騙された皇子
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モリナガ親王失踪事件は解決した。事実は小説より奇なり。親王は異世界へ転移していた。痴情は全くもつれていなかった。
「じゃあ後は、神器を元の場所に納めて、妹ちゃんがその浄化をすれば良いんじゃない?」
「この国では女子に継承権は無いらしい。だから内親王は密かに浄化をしていたんだろう」
思わず漏れ出たミナミの独り言に皇子が答えた。またまた男尊女卑だ。ミナミは朝食を食べながら憤慨した。3膳目のお代わりする。皇子は呆れている。
「腹を壊すぞ」
「そしたら治してよ」
「今日は忙しい。主将たちを送り出す式典がある。午後には神器の返還もな」
皇子はこの後、皇太后との面会も入っている。さっさと食事を終えると迎えの侍従と行ってしまった。残されたミナミは食器を下げに来た侍女と雑談をする。
「この国には魔法士っていないの?」
「方術師ですとか陰陽師などはおりますよ」
「陰陽師!カッコいい!」
ぜひ紹介してもらいたい。ミナミはわくわくしてきた。
「陰陽寮を見学なさいますか?」
一も二もなく飛び付く。リコリスとノアも行くと言う。3人は早速侍女の案内で陰陽寮に向かった。
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陰陽寮は天文と暦から吉凶を占う部署だった。巨大な星図に書き込む人、算盤で計算する人。多くの職員の真ん中に内親王がいた。彼女は占星術のスキル持ちでここのトップらしい。何となくバタついているようだ。
「どうしたんです?何かあった?」
後ろからひょこっと顔を出してサララ姫に訊く。
「わっ!何だお前たち!」
「見学中でーす。ご機嫌よう!内親王殿下」
驚く姫にミナミは令嬢の挨拶をする。姫たちが覗き込んでた地図を見ると、白い靄が動いていた。
「何この白いの」
「見えるのか?この地の龍脈の流れが」
ミナミには魔力波に近い何かが見えた。それは地図の真ん中よりやや右上の辺りでぐるぐると渦巻いている。
「今朝からこの状態です。何か起こる前兆か、それとも一時的な滞留か…」
職員が説明する。サララ姫はどことなく皇子に、つまり兄君に似た顔を曇らせて考え込んでいた。
「この場所には何があるの?」
「ケガレ場だ」
午後に神器を返す儀式を行う場所だ。一応皇子に伝えておこうか。そう思ったが午前の式典の時間が迫っていた。慌てて姫と案内の侍女に礼を言って部屋に戻る。結局、伝え忘れてしまった。
◇
皇太后と会見した後、忍びの里への留学生を送る式典が行われた。表向きは皇国の文化を民間で学ぶという理由だ。皇子はノースフィルド王国の魔法騎士10名を激励し、見送った。翁は最後まで現れなかった。
昼食後はいよいよ神器返還の儀だ。皇太后の侍従が皇子の支度を手伝う。黄色い袍に龍の文様が織られた衣に冠。帯には重厚な宝石が嵌めこまれている。まるで即位礼のような装束だ。刀も飾り太刀に代えられ、皇子は微かに嫌な予感がした。
「よくお似合いです。殿下」
やっと翁が現れた。よほど真実が堪えたのだろう。一晩で少し小さくなったようだ。
「大丈夫か。無理はするなよ」
「御心配には及びませぬ。…さ、儀式が始まりまする」
侍従の格好をした翁の先導でケガレ場に向かう。宮城を出るまで、平伏する人々の中を歩いた。
「此処より先は殿下お一人です」
皇子は瘴気が漂う谷の入り口で神器の箱を受け取った。後ろでは仲間と皇太后、内親王、翁が見守る。事前に受けた説明通り、谷の中央の岩の祭壇には、それぞれの神器の形に穿たれた穴が空いていた。そこへ神器を納める。
次は浄化魔法だ。
「浄化」
もう面倒なので最大出力でかける。すると谷全体が鳴動した。
「!」
地鳴りと地揺れが皇子を襲う。気づけば足元に曼荼羅のような魔法陣が浮かび上がっている。
(しまった!)
風魔法で上へ逃れようとしたが遅かった。地からすうと現れた人影が皇子を押える。幾人もの人影は皆皇子が今着る黄色の袍を纏っている。歴代の皇帝の霊だ。
「図ったな!翁!」
皇子は叫んだ。魔力で皇家の祖霊たちを吹き飛ばそうとしたが、効かない。ずぶずぶと魔法陣に引きずり込まれる。遠くの仲間に目をやる。来るなと叫んだつもりの声はもう出なかった。彼の身体は地に消えた。
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皇子の叫びが聞こえた瞬間、リコリスが翁に斬ってかかった。ミナミはぽかんとしてしまった。
「宮様に何をした!?」
リコリスの剣を避けた翁はトンボを切ると、笑顔で答える。
「即位されたのじゃよ。新帝に」
「宮様を返せ!」
仲間がさっとミナミを守りに囲む。マリエルですら魔法を発動する構えだ。ミナミは皇太后を見た。
「皇太后様?いったいどういう…」
「許してください。私たちはもう他に道がないのです」
美しい顔を歪めて、皇太后がミナミたちの捕縛を命じた。槍を持った兵がじりじりと近づく。
「護良殿はあの琵琶を弾いた。春宮の資格をお持ちだった。そして今、祖霊が新帝にお認めになったのです」
騙された。ミナミは衝撃に頭が真っ白になった。神器返還の儀なんて無かった。即位の儀だったのだ。皇子を引き込んだ魔法陣はもう消えてしまった。
「姫様も知ってたの?」
青い顔をして立ちつくす内親王は首を振った。
「いいえ。知っていたら阻止したわ。どういうおつもりです?!母上!」
娘は母親を問い詰めた。だが皇太后は娘を睨みつけた。
「モリナガの死を隠したお前の罪です。幸い翁が始祖の血を引く護良殿を見つけてくれた。お前の役目は新帝の子を産むことです」
「そんな…」
サララ姫も捕らえられる。いつからかは分からないが、皇太后と翁は結託していた。ヒナがぶるぶると震えながら翁を見ている。祖父は狂気を孕んだ目で孫を呼んだ。
「こちらへ来い、ヒナ。お前も帝の子を産むのだ」
この人たちは狂っている。ミナミは全てを消してしまいたい衝動に駆られた。その時、ふと日が陰った。明るい真昼の荒地がみるみる暗くなる。誰かが天を見上げて叫んだ。
「日食だ!」
ミナミもつられて上を見た。太陽は黒い何かに完全に覆われていた。辺りは夜のように暗い。
「ありえない!今日は満月なのに!」
日食は新月の時に起こる。サララ姫が満月だというなら、いったいこの黒い物体は何なのか。ミナミは皆が上を向いていた隙に、スキルを発動した。
「“武器だけ消えろ!”」
兵の槍や剣が消える。ミナミはケガレ場に向かって走り出した。すると暗い地面に更に濃い闇が出現する。金の瞳のサメ娘が顔を出した。タマだ。
「タマ!」
「との、おう。きて」
ミナミは闇に飛び込んだ。仲間も。皇子を追わねば。それしか考えていなかった。




