譲位
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護良殿が消え、その配下の者たちも影に飛び込んで消えた。空には黒い物体に覆われた太陽。捕らえられたサララ姫は叫んだ。
「天の怒りだ!護良殿を騙したからだ!」
皇太后は崩れ落ちた。
「そんな…」
翁は無言で太陽を見上げている。居合わせた兵士、侍従らもどうして良いか分からず、右往左往していた。
太陽は陰った時と同じく、唐突に光を取り戻した。見上げていた者たちは眩しさに目を覆った。
「あれは!?」
誰かがケガレ場の中心を指した。魔法陣が浮かび上がり、人影が現れる。サララ姫は目を凝らした。護良殿だ。
長い黒髪が微風に揺れる。消える前よりもさらに神懸った美しさだった。その後ろに配下の者たちが現れた。彼らはケガレ場からこちらに向かって歩いて来た。サララ姫は駆け出し、彼らの前に伏した。
「護良殿を騙した罪、如何様にも罰してください。我ら皇族の咎です」
命も差し出す。どうか民だけは許してほしい。サララ姫は頭を地に着けて頼んだ。
「誓って何でもするか?」
声にも威厳が増した。真の帝だ。内親王ごときが逆らえるものではない。
「誓います」
「では今から勅命を下す。内親王サララ。汝を女春宮とする」
帝は厳かに宣言した。背後で皇太后が息を飲む。翁がよろよろと出てきて平伏した。
「恐れながら。女人に継承権は…」
「今よりその法を変える。侍従長。サララを春宮にするのに何日かかる?」
呼ばれた侍従長が慌てて平伏し、帝の問いに答える。
「勅書をお書きいただき、全国に発布するのに最短で3日かかりましょう」
「そうか。では同時に朕の退位と、春宮の即位も発布しろ」
「は…?」
帝のおっしゃる意味が分からず、皆困惑する。
「朕は退位し、上皇となる。サララ皇太女が同時に女帝に即位する。分かったら急ぎ準備に取り掛かれ!」
凄まじい威圧に全員が平伏した。圧迫感が消えると、あたふたと侍従たちが動き出す。帝は皇太后の前に立った。母は平伏し、真っ青な顔を地に擦り付けた。帝の冷たい声が降る。
「汝の罪を許すことはできぬ。だが理解はできる。よって命じる。サララが成人するまで摂政として支えよ」
母は顔を上げ、帝を見上げた。人を超えた美貌に慈悲の表情が浮かぶ。皇太后は涙した。
「は…」
帝は次に翁の捕縛を命じた。そのまま一瞥もせずに侍従の案内で宮城に戻る。女春宮サララも付き従った。天空には何事もなかったかのように、日輪が輝いていた。
◇
宮城に戻った皇子は何枚もの勅書を書いた。文官がそれを書き写し、全国に発布した。新帝は即日退位して上皇となった。内親王サララは女春宮となり女帝に即位した。皇太后が摂政に就いた。
次に神器を作り直す。皇子が日ノ本に置いてきた宝剣のように、自ら瘴気を集め浄化するものにする。悪霊は消えたが、浄化に皇族を縛りつけることは止める。皇子は“神器生成”のスキルでこちらの神器を1つの宝剣にした。サララにその使い方を説明する。
「お前の役目は神器の管理だ。瘴気が溜まりすぎたら浄化すれば良い。帝にしか神器は動かせぬようにするが、浄化は誰でもできるようにした」
皇国の民から浄化魔法の適性を持つものを集め、神殿のように浄化に特化した組織を作る。ノースフィルド王国に留学させても良い。神官を派遣しても良い。そう伝えると、サララは平伏して謝意を示した。
「帝…いえ、上皇陛下のご厚情、生涯忘れません。ありがとうございます…」
「礼を言うには早いぞ。お前は子を産まねばならぬ。なるべく多くの子だ。皇配は浄化持ちを選べ。次代は子らの中で一番優秀な者だ。性別にはこだわるな。二度とお前の兄のような混乱を生まぬため、お前が女帝として良き前例となるのだ」
「はい。肝に銘じます」
14、5の娘に酷な事を言った。皇子は優しく女帝を立たせ、玉座に導いた。
「困り事があれば、いつでも呼べ。力になろう」
クラーケンの魔石で作った伝話を渡す。こうして皇子はヤマタイ皇国の帝を1日で退位した。新帝サララの後見として上皇の身分は保持することにした。3日後、ノースフィルド王国の使節は帰国することになった。
◇
皇国を発つ前日。皇子は翁に会いに行った。この程度の牢などいつでも脱獄できるだろうに、老人は大人しく獄に繋がれていた。
「俺は明日帰る。お前はどうする?」
翁は顔を皇子に向けた。さらに一回り小さくなっていた。
「どうとは?死を賜りたいか、と言う意味でしょうか」
やはり死ぬ気でいる。皇子は翁を縛る鎖を壊した。弱った身体に治癒魔法をかける。
「男系にこだわるお前がサララに仕えることはできまい。忍びの長は引退しろ。俺についてくるか?」
「…殿下にお仕えできるので?」
「罪を償うのであればな。姿を変え、俺の眷属となるなら、仕えることを許す」
翁は迷わなかった。皇子を騙したことを詫び、眷属となることを選んだ。
皇子は血を与え、姿を“改変”した。翁はヒナによく似た少年に生まれ変わった。
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ミナミは腹が平らになってご機嫌だった。それが皇子が翁を眷属にして連れてきたので、一転不機嫌になった。紺色の髪。紺色の瞳の美少年になった翁。殊勝な態度で詫びられれば、許すしかない。人は見た目が90パーセントというのは本当だった。もう過去のあれこれはどうでもよくなった。
「名前、何ていうの?翁じゃないでしょ?」
「亀四郎ですじゃ。…です」
美少年は言い直した。本当にそんな名前の人がいた。あまり似合っていないので、皇子に言って名を『四郎』に変えてもらう。天草四郎みたいでカッコいい。リコリスとノアはすんなり受け入れたが、問題はヒナだった。祖父が自分より若くなって現れたのだ。どう接していいか分からなさそうだ。
「お爺様…なんとお呼びしたら…」
「四郎と。呼び捨てにしてくだされ」
翁改め四郎は孫娘に詫びた。皇子の側女にとか御寵愛とかの件だ。ヒナは自慢の孫だから、どうしても皇族の子を産んで欲しかった。四郎は素直に心情を吐露した。ヒナは泣いた。珍しく大泣きだった。四郎もさめざめと泣いていた。
「いい加減2人とも泣き止め。出発の支度はできたのか?」
皇子が命じて、やっと泣き止んだ。
「「はい。でん…陛下」」
四郎とヒナの呼び方が陛下に進化した。皇子は嫌がって、結局元の殿下呼びに落ち着いた。
翌日、一行は帰路に着いた。仲間が1人増え、皇子の肩書も1つ増えた。ミナミは女帝に山ほどの土産をもらい、財産が大分増えた。帰ったら早速商会を立ち上げるつもりだった。『モーリー&ミナミ商会』のコンセプトが決まった。亜人と皇国との貿易だ。そのための人脈がこの旅の最大の収穫だった。




