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第34話 いい判断ですね

 フローラは顔を伏せて小刻みに震えており、とても戦えるような状態には見えない。一体彼女に何をしたのか……? すると、クリスティーナは俺とクロエを交互に見つめるとニッコリ笑って、こう言った。


「探しましたよ。『リジェネレーション』に『ライフドレイン』。もっとも、あなた方の方から私に会いに来てくださるとは思っていませんでしたが」

「あ、あんた! 私のこと散々実験台にして酷いことしたくせに! ルナちゃんにも酷いことしようとしてるんでしょ!?」


 クロエは怒りの形相を浮かべ、今にも襲いかからんばかりの勢いだ。俺は彼女を抑えるべく声をかける。


「待ってくれ、クロエ」

「でも!」

「あいつはヤバい。俺たちじゃあ歯が立たないかもしれない。ここは相手の出方を見よう」


 その言葉を聞くと、クロエはそれでも納得出来ない様子で渋々引き下がる。


「いい判断ですね」


 そう言って微笑むクリスティーナの表情からは、一切感情が読み取れない。まるで人形のようだ。彼女は続けて、今度は俺の方に向き直った。


「本当なら両方手に入れたいところですが、生憎私の手は二本しかありませんので、より興味深いあなた──『リジェネレーション』をいただいて帰ることにします」「……!」


 やはりか!


 聖フランシス教団は俺のユニークスキル『リジェネレーション』の存在に気づいていて、それを狙っている。そう言ったクロエの言葉は間違っていなかったということだ。だが……

 ──果たして俺が素直に捕まるかどうか。抵抗すれば他のみんなに危害が及ぶかもしれない。それは避けたい。どうしたら……

 俺が悩んでいる間に、クリスティーナは俺との距離を詰めてきていた。もう逃げられない距離だ。その時、隣に立っているノエルが口の中でなにかブツブツと呟いていることに気づいた。こいつ、魔法を使う気だ! そのことに気づいた次の瞬間、クリスティーナの姿が再び消えた。


「ぐっ……!?」

「なにか企んでいるのは分かっているんですよ」


 クリスティーナの蹴りがノエルの腹にめり込んだ。ノエルは苦しそうなうめき声を上げながらその場に倒れ込む。速い! 全く見えなかった! あのクリスティーナって女、やっぱりめちゃくちゃ強いぞ。


「ノエルっ!?」


 俺はノエルに駆け寄ろうとしたが、クリスティーナに制された。


「自分の心配をしたらどうですか?」

「それは……こっちのセリフ!」


 倒れたはずのノエルが不敵に笑う。間髪入れずに、クリスティーナの右腕の周囲に漆黒の魔法陣が展開された。──あれは、ノエルの? あいつ、クリスティーナに蹴られながらも何かしらの魔法をかけたらしい。


「『ペトリファクション』」

「……っ! 小賢しい!」


 ペキペキと、なにかが固まるような音がして、クリスティーナの右腕がみるみる石化していく。クリスティーナはその美しい顔を苦しげに歪めると


「やれやれ。やはりルナさんを抱えたままでは全力は出せませんね。……勝負は預けました」


 クリスティーナはそれだけ言い残すと、ルナを抱えたまま忽然(こつぜん)と姿を消した。


「逃げられた……」


 ノエルは悔しそうに顔をゆがめた。俺も同じ気持ちだ。結局、俺たちは何もできなかった。だが、これではっきりした。奴らの目的は間違いなく俺の『リジェネレーション』とクロエの『ライフドレイン』だ。だとすると……


「ルナを連れていったのはまずかったかも……」


 俺の考えていることを代弁するように、クロエがポソリと呟く。その通りだ。

 おそらく奴らはルナを洗脳し、自分たちの傀儡(かいらい)にしようとしている。だとすると、このままではルナが危ない……。クロエの話からしても、聖フランシス教団が血も涙もないような拷問を平気でする組織だというのは明らかだ。なんとか助けたいところだが。

 俺たちの間に重苦しい沈黙が流れる。しかし、いつまでもこうしているわけにはいかない。俺は意を決して仲間たちに話しかける。


「とにかく一旦帰ろう。話はそれからだ」


 俺がそういうと、アルフォンスは強く頷く。


「そうだね。一度ゆっくり考えないと……」


 すると、しゃがみこんでいたフローラが顔を上げた。


「──ごめんなさい。アタシ、役に立てなくて。ルナを助けたいって気持ちはあるんだけど、あいつを目の前にしたら足の震えが止まらなくなって……」

「フローラが謝るなんて百年に一度くらいだよ」


 ノエルがそう付け加えると、フローラは平手でノエルを殴る素振りを見せた。全く、ノエルはさっきの攻撃でHPが尽きかけてるんだからやめてほしい。

 俺はポーションをノエルに差し出しながら、フローラに尋ねる。


「フローラ嬢はあの大司教──クリスティーナに会ったことがあるんですか?」

「あるわよ。……忘れたくても忘れられない。だって……」


 フローラは唇を強く噛み締めると


「この話はやめましょ。思い出したくもないわ。──とりあえず、決心はできた。今度はもう逃げたりなんかしない。約束するわ」


 フローラは真剣な表情を浮かべてそう言った。「うわ、まずーっ」とか言いながらポーションを飲んでいたノエルが、またしてもフローラをからかう。


「あいつに一泡吹かせられるようにならなきゃ、いつまで経っても私を越えられないよ?」

「うるさい! いつか絶対あんたを超えてみせる! エリノア先生の教え子をみんな倒して、アタシが最強だってことを証明するんだから!」

「あはは、頑張れ〜」


 俺の隣で、二人のやり取りを見て呆れたような笑みを浮かべているアルフォンスは、「……仲良いなぁ」と言った後、表情を引き締めて


「それで、これからのことについてだけど」

「ん?」

「ここ、ドラゴンの巣穴の前だよね? クリスティーナがルナさんを攫ってきたということは、聖剣騎士団は──」



 その時だった。

 ──グオオオオッ!! 遠くで何かが吠えるような音。続いて地面が揺れ、何かが近づいてくるような振動が伝わってくる。


「……なに? 地震?」


 クロエが首を傾げる。確かに今まで感じたことの無いタイプの揺れだ。だが、そんな呑気なことは言っていられない。


「みんな、構えろ。なにか来るぞ」


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