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女の苦労を知れ

            ♡




 ミナミは弟王子の態度に失望した。ヴォルフ王太子にも。獣人族は、番を欲する本能は仕方ないと考えている節がある。だから『命ばかりは』とか言ってばかりで、具体的に鉱山で労働させますとか、監獄に収監しますとか出てこない。

 番が他種族だった場合は、無理矢理攫ってきても『仕方ない』。アラクネ族の王女に聞いたら、女獣人が番を襲った話などないそうだ。男に都合の良い『本能』なのだ。


「妃殿下。獣人族で一番か弱い種類は何ですか?」


 ミナミは呆然としている王太子妃に訊いた。


「え?ええっと…トガリネズミ族かしら」


「では、トガリネズミ族の女子で。王宮は出るんだよ。市井の一番貧しい地区で、己の力だけで生き抜いてごらん」


 誰も何も発言しない。包帯ぐるぐる巻きの弟王子もポカンとしている。


「魔力は封じるね。獣化も禁止。隷属の魔法も追加。刑期は1年。そんなとこか」


 ミナミは皇子に合図した。彼は頷いてスキルを発動させた。


「愚かな獣人の王子よ。最も弱き種の女となれ」


 青白い光が包帯男を包む。皇子のスキル“再生”に“改変”が加わる。逞しかった狼獣人の身体はみるみる縮み、小柄なネズミ族の女の子になった。


「おおっ!!??」


 獣人たちが驚愕する。ミナミは用意していたシーツを裸のネズミ娘に掛けた。元第2王子は細く小さくなった手を凝視している。


「あんたはもう親も兄弟もいない非力な女だ。下種な男どもからも逃げ回らないと。精々頑張ってね」


「なぜ…こんな…」


 ネズミ娘がか細い高い声でつぶやいた。ミナミはなるべく冷たく聞こえるように突き放した。


「女の苦労を知りなさい。馬鹿王子。それがあんたへの罰だ」


 用は済んだ。ミナミは皇子の腕に掴まりながら部屋を出た。その前に、呆然自失の王太子らに釘を刺す。


「こっそり援助とかしないでくださいよ。アラクネの姉さんに頼んで監視してもらいますから」


「…分かった」


 客人の見送りもできない獣人たちを置いて、皇子一行は王太子宮を去った。




            ♡




 帰りの馬車の中でミナミは横に座るリコリスの膝に突っ伏した。


「思ったより悪役って辛いわ。いつもツンケンしてるヨッシーを尊敬するよ…」


 根が善良なミナミにはきつかった。計画してるときは楽しかったのだが。


 ノアは皇子のスキルが知られたことを心配をしていた。


「生物の姿を変えるスキルだと思ったろう。獣人が他種族に言いふらすとは思えん」


 皇子の怒りは収まったようだ。穏やかな顔で外を眺めている。狼獣人を殴る鬼の形相を思い出す。もう二度と、彼にあんな顔をさせたくない。そのためには、もっと強くならねば。ミナミは決意を新たにした。




            ◆




 信じがたい魔法を見せられた。ヴォルフ王太子は人族への認識を改めた。あれは神の業。居合わせた家臣や騎士たちには口止めをしたが、いつまで保つか。

 トガリネズミ族の女に変じた弟は、すぐに追い出すのは哀れだと、妻が最低限の準備をしてやっている。王宮での暮らししか知らない弟が市井で生きるなど無理だ。しかし女神の命だ。翌朝、弟を城から出した。


「1年だ。待っている。それまで何としても生き抜け」


「兄上…」


 以前とは似ても似つかぬ姿。小さなネズミの少女に別れを告げた。援助をしてはならぬと言われたが、下町の食堂兼宿屋に世話になるように手配した。王太子はいつまでも弟を見送った。


「あなた」


 妻がそっと背に触れた。手にした手紙を差し出す。人族の側妃殿から預かったそうだ。ヴォルフはその場で立ったまま読んだ。


 金銭の援助以外なら許す、影ながら弟を見守ってほしい。アラクネ族の監視の話は嘘。あくまで本人の反省を促したい。番問題の解決に努力するよう求める…。


「側妃様はお優しい方です。私たちは甘すぎたのです。一緒に罪を償いましょう」


「…そうだな。人族の方がたの出航は午後だったか。土産の品を届けてくれるか?」


「はい。子供たちも連れて行きます」


 王太子夫妻は番ではない。だが上手くやってきた。古い慣習を変える時が来たのかもしれない。ヴォルフは妻の手を引いて門を後にした。




            ◇




 亜人会議も第2王子の沙汰も無事終わり、皇子たちは出航の為に港に向かった。港には獣人族の王太子妃がいた。土産を山と贈られる。子狼たちと3人娘は別れを惜しんでいた。王太子妃は皇子に送別の挨拶をした。


「良い航海でありますように。ぜひまた獣人族をお訪ねください」


「本気か?」


「もちろん。我々は人族の友です。殿が嫌だとおっしゃってもね。次は夫と手合わせしてやってください」


 王太子妃は強かな外交官だった。皇子は笑って了承した。




            ◇




 ドワーフ族の王子も見送りに来た。近くに翁の気配が無いことを確認し、ヒナを呼ぶ。


「これは物を移動させる魔道具です。この大きさだと手紙しか送れませんが」


 そう言って宝石のびっしりとついた箱を差し出す。手紙を書くから返事をくれということだ。皇子が頷くと、ヒナは微笑んで魔道具を受け取った。


「ぜひ、ドワーフ国にも来てください。美しい鉱脈や地底湖が名物です」


「はい…」


 実に初々しい。隠蔽結界を張り、皇子はそっとその場を離れた。




            ◇




 いよいよ出航の時間となった。皇子たちの船が最初の出発らしい。他の種族の船員が手を振って見送ってくれる。



「人族の!また会いましょう!」


 頭上から声がしたので見上げると、ハーピー族の王女が船の上を旋回していた。両腕の人化を解き、大きな羽を羽ばたかせている。皆、その優美な姿に見ほれた。



「ミーナ!約束ですわよ!取引の件!」


 今度は隣の船の帆柱の天辺からだ。アラクネ族の王女が手を振っている。ミナミが笑って手を振ると、王女は甲板に飛び降りた。見えない糸があるかのようだった。



「旦那。あの女神、誰ですかい?」


 船長が訊いてきたので振り向くと、甲板にラミア族の王女がいた。いつの間に来たのか。王女はノアに何事かを告げると、皇子に目礼して海に飛び込んだ。


「げっ!落ちた?!」


「大丈夫だ。見ろ」


 下を見ると、波間を泳ぐ王女が手を振っている。銀色の鱗が光を反射していた。ノアも小さく振り返した。


「何か言われたのか?」


「ラミアの国へ遊びに来てと。その、王女は、僕が…」


 顔を赤くして口ごもる。皇子は驚いた。案外脈があったようだ。




            ◇




 風が急に強くなった。船の速度が上がる。吹く風に魔力を感じた皇子は遠くに停泊するエルフの船に気づいた。独特の模様が描かれた優美な船だ。その舳先にシルヴィアが立っていた。彼女が風魔法で皇子らの船に風を送ったのだ。


 風に薄紅色の花びらのようなものが舞う。粋な餞別に皇子は笑顔で手を振った。


 3日間の予定を終え、船は一路、ヤマタイ皇国へと向かった。


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