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            ◇




「助けてヨッシー!!」


 ミナミの絶叫が脳裏に響いた。影渡りの途中だった皇子は、彼女の魔力波を思い浮かべた。次の瞬間、彼は宿舎にいた。最近会得した瞬間移動だ。


 目の前にノアが倒れている。息はある。癒し(ヒール)で折れた骨を治してやった。


 ミナミを探して見回すと、半裸の獣人に押し倒された姿が見えた。皇子は怒りに我を忘れた。獣人の後頭部を掴み、壁に投げつける。分厚い壁は粉々に砕けた。


「大丈夫か?」


 皇子はミナミに上着を着せ掛けた。気丈な彼女が震えながら頷く。壁の瓦礫の中からうめき声が聞こえた。まだ生きている。彼は獣の耳を掴んで引き摺り出した。


「楽に死ねると思うな」


 この恥知らずな犬は殺す。皇子は魔法で覚醒させた獣人にその拳を振るった。




            ♡




 怖かった。そして今、別の意味で怖い。怒りの形相で獣人を殴る皇子が。彼が剣や魔法で敵を倒す姿はよく見てきた。だが拳で殴るのは初めて見た。獣人はもう血まみれのサンドバックだ。ミナミは見ていられずに目を瞑った。


 騒ぎを聞きつけた仲間や騎士たちが集まってくる。誰も皇子を止めることができない。そのうち宿舎の警護兵が呼んだのか、獣人族の王太子が駆けつけてきた。


「止められよ!死んでしまう!」


 王太子が皇子の腕を掴んで止めさせる。目に理性の光が戻った。


「殺すつもりでやっている。離せ」


「私に免じて!これは私の弟です!」


 ミナミは驚いて顔を上げた。ただの警備の兵ではなく王子だったらしい。殺すのは不味い。


「止めて。()()殺さないで。あたしも復讐する」


 皇子の脚にすがりつく。彼は拳を下ろした。そして返り血を浄化で消し、ミナミを抱き上げると、


「その(ごみ)を片づけろ。話は明日聞く」

 

 王太子には一瞥もくれずに言い捨て、自室へと向かった。




            ♡




「また(つがい)騒動ですって?お気の毒様でしたわね、ミーナ」


 翌朝、朝食後すぐにアラクネ族の王女がやってきた。緘口令が敷かれているというのに、何故か夕べのことを知っている。


 あの後、ミナミは皇子の部屋で寝た。多分睡眠魔法をかけられた。起きたらリコリスやヒナ、マリエルがくっついて寝ていて驚いた。よく眠れたので気分は良い。だが皇子はいなかった。どこへ行ったのだろう。


「ツガイ?何それ?」


「獣人族特有の本能ですわ。運命の伴侶が分かるんだそうよ」


 あの犬もとい狼王子はミナミを“番”と呼んでいた。廊下でぶつかっただけで運命か。少女漫画か。


「匂いだか魔力波だかで番と分かるんですって。眉唾ですわね」


 王女は(あざけ)るように言った。そもそも亜人が人化するのは、己の獣性を隠すためだそうだ。狼王子は重大なマナー違反を犯したことになる。


「番がらみの問題は珍しくなくてよ。慰謝料でも請求してはいかが?」


「そうねえ。どうせ明日には発つんだし、あたしはどっちでもいいんだけどさ」


 ボコボコにされて十分お仕置きになったと思う。


「殿が許すわけありませんわ。今頃、王宮でヴォルフ殿下が平謝りしているでしょうね」


 なんと。皇子は王宮に行っているらしい。ミナミはアラクネ族の情報網に感心した。




            ◇




 獣人族の王宮の一室で、皇子は頭を下げる王太子ヴォルフと向かい合っていた。亜人会議が始まるまであと数時間。それまでに問題を解決したいという獣人側の意向が伺える。


「お怒り御尤も。ですが、どうか命ばかりはお許しください」


(ぬる)い。俺の身内に手を出したこと、万死に値する」


 獣人族だけに残る本能の説明は聞いた。だがそれが何だ。皇子の怒りは収まっていなかった。


「返す言葉もありません。では、御側室に弟の処遇をお任せいたします。“復讐する”と言っていたではありませんか?」


 確かにミナミはそう言っていた。情け深い彼女が極刑を望むはずはないが。不承不承、皇子は王太子の提案を受け入れた。罪人である第2王子への沙汰は会議終了後となった。




            ◇




 会議に出席するのはマリエルと皇子だけだ。他の者は宿舎にいても良いし、街を見物に行っても良い。王宮から戻った皇子は皆に自由行動を許した。3人娘は市場へ行きたがった。ノアと数人の騎士に護衛を頼む。


「…姉さんを守れなくて、申し訳ありませんでした」


 ノアは悔しそうに謝った。


「お前が時間を稼いでくれた。気にするな」


「いいえ。もう絶対、あんな無様な真似はしません」


 皇子は少年の頭を撫ぜた。ミナミも近寄ってきてノアに謝った。


「ごめんね。痛かったね。亜人強いわー。もっと修練積まなきゃね」


 そして痴漢に襲われた時の新魔法を考えたという。皇子は驚いた。恐ろしい目にあったばかりなのに、もう克服しようとしている。


「見せてみろ」


「いいよ。…秘技“ダンゴムシの術”!」


 ミナミは土魔法で自分の周囲を球状に固めた。直径1.5メートルほどの鉄球の中に閉じこもる。


「このまま助けが来るまで頑張ってもいいんだけど…“ヤマアラシの術”!」


 鉄球から無数の棘が飛び出した。棘だらけの球が転がり出す。その進路にいたリコリスが悲鳴を上げた。どういう理屈か、魔力を追いかけるらしい。暫くして魔法を解いたミナミは目が回って倒れ伏した。皇子は苦笑した。


「ま…まだ改良の余地があるわ…」


「上等だ。俺が行くまで団子虫で耐えていろ」


 ミナミが真剣な目で皇子を見上げる。


「…ごめんね。心配かけて。ありがとう。助けに来てくれて」


 倒れたままで礼を言う。


 彼の仲間は弱くない。皇子の怒りは、少しだが収まった。


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