帰還
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ミナミは夢を見ていた。今よりずっと険しい顔の皇子に寄り添っている。牢の外で筝を弾くと、少し皇子が優し気になる。日に日に痩せていく彼が心配だ。ある日、牢に行くと侍が皇子を殺していた。南は泣く泣く皇子の首を抱えて逃げた。実家の藤原家を頼ろうと、大きな腹で京を目指した。
途中、ある豪族が産気づいた南を保護してくれた。双子が産まれた。豪族は長子を奪っていった。「大塔の宮様の血を引く御子だ。帝に渡す」と言って。産後の床の南にはどうすることもできなかった。出血が止まらない。死ぬ前に、旅の僧に次子を託した。そして息を引き取った。
次子だけが寿命を全うし、父母の菩提を弔ってくれた。お陰で地獄に堕ちずに済んだ。
(でも皇子さまを追うには恨みが深すぎた。何度も転生を繰り返したの)
ミナミは和風美女に手を差し伸べた。令和の時代までよく頑張った。
「そのままで良いよ、南。一緒に帰ろう。ヨッシーが責任取って幸せにするから」
そこで目が覚めた。ノアとヒナの警告が聞こえた。
『母上!敵が来ます!』『悪霊の配下です!』
ミナミはダンゴムシの術を展開した。光魔法でコーティングしてあるから悪霊は入れない。どうしようか。このまま朝まで待つか迷っていると、寺に火を付けられてしまった。慌てて水魔法で土砂降りの雨を降らし、鎮火させる。
「何でここがバレたんだろう?魔法使ったからかな。とりあえず逃げようか」
丸い鉄球のまま京の町を転がって進む。誰かに見られても物の怪ということで気にしない。中は二重構造にしたので目は回らない。カメラ機能も付けたので、後ろから侍っぽい集団が追ってくるのが見えた。
「大塔の宮の妻、南の方だ!追え!」
悪霊に操られているのか、妙に詳しい。ミナミはスピードを上げる。謎の鉄球は奈良方面へと転がり進んでいった。
◇
闇の中で悪霊と皇子は激闘を繰り広げていた。今の皇子は腐食に負けない。阿野廉子の姿をした悪霊の放つ闇魔法を、光魔法で完全に抑え込んでいた。無数の光の矢が悪霊を貫く。皇子は倒れた悪霊から神器を取り上げた。
「もう諦めろ。俺の勝ちだ」
光の浄化魔法で止めを刺そうとすると、悪霊はニヤリと笑う。
「まだだ。我の本体は無数にある。お主の妻にもな」
「どういう意味だ」
闇の壁にスクリーンが出現した。ミナミが追われている。転がる鉄の球は確かに彼女の魔法だ。追う侍たちは矢を射かけている。矢は鉄球に弾かれた。そこに皇子が助けに現れた。華麗な太刀裁きで侍たちを斬ると、鉄球に呼びかける。
『大丈夫か?!ミナミ!』
『ヨッシー?』
ミナミが魔法を解いて出てきてしまう。
「ミナミ!俺ではない!偽物だ!」
皇子は叫んだが、当然スクリーンの向こうには聞こえない。悪霊が高笑いをした。
「そこで妻が夫に殺される悲劇を見るがいい」
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後ろから侍たちが矢を打ってくる。殺す気満々だ。ミナミは必死に逃げた。すると皇子が突然現れた。沢山いた侍をバッサバッサと斬り捨てる。ひとまず助かった。
「大丈夫か?!ミナミ!」
「ヨッシー?」
外に出ると、皇子が駆けてきた。彦四郎がいない。どうしたのかと訊くと、内裏で別行動をした際、悪霊を見つけて一人で追って来たそうだ。
「お前にも追っ手がきていたか。無事で何よりだ」
「悪霊は?逃がしたの?」
「ああ。もう大丈夫だ。もうすぐ彦四郎も追いつく」
逃がしておいて何が大丈夫なのか。ミナミは違和感を感じた。暗闇でも輝くような美貌も、涼やかで色気に満ちた声も同じだ。だが何かが違う。
「ヨッシー」
「何だ?」
「お願い。キスして」
皇子が驚いて動きを止めた。だがゆっくりとミナミを抱き寄せる。長い指が頬を撫でた。2人は目を閉じて唇をー
「はしたないって言わないから、偽物だ!」
言うが早いか、ミナミは強烈な浄化魔法付のビンタを食らわした。
◇
スクリーンには偽皇子を平手打ちしたミナミが、悪霊を消す様子が映された。皇子は呆気に取られた。同時に可笑しさがこみ上げる。ああ。いつものミナミだ。
「俺の妻は騙せなかったな」
悪霊が悔しそうに皇子を睨む。力が落ちてきたのか、闇の領域が消えた。ミナミはすぐそこにいた。
「ヨッシー!生きてるー?!」
「もちろんだ。よくやった、ミナミ」
2人は再会を喜び合った。そこへ馬に乗った彦四郎もやってきた。豊玉の伝言を聞いたのだろう。
「宮様!ご無事ですか?!」
「殿!」
「との」
足元の影から眷属たちも現れる。ミナミの腹のノア、ヒナも。皇子と仲間は悪霊と対峙した。
最後のあがきか、悪霊は侍の死体を死霊化した。ミナミと腹の子、彦四郎が浄化魔法で死霊を倒す。マリエルと豊玉は皇子の浄化魔法を含んだ水魔法で戦う。いよいよ悪霊に引導を渡す時が来た。
皇子は奪った3つの神器に“再生”をかけた。“改変”も同時にかけ、神器を融合させる。安徳帝に教えられた“神器生成”だ。天叢雲剣はそのままに、八咫鏡を鍔と鞘に、八尺瓊勾玉を柄に嵌めこんだ。
「もう眠れ。浄化が終わったら、来ると良い」
浄化魔法で抑え込まれ、地に這う悪霊の背にその宝剣を突き刺す。阿野廉子の身体から瘴気が噴き出し、宝剣に吸い込まれた。空から瘴気が宝剣へと消えていく。悪霊はすべて消えた。後には宝剣と気を失った寵姫が残される。
この女も帝に尽くそうとしている。皇子は阿野廉子を影から内裏へと運んだ。全て夢だと思うだろう。
「この神器?宝剣?はこのまま置いていくの?」
ミナミは宝剣を指さす。皇子は宝剣を拾った。
「ああ。これは悪霊を浄化し終わるまでこの地に置いておく」
「殺したんじゃないんだ?」
殺してはいない。言うなれば再封印だ。ただしこちらの世界で浄化を終えなければ、あちらに転生することは叶わない。宝剣を早良親王の陵墓深くに埋める。
「宮様、夜が…」
朝日が差し始めた。彦四郎の姿が薄く消え始める。あちらに戻ればもうこの姿には会えない。皇子は手を伸ばした。
「さらばだ彦四郎。向こうで会おう」
「はっ…」
彦四郎は泣きながら皇子の手を握った。忠臣の姿は完全に消えた。振り向くとマリエルと豊玉は皇子の影に戻っていた。ただ1人、妻が立っている。
「何か奥さんに言いたいことある?」
透け始めたミナミが言う。美しい妻の微笑む姿に皇子の視界が歪んだ。
「口づけても良いか?」
「良いよ」
2人の影が重なった。腹の子たちの声も聞こえた。
『さよなら父上。母上』『ありがとう。守ってくれて』
向こうで会おう。今度こそ、誰一人として不幸にしない。ミナミが消え、皇子も消えた。一行はルクスソリアへと戻った。




