学園長就任
◇
ヤマタイ皇国からの帰りの旅は、のんびりと寄り道をした。ノースフィルド王国に一行が戻った時には秋になっていた。皇子たちは王宮に使節の報告に行った。
「一応、報告書は読んだが。上皇陛下と呼んだ方が良いのか?」
王が複雑な表情で訊く。
「今まで通りで良い。1日で退位したからな」
皇子はさらりと流して紅茶を飲んだ。報告と言いながら、茶会のような雰囲気だ。王と皇子、王太子のテーブルの横では、ミナミたちが王妃とユリア姫に土産を渡している。
皇国との約束事を王と話し合い、亜人族の話になった。獣人族が人族と交流する機会が増えてきたらしい。
「言葉はお前の作った自動翻訳機があるが、いかんせん共通の常識が無い。トラブルが絶えん」
皇子はミナミをちらと見た。遮音結界を張り、王と王太子に獣人の島での一件を話す。
「弟王子を半殺し…。よく島を出られたね」
獣人は力こそ全てなのだ。身分は関係ない。そう王太子に説明してもあまりピンとこないようだった。初めて会った亜人がエルフの王女では仕方ない。
「そうだ。紹介しておこう。マリエル、いるか?」
皇子は影に呼びかけた。緑の髪の幼女がすうと出てくる。
「お呼びですか。殿」
「王よ。人魚族の王太女マリエル姫だ。暫く俺が預かることになった」
マリエルはスカートをつまみ、人族の令嬢の挨拶をした。王と王太子は笑顔で挨拶を返す。皇子は王妃たちのテーブルにも連れて行った。
「マリエルです。宜しくお願い致します」
「まあ。なんて可愛らしい」「初めまして。マリエル姫」
王妃とユリア姫も笑顔で応じた。マリエルはユリア姫をじいっと見つめ、皇子にしがみついた。
「殿の側室候補です」
「違う」
マリエルの首根を掴んで影に押し込む。皇子はため息をついて席に戻った。
「…何となく分かったよ。亜人はすごく正直に振舞うんだね」
笑いを堪えて王太子が言った。王も肩を震わせていた。良く似た親子だ。皇子はヒナをドワーフの王子に、ノアをラミア族の王女に娶せるつもりだと話した。今後、人族と亜人の交流は活発になるだろう。そのためにも身分・種族を問わずに学べる学舎のようなものがあると良いとも。
「魔法学園で受け入れるか、あるいは新たな学園を作るか…」
王は検討すると約束した。そしてノアについて訊いた。
「ラミア族というのは?子は合いの子になるのか?」
「ならん。ラミアの女児しか生まれぬそうだ」
初孫はラミアの娘になるかもな。皇子は愉快な想像をした。王は「そうか」と言って笑った。
♥
ユリア姫は数カ月ぶりに想い人に会えた喜びでいっぱいだった。記憶より数倍美しい。ヤマタイ皇国で帝に即位したと聞いた。彼は皇族だったのだ。訳あって女帝に譲位し、今は上皇様だとか。
使節の報告会を兼ねた茶会で、ミーナ嬢、ヴィレッジ子爵令嬢らから沢山のお土産を貰った。2人とも綺麗になった。そこで人魚族の王太女という可愛らしい少女を紹介された。
「殿の側室候補です」
少女はユリア姫を見てきっぱりと言った。想い人は否定したが、明らかに挑戦だ。
「気にしないでください。あの人魚、ずっとああだから」
ミーナ嬢が亜人は気持ちを隠すことが苦手だと言う。人魚の女性たちにどれほどモテていたとか、ハーピー族の王女が何度も求婚の羽根を贈ってきたとか、エルフの王女も絶対惚れているとか。旅の話にも気になる箇所がたくさん出てくる。
姫の前で笑う2人の美少女も凄い魔法士だ。亜人の王女たちもきっと強い。ライバルは多い。ユリア姫はどうしても諦められない思いに胸を焦がした。
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皇子の要請を受けて、王は魔法学園を貴族以外にも門戸を開いた。平民も亜人も入学できるようになったのだ。ミナミは早速願書を出した。もう18歳だがどうしても学校に行ってみたい。商会の仕事もしながらだから大変だろう。年齢や実力でコースが分かれるが、ミナミは魔法士学科の3年生に編入できた。
他にも魔法騎士学科、魔道具学科、魔法薬学科が新設され、なんと学園長に皇子が就任した。王太子とイザベラは卒業してしまったが、12歳になったユリア王女が魔法士学科の1年生に入学した。
皇子の勧めでヒナとノアも入学した。2人の婚約者も留学生として来た。マリエルももう少し成長したら入学する予定だ。
「いいなあ。ラブラブな学園生活。羨ましい…」
ミナミはリコリスに零した。彼女は入学せず、皇子の護衛の道を選んだ。
「家で宮様と会えるじゃないですか。贅沢ですよ」
「学校っていう場所で会うから良いんじゃーん」
今日は皇子が学園で教鞭を取る日だ。ミナミらは講堂に向かった。皇子の授業は人気がありすぎて教室に入りきらないのだ。
講堂の席は既にいっぱいだった。最前列にユリア王女がいた。ミナミは助手の椅子に座る。皇子の授業の時は、彼が話す内容を黒板に魔法で映す係なのだ。リコリスは入り口近くに立った。
皇子が入ってきた。女生徒たちの目が輝く。彼がパチリと指を鳴らすと、全員の前に紙束が現れた。
「前回のレポートを返却する。一番良かったのはユリア王女だ」
拍手が起こる。王女は頬を染めて頭を下げた。姫はすごく頑張っている。いつも最優秀だ。
「では授業を始める」
皇子の美声が講堂に響く。授業のスピードが速い。ミナミがどんどん映す文字を、生徒たちは必死で板書していった。
◇
魔法学園の学園長に就任してから、叙爵の話が出た。貴族が学園長の方が良いらしい。皇子は仕方なく受けることにした。王宮に呼び出され、王、王妃と話し合う。
「大公になってもらいたい」
王は真面目な顔で言った。冗談ではないらしい。皇子はこちらの世界の位階を思い浮かべた。
「それは王族の称号ではないのか?」
ピアーデから割譲された東の土地を大公領として与えるという。確かに己の手柄ではあるが、伯爵位ぐらいで良いのではないか。そう訊くと、王は意を決したように言った。
「ユリアをもらって欲しい。誘拐事件の前から考えていたことだ」
「…」
王の横に座る王妃が心配そうに見つめる。
「嫌か?」
「…姫はどう思っている?」
皇子は慎重に訊いた。親の一存ならば断わるつもりだ。王は姫を呼んだ。皇子はついでに王太子も呼んでくれと頼んだ。
◇
ユリア姫は皇子への降嫁を望んでいた。皇子は姫に訊く。
「…俺にはミナミとリコリスがいる。2人を手放すつもりは無い」
「構いません。正妃でなくとも良いのです。モーリー様のお側にいられるだけで」
真っ直ぐに皇子を見る目は、子供ではなかった。彼は息を吐いた。王一家は大切な存在だ。皇子は彼らに重大な秘密を打ち明けた。
「俺は既に人ではない」




