真相
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宴の後、皇子は内親王の尾行に行ってしまった。あの面倒くさがりのことだから、さっさと姫殿下を逮捕して来るに違いない。ミナミたちは与えられた宿舎の一室で待っていた。
「これ、絶対国宝だよね?預かってて良いのかな?」
ミナミは皇太后が皇子に貸した琵琶を恐々眺めた。紫檀に緻密な螺鈿細工が輝く。似たものを教科書で見た覚えがある。正倉院の宝物だった気がする。
「良い音でしたね。ちょっと弾いてみたいです」
リコリスが羨ましそうに言う。
「ちょっとなら良いんじゃない?」
「壊したら怖いです」
「ヨッシーに直してもらえばいいじゃん」
それもそうかと、リコリスは琵琶を持った。しかし撥で弦を弾いても何の音も出ない。皇子は弾けたのに。ミナミとヒナも試したが音は出なかった。
そこへタマが帰ってきた。床に影が生まれ、アッシュグレーの頭が出てくる。
「との、かえる。ます」
「ヨッシーだけ?他には?」
「ひめ。じじょ。じじ。いる」
内親王と侍女と翁が一緒らしい。茶を淹れる準備をする。暫くして壁に影のドアが開いた。まず皇子が出てくる。
「お帰り」
「ただいま。内親王殿下をお連れした」
翁と、震える少女2人が出てくる。ほぼ連行に近い。ミナミは客人たちに茶を出した。内親王と侍女が茶を飲んで落ち着いた頃、皇子が尋問を始めた。
◇
「さて聞かせてもらおうか。モリナガ親王は生きているのか。死んだのか」
皇子の端的な問いに内親王はびくりとした。翁も一番知りたいところだろう。黙って姫を見つめている。
「…恐らく生きている。最後に見た時は生きていた」
「最後とはいつだ?」
「…」
押し黙る姫に皇子は怒りを露わにした。姫の横に座っていた侍女を引き倒すと、首に剣を突き付けた。
「侍女の首が飛ぶ前にさっさと答えろ。俺は気が短い」
悲鳴を上げれば喉が斬られる。侍女は青ざめて主を見た。姫は立ち上がり、叫んだ。
「女に剣を向けるか!卑怯者!」
「都合の良い時だけ女だ何だと。さあ言え」
ミナミたちが一瞬腰を浮かしたが、豊玉が首を振ると引いた。皇子の脅しが張ったりだと思ったのだろう。だが返答次第では斬るつもりだった。殺気を込めて睨むと、やっと内親王は折れた。
「兄は浄化に失敗し、悪霊を復活させてしまったのだ」
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1年と半年前、サララ内親王とモリナガ親王の父帝が身罷った。何の持病もなく健康だった帝の突然の死。多少の混乱はあったものの、春宮であった兄の即位の準備が進められていた。ケガレ場に溜まった瘴気を祓う勤めは兄が継いだ。
即位礼直前のある夜。姫は託宣を受けた。夢に黒い衣を纏った神が現れ、今すぐケガレ場に行けと言われた。神託に従うと、浄化の儀式を行っていた兄が倒れていた。その横には悪霊がいた。
「弱いな。お陰で封印が解けたが。どれ、これを依り代とするか」
悪霊は兄の身体に入ろうとした。サララは咄嗟に浄化の結界を張った。
「悪霊退散!急急如律令!」
「小娘。何者だ?」
結界に弾かれた悪霊とサララは睨み合った。夜明けが近づく。力を失う前に悪霊は去った。だが三種の神器を奪われてしまった。
「兄さま!兄さま!」
微かに息はあるが冷たい兄の身体を揺する。日の出の光がケガレ場に届いた。
その時、神託を下した神が現れた。
「うわぁ。間一髪だったね。うーん、でもこのままじゃ死ぬなぁ。こっちに引き取ろうか」
神は水鏡のようなものを宙に浮かべ、兄をその中へ運び去った。呆然とするサララを神は慰めた。
「彼は別の世界で生き延びるから。安心して。悪霊の責任は取るよ。後で勇者を送るね!」
そう言って消えた。その後、兄は失踪したことになった。本当は神の国へ行ったのだ。そこで生きているとサララは信じている。
◇
内親王は語り終えた。深い沈黙が落ちる。皇子はため息をついて剣を納めた。侍女の首についたかすり傷を治してやる。
「…何故真実をお伝えくださらなかった?」
翁が怒りを押し殺した声で問うた。当然だろう。居もしない親王を探しまわっていたのだ。
「兄の失敗を知られたくなかった。帰ってくる可能性も捨てきれなかった。すまなかった」
頭を下げる内親王に侍女が寄り添う。
「ひ…姫様はずっとお一人でケガレ場の浄化をしてらしたのです」
瘴気を集める神器が無ければ、毎日の浄化が必要だ。それを密かに内親王がしていたという。翁はそれ以上は何も言わなかった。皇子に一礼すると、無言で出て行った。ヒナが後を追おうとするのを止める。ようやく分かった主君の行方だ。翁とて受け止めるのに時間はかかろう。
「お前は翁や忍の者たちを無駄に苦しめた。俺たちも迷惑を被った。そのことは忘れるなよ」
皇子はそう言って、内親王と侍女を影から部屋に返した。
◇
親王を連れ去った神は菅公だ。皇子は直感で思った。菅公が悪霊をこちらに送った。内親王と対峙した悪霊は神器を持って逃げた。そして世界各地に瘴気をばらまいた。かつてピアーデ王国の寵姫は言った。
『目的なぞ無い。我は壊すだけよ。お前も死ね。呪われた皇子よ』
同じように菅公によって送られた自分はどうなのか。まさか悪霊になる日が。
「いやー。ごめん。推理全然当たってなかったわ」
ミナミのあっけらかんとした声が皇子の物思いを断った。
「犯人は内親王殿下っていうのは、良い線いってましたよ!」
「だからお姉さま!不敬罪です!」
3人娘が片づけをしながら賑やかに話す。
「姫のお気持ちも少し分かる気もします。無駄に見栄を張るんですよね。王族って」
ノアは内親王に同情的だ。リコリスが「王族じゃなくて皇族です」と訂正する。
マリエルはもう眠くて船を漕いでいる。皇子は抱き上げてベッドへ運んでやった。薄い上掛けをかけて離れようとすると、彼の手をきゅっと掴んできた。反対の手を、影から手を伸ばした豊玉が握る。
「との。しんぱい。ない」
眷属たちには皇子の心が伝わってしまう。彼は微笑んだ。仲間がいる自分は大丈夫だ。決して呪われたりはしない。




