ねると、ノエルはニコリと笑って答えた。
「洞窟でクリスティーナのやり合った時につけられた。一種の呪いみたいなやつだと思う。これが私の力を少しずつ奪ってるの」
「おいおい、マジかよ……」
俺は絶句した。ノエルは黒魔導士だ。ノエルの魔法がクリスティーナに有効なように、クリスティーナの操る聖属性の魔法はノエルにとって危険だ。
「どうにかならないのか?」
俺が尋ねると、ノエルは首を横に振った。
「無理かな〜? 多分この紋章は、私が死ぬまで消えないよ」
「そんな……」
俺は絶句した。すると、クロエが口を開く。
「もしくは、クリスティーナを倒せば消える……でしょ?」
「そうか! 呪いなら、術者を倒せば解ける可能性があるかもしれない!」
俺は思わず大声を上げた。しかし、ノエルは首を横に振る。
「まずそのクリスティーナを倒すのが難しいって話だったでしょー?」
「うぐっ……確かに……」
俺は言葉に詰まる。すると、今度はアルフォンスが口を開いた。
「呪いのこと、どうしてすぐに話してくれなかったんだい?」
「……心配かけたくなかったから」
ノエルはポツリと言った。アルフォンスは呆れたようにため息をつくと、続ける。
「君はいつもそうやって秘密にするけど、その結果がこれだ! もう僕らに隠し事なんてしないでくれ!」
「むう……」
アルフォンスがこんなに感情をあらわにしているのは珍しいかもしれない。純粋に仲間を気遣って怒っているのだ。普段はいつもヘラヘラと笑っているアルフォンスが……。
ノエルは不満そうに頰を膨らませた。確かにアルフォンスの言う通りだなと俺も思う。もう仲間なのだから一人で抱え込まずに話して欲しい。
それに、話してくれれば皆で考えを出し合って何か対応策を練ることができるのだ。
「その呪い、解くのは無理かもしれないけど薬草で和らげられるかもしれない」
アルフォンスはノエルの手を取って言った。
俺はハッとした。そうか、魔法で無理でも薬草やポーションでなんとかなる可能性はある。なにせ、薬草やポーションには“デメリット”が付き物なのだから。
「えっ? ほんと?」
「あぁ、アルの言ってることは間違ってないぜ。──あまり知られてないことだけど、薬草やポーションの中には副作用として聖属性の魔法と打ち消し合う効果のものがあるんだ」
俺が補足するとアルフォンスも頷く。
「うん、基本的に聖属性魔法はバフが多いから打ち消すのはデメリットでしかないんだけど、今回は逆に有効かもしれない」
「えっ、じゃあ……」
「ただ問題もある」
顔を上げたクロエを遮ってアルフォンスが続けた。
「つまりだね……聖属性魔法を打ち消す副作用を持ってる薬っていうのが少し特殊なものでね……」
アルフォンスは困ったように頭を搔いた。
「特殊って、どう特殊なの?」
クロエが首を傾げる。
「端的に言うと、その薬の主となる効用が問題というか……」
アルフォンスは歯切れ悪く言った。
「どういうこと?」
クロエが首を傾げる。アルフォンスは目をそらすと、言いにくそうに口を開いた。
「その……副作用ってのは別に毒とかじゃないんだけどさ……」
「何よ? はっきり言って!」
クロエが詰め寄ると、アルフォンスはあからさまに動揺して俺に助けを求めてきたので、仕方なく答えてやった
「端的に言うと催淫剤なんだよ」




