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エルフの王女

            ◇

 



 深夜。自動翻訳機が完成したので、皇子は影渡りで神殿へと行った。女エルフは待ちかねたように魔道具をひったくった。


「これでようやく人族と話せる。どう?私の言うことが分かる?」


 耳飾りを触り、横にいた聖女に話かける。


「ええ。古代語よりも楽ですね。お疲れ様でした。モーリー様」


「聖女殿こそ、ご苦労であったな」


 礼を知らぬ亜人にうんざりした皇子は、聖女の(ねぎら)いに微笑んだ。エルフははっとした顔で彼を見た。そして慌てて詫びた。


「す…すまなかったわ。助けてもらった礼も言わず、魔道具も。エルフ族の王女、シルヴィアはモーリー殿に感謝申し上げます。並びに数々の非礼、お許しください」


 王女は両手を胸で交差し、膝を曲げて一礼した。独特の礼だ。皇子は彼女を許した。


「良い。人族との交流に慣れていなかったのだろう」


 迎えはいつ来るのかと訊くと、分からないという。長寿のエルフの時間軸では、1年以内でも早い方らしい。皇子は呆れた。


「それでは1週間後の亜人会議に間に合わないぞ」


 シルヴィアと聖女に、皇子は人魚族との一件をかいつまんで話した。


 それを聞いた王女は、ここから会場に直接向かう、国元にもそう知らせておくと言う。


「貴殿の船で連れて行ってほしい。モーリー殿」

 

 王女は頭を下げて頼んで来た。


 皇子は迷った。エルフに恩を売る機会だが、果たして思惑通り動いてくれるか。


「…良いだろう。人魚族と人族の両方に不利な発言をしないと約束するなら、連れて行く」


「分かった。約束するわ」


 その前に、王女がノースフィルド王に挨拶をしたいと言うので、皇子は内々の謁見を申し入れておいた。




            ◇




 翌日、皇子は密かに影渡りで王城へエルフを連れて行った。シルヴィアの存在は神殿と王城の一部の者しか知らない。謁見は王家の私的な一室で行われた。


「エルフ族の王女、シルヴィアがノースフィルド王にご挨拶申し上げます」


 王女はあの独特な礼をした。自動翻訳機も問題なく機能している。王と王妃、並びに王太子は笑顔で亜人の姫を迎え入れた。


「御丁寧な挨拶、痛み入る。どうか楽に」


 一同は和やかに茶会を始めた。皇子は王太子に乞われて人魚族の話をした。


「へえ。海底の宮殿?見てみたいな」


「今度連れて行ってやる。鮫に乗るのが面白いぞ」


 エルフの王女も故郷の話をする。世界樹の森の奥深く、エルフの都があるらしい。そこは魔法に満ちていて、貧しい者、老いや病に苦しむ者は1人もいない。王女の父親である王はすでに300年の治世だとか。


「長寿とは聞いていたが。では王女は何歳だ?」


 皇子はふと疑問を口にした。王妃が窘めた。


「モーリー。女性の年を訊くものではないわ」


「120歳よ」


 王女は気にせずに答える。あの人魚族の女王も見た目通りの年齢ではなさそうだ。


 皇子は土産があったのを思い出した。影から人魚族の宝を出す。


「真珠と、人魚の涙とかいう宝石だそうだ。王妃殿下とユリア姫に」


「まあ!なんて素晴らしい!」 


 王妃は喜んで受け取った。姫と揃いの宝飾品を作ると言う。


「ユリア姫?」


 シルヴィアが訊く。この場にいない王女であると王が説明した。エルフの王女は皇子をひたと見据えた。


「モーリー殿の許婚(いいなずけ)なの?」


 突然何を言うかと思えば、エルフは許婚か家族にしか宝石を贈らないらしい。


「違う。俺は平民だ」


「ヘイミン?」


 エルフの言語に無い概念は翻訳されないようだ。身分の説明が面倒なので、年齢が離れていると言っておく。


「人族はたった17、8歳違いで結婚できないの?」


「エルフと一緒にするな」


 その後、暇乞いをして王城を出る。そのまま皇子はシルヴィアを連れて影渡りで船に戻った。




            ◆




 美貌の魔法士とエルフを見送って、茶会は終わった。


「…凄まじい光景でしたね」


 息子が息を吐いた。王も体の力を抜く。なんだあの亜人は。金の髪も碧い瞳も自分たちと同じなのに、全く別物に見えた。圧倒的な美。あれがエルフ族か。ただ1人、黒髪の美丈夫だけが同じ領域に達していた。


「エルフの王女はモーリーを気にしていたな」


 王の呟きを王妃は聞き咎めた。


「ユリアの降嫁を諦めましたの?」


「そうではないが…。あやつはもう人ではない気がする」


 初めて見た時は、ただならぬ美貌ではあったがまだ人間らしかった。今は息をするように魔法を使う。見た目以上に、その力が異常だ。奴の周囲に侍る女たちも。


「神で何の不都合がありましょう。私は諦めませんよ」


 王妃は腑抜けた夫と息子を置いて出て行った。


「人魚の涙…1粒で5000万ゴルドは下らないと言われてます」


「それを1箱分か。国家予算並みだな」


 多分、奴はその価値を分かっていない。1年前の秋、たった2万ゴルドの日給で弓を教えていた男が、これほどまでに影響力を持つようになるとは。王は見えぬ未来に畏れを抱いた。

 



            ♡




 皇子がまた亜人の女を連れ込んだ。今度は金髪碧眼のエルフだ。いい加減にしてほしい。ミナミの心配の種は増える一方だ。


「エルフの王女、シルヴィア姫だ。亜人会議に送り届ける。宜しく頼む」


 驚くほど美人だ。紹介された船長は一目で石になった。男は大体同じ反応だ。目が離せないらしい。


「その魔力…もしやマリエル姫?」


 人魚の幼女とエルフは顔見知りだった。幼女は気まずそうにリコリスの後ろに隠れた。


「マリエル姫は病で一時的に若返っている。中身は元のままだ」


 皇子が雑な言い訳を述べた。シルヴィアは素直に信じる。女の勘が警告を発する。


 超絶美人で素直。多分皇子に惹かれてる。危険度マックスだ。


 ミナミの焦りを余所に、船は亜人会議が開かれる島に向かって舵を切った。



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