第39話 魔晶石
「まあ、でもクロエとリッくんがイチャコラしてるとこは面白いからもっと見てみたいかも」
ノエルは意味深な笑みを浮かべて言った。なんだよそれ……
とりあえず話題を変えようと思い、俺は別の話を振ることにした。
「そういえば、ノエルの生い立ちについて詳しく聞いたことなかったな。聞いてもいいか?」
「いいけど、あまり楽しい話じゃないよ?」
「それでも構わない。俺が知りたいんだ」
ノエルはじっと俺の顔を見つめ、何やら品定めしているようでもある。そして、「そっか」と呟いてから語り始めた。
「私は貴族の家に生まれたの。……といっても貧しい男爵家だったけど。でも、両親にはすごく愛されていたと思う。だから、私は幸せだった。……あの日までは」
「……」
「数年前、私が16歳の時。両親が事故で亡くなったの。馬車に乗っていて、崖から落ちてしまったみたい。遺体は損傷が酷くて見るに耐えない状態だったけど、それでも両親の死を受け入れることはできなくてね。何日も泣き続けた」
俺は黙って聞いていた。ノエルは淡々とした口調で続ける。
「……それから1ヶ月くらい経ってようやく落ち着いた頃、今度は家が火事になって全焼してしまったの。私は絶望したよ。両親を亡くした上に家まで失ってしまったんだもの。もうどうしていいかわからなかった」
ノエルはそこで一旦話を区切ると、ふぅっと息を吐いた。そして再び話し始める。
「そうして身寄りのない私は、黒魔道士として冒険者を目指すことにしたわけ。ふふん、どう? 感動した?」
「ああ」
「え?」
俺が素直に肯定すると、彼女は意外そうな表情を浮かべた。しかしすぐにいつもの調子に戻ると、照れているのか少し頬を赤らめて言った。
「あ……うん、ありがと……」
そしてそのまま黙り込んでしまった。まあでも確かにノエルの話は衝撃的だった。両親を亡くして家も失って……俺なんかよりずっと辛い思いをしたに違いないだろう。それでもこうして明るく振る舞っているのは凄いことだ。俺は改めて彼女の強さを実感した。ぼーっとしているように見えて、芯には周りを見返してやりたいというような強い意志があるのかもしれない。
「よし、そろそろ本題に入るか」
「何? 本題って」
首を傾げるノエルに俺は説明した。
「ずっと気になっていたんだ。ノエルやルナやフローラが、冒険者ギルドのエリノアさんを『先生』と呼んでいることについて」
「あー、その話か。それなら簡単、私たちが先生に魔法の修行をつけてもらったからだよ」
「やっぱりか……ちなみにノエル、ルナ、フローラの他に教え子はいるのか?」
「私たちの他には、ファイド子爵家のアリアに七聖剣第三席のステファニー……それにアンリエット姫さ──」
「えぇぇっ!? マジかよ!」
アリアって、ユニークスキルについて訊きに行ったあのアリアか!? 確かにルナとは旧知の仲のようだったが……。それに、もう一人の七聖剣に王家の姫様だって? 大物ばかりじゃないか!
俺は驚愕しながらも尋ねる。
「でもどうして貴族令嬢が魔法の修行をつけてもらうんだよ?」
ルナもフローラも、七聖剣やそれに準ずる実力の持ち主だ。ノエルだって魔法面で言えば彼女らに負けず劣らずの能力があると思う。アリアやアンリエット姫様の実力はよく分からないが、ステファニーは七聖剣でルナより序列が上なのだからかなりの使い手だろう。貴族令嬢たちをそこまで育て上げたエリノアって……?
「英才教育の一貫かな……といっても、エリノア先生の修行は色んな意味で凄かったけどね〜」
ノエルは苦笑いを浮かべた。一体どんな修行だったのだろうか……気になるところだが、あの女好きのエリノアのことだから、『修行』と称して生徒を好き勝手にすることだって十分考えられるな。
「ちなみに、どんな修行だったんだ?」
「……言わなきゃダメ?」
察しろというような視線を送ってくるノエル。
「いや、無理にとは言わないけど……」
正直気になるが、嫌がるものを無理強いするのは良くないだろう。しかし、ノエルは意外にもすんなりと口を開いた。
「まあ、簡単に言えば……エッチなことをいろいろと」
「だろうな!」
やっぱりか。本当にあの百合好き受付嬢はロクでもないことしないな。
「でも、私は別に気にしてないよ? 先生のおかげで強くなれたわけだし」
「そういう問題じゃないだろ……」
俺は呆れてため息をついた。しかしノエルは特に気にした様子もなく続ける。
「リッくん、興奮した? 変なこと考えちゃった?」
「いや全く……」
「そこは嘘でも興奮しましたって答えようよ〜。私がバカみたいになるじゃん」
「分かった。お前はバカだ」
「むぅぅ〜」
ノエルは不満げに頬を膨らませると、両拳でポカポカと俺の頭を殴った。ふざけているのが分かる程度には痛くない。
そんなアホなやりとりをしていると、ふいに部屋のドアが開いて金髪のイケメンことアルフォンスが帰ってきた。なにやら背中に大きな袋を背負ってニコニコとご満悦だ。
「ん? なにか楽しそうな話してるね」
「お? アルくんも混ざる? エッチな話してたんだけど」
「おい」
俺がツッコむと、アルフォンスは笑って言った。
「遠慮しとくよ」
「えぇ〜っ?」
ノエルが残念そうな声を上げると、アルフォンスは袋の中身をガサゴソと漁り始めた。そして中から何かを取り出す。それは……
「じゃ〜ん!」
「おおっ!? なんだこれ!?」
それは、キラキラと眩い鉱石だった。大きさは拳くらいだろうか、かなり大きい。アルフォンスはそれを俺たちに見せつけるように掲げた。
「これね〜、『魔晶石』っていうんだ」
「ま……しょうせき?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる俺に、ノエルが説明してくれる。
「うん、魔力を秘めた鉱石のことだよ。魔力の伝導率が高いから魔道具を作る時によく使うんだけど、ダンジョンの奥深くとかからしか採掘できないから、この大きさでも相当な値段になると思うな〜」
なるほど。要するにレアアイテムということか。しかしそんなものをどうやって手に入れたんだ?
その時、ふとあることが頭をよぎった。俺の予想通りでないといいんだが……
「おい、アルフォンス」
「なんだい?」
「昨日のクエストの報奨金の残りはどうした?」
「な、なんのことかな〜?」
アルフォンスはビクッと肩を震わせると、下手くそな口笛を吹きながら明後日の方向を向いてとぼけ始めた。やっぱりか……俺は大きくため息をつくと、ノエルを問い詰める。
「お前もなんで止めなかったんだよ……あの金は『月の雫』の大切な活動資金で──」
「えー、でも。ギルドのお金はみんなのものでしょ?」
「みんなのものだから勝手に一人で使っちゃダメでしょうが!」
「私はアルくんがお金を持っていくところは見たけどそれを一人で無駄遣いするってことまでは知らなかったしぃ……」
机に突っ伏しながら開き直るノエル。全くこいつは……俺はもう一度ため息をつくと、アルフォンスの方に向き直った。彼は観念したのか、申し訳なさそうな顔をしながらも素直に白状する。
「ごめんって! でも、これは研究のためなんだ!」
「研究って、薬草のか?」
「そうそう! 聖フランシスの回復魔法を見て思ったんだ。魔法の力で薬草の回復力を高められないかって!」
「ギルドの大切な金を使ってまで研究することかよ!」
「たまたま質の良い魔晶石が売られてるのを見つけてしまったんだから仕方ないじゃないか! それに、薬草の研究が上手くいけば、君のポーションにも応用できる。そうだろ?」
う……それはそうだが。確かにこいつの言う通り、俺のポーションに魔晶石組み込めば、もっと質の高いものが作れるかもしれない。




