ヤマタイ皇国
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ノースフィルド王国を出航してからおよそ2週間。船はヤマタイ皇国の港に入った。街には木造の低い建物が並び、黒っぽい髪の人々が歩く。大陸の南にあるこの国は、どこか皇子の故郷を思わせた。
船長とはここで別れを告げた。ミナミたちが航海中に作った守りの組み紐を船員に配ると、大層喜ばれた。
ここからは騎馬だ。マリエルのみ乗馬が出来ないので交代で誰かが乗せてやった。都までは馬で2日ほど。皇子の仲間と魔法騎士と翁の配下、合わせて30騎の一行はどこでも注目された。鎖国状態が長かったせいで外国人が珍しいようだった。
「明日は都に入ります。そのまま宮城に向かい、皇太后陛下に謁見する予定でございます」
翁は道中の宿で皇子に予定を伝えた。謁見後は幾つかのの式典があり、皇太后と私的に話す場もあるという。
「神器返還の儀は殿下に執り行っていただきたく」
「なぜだ?」
神器を納める場所は瘴気が濃く、浄化ができる者でなければ近づけないと翁は言う。もしも自分がいなかったら誰も神器を元の場に返せないではないか。皇国に光属性を持つものはいないのかと訊くと、翁はいないと答えた。
「浄化は皇族のみが使える神聖な力ですので」
「…」
おかしい。聖女も神官たちも、魔法騎士ですら浄化はできる。人種が違うからか。何か引っかかるものを感じながらも、押し切られるように、皇子は神器返還の儀をすることを了承した。
♡
翌日、ヤマタイ皇国の都に着いた。城壁は無い。代わりに大きな赤い門があった。建築も風俗も、微妙に中華寄りの和風だ。都大路の真ん中を騎馬で行くと、大勢の人々が歓声を上げて手を振る。ミナミたちが外国使節だからかと思ったが、違った。
「モリナガ殿下ー!」「モリナガ親王殿下!」「モリナガ殿下万歳!」
皇子を例の殿下に間違えている。ちらと彼を見ると、不機嫌そうな顔で馬を進めていた。
「まあ。綺麗な御側室たちだこと」「いっぺんに3人もかい。さすが殿下だぁ」
ミナミの額に青筋が走る。
「もう姫さまもお生まれなのかい?」「めでたいねぇ」
偶然、リコリスと同乗していたマリエルの目に涙が浮かぶ。
いちいち立ち止まって説明するわけにもいかない。一同は急ぎ宮城に向かった。
♡
「ひどいです…私だけ殿の子供扱い…」
謁見までの時間、通された控えの間でマリエルがべそべそしていた。幼女なんだから仕方ない。ミナミは側室扱いも嫌だった。男尊女卑反対!と大声で叫びたい。
「それほど可愛らしいってことですよ!」
リコリスが泣く幼女を励ます。人魚の涙は超高級宝石だ。ミナミは畳に落ちた涙をハンカチに回収した。そう。畳の部屋なのだ。寝っ転がってまだ青い香りを満喫する。別室の魔法騎士たちは靴のまま上がったりしていないだろうか。
「お姉さま方。お茶をどうぞ」
ヒナが緑茶を淹れてくれた。茶菓子は花形の練切だ。
「そう言えばヨッシーいないね。トイレかな」
「先ほどお爺さまと謁見の打ち合わせに行かれました」
「そう。ノアー。お茶飲もう」
窓辺に佇むノアに声をかけるが返事がない。憂い顔で窓の外を眺る姿に、ミナミはピンときた。ラミアの王女だ。島を離れて以来、ノアはああやって物思いに耽ることが増えた。初恋ってやつだ。
ヒナもドワーフの王子と魔道具で文通をしているらしい。年下の仲間に春が来ているのに。自分はいつまで側室(仮)なのだろう。ミナミはため息をついて茶菓子に手を伸ばした。
◇
「お願いがございます。謁見では、まずは名乗られませんよう」
翁が妙な注文を付けてくる。皇子は眉を顰めた。
「俺をモリナガ親王と思わせてどうする。どのみち別人と知れるぞ」
「親王様失踪は、宮城内の何者かの手引きが無ければ不可能。犯人を炙り出します。殿下の御顔を見て、一番に動揺した者こそ謀反人に違いありませぬ」
怒りと憎しみの炎が翁の窪んだ眼に浮かぶ。老人はこのために自分を連れてきたのか。皇子はその復讐への執念を哀れに思った。
「…良いだろう」
無言で平伏する翁を残し、彼は控えの間へと戻った。
◇
ヤマタイ皇国の宮城は皇子の知る御所よりも広く大きい。高い天井の謁見の間に文武百官が居並ぶ。正面の玉座には金糸をふんだんに縫い取った着物を着た女がいた。あれが皇太后か。
「ノースフィルド王国使節団、ご到着!」
皇子を先頭に仲間と魔法騎士たちが玉座の前に進む。扉近くは官位が低い者たちだろう。中ほどへ進むにつれ、ざわめきが大きくなる。モリナガ親王の顔を見知った貴族達の囁きが聞こえる。
「なぜ殿下が外国の使節に?」
玉座の前に着く。皇太后の顔がはっきりと見えた。40過ぎの黒髪黒目の美しい女だ。驚きに目を見開いている。
皇子は己の顔がよく見えるように、高位貴族たちを見回した。大きなどよめきが起こる。
ガタリと音を立てて椅子が倒れた。皇太后の左横に座っていた少女が立ち上がる。少女は真っ青な顔で皇子を凝視した。この場で一番動揺していた人物。それはモリナガ親王の妹である内親王だった。
(この娘が?)
皇子には震える少女と謀反人が結びつかない。どこかで翁も見ているだろう。試しに軽く威圧をしてみる。
「!!」
内親王は体を強張らせたが、倒れなかった。ようやく別人と気づいたようだ。皇子を黒い瞳が見据える。
「お前は誰?なぜ兄上と同じ顔をしている?答えよ!」
高飛車な物言いに皇子は苦笑した。こちらは使節だというのに。
「ノースフィルド王国の正使、護良と申す。顔は生まれつきだ」
「嘘を吐くな。それほどの美貌が二つとあるものか」
「お褒めいただき恐悦至極。だが世界は広い。同じ顔の1つや2つあっても不思議ではない」
飄々とかわされ内親王は黙った。侍女が直した椅子に再び腰を下ろす。その目は謁見が終わるまで、皇子から逸らされることはなかった。




