亜人
♡
「おでこにチューはやりすぎじゃない?」
ヒナの部屋で待っていたミナミは顔をしかめた。あの朴念仁らしくないと思う。
「そうですか?宮様でもこれくらいしますよ」
スキル“身代わり”で皇子に化けたリコリスは笑顔でヒナを抱き寄せた。可哀そうなくらい真っ赤になったヒナは顔を両手で覆った。
「お…お姉さま。もう勘弁してください…」
皇子にヒナの話を聞かされ、ミナミとリコリスは憤った。彼の代わりにヒナの部屋で一夜を過ごし、翁を騙す。リコリスのスキルを以てすれば簡単だ。
「いい加減にしろ。俺の姿で遊ぶな」
急に皇子が影から現れた。リコリスは慌ててヒナを離した。
「彦四郎。お前はソファで寝ろ。朝になったらすぐ帰れ。分かったな」
「はいっ!」
うっすらと殺気を込められ、恐れおののくリコリス。同じ顔なのに落差が激しい。皇子は影渡りで出かけると言う。3人で見送って、お楽しみのパジャマパーティーだ。持ち込んだお菓子を食べて、双六をして。誰が一番カッコ良いか男子の品評会をしたり。リコリスは変身を解かないままだったが、あまり気にならない。深夜までおしゃべりに興じ、そのまま寝てしまった。
翌朝、戻ってきた皇子が同じベッドで寝ていた3人に雷を落とした。長々と説教されたが、楽しい一夜だった。
◇
航海初日の夜、皇子はノースフィルド王国の神殿に行った。海に出ても影渡りの有効距離に制限はなかった。これならヤマタイ皇国からでも楽に渡れそうだ。
「聖女殿。待たせたな」
「いいえ。モーリー様。お越しいただいて申し訳ありません」
魔力を辿って影から出ると、夜更けにも関わらず神官服をきちんと着た聖女がいた。
昼間、聖女から“伝話”に文字の“伝言”が来た。
『至急来られたし』
そこでヒナの件はミナミたちに任せて、皇子は聖女に会いに来た。
「何かあったのか?」
「私の浄化が効かない患者が。強い呪いのようです」
女神官に手を引かれ、聖女は皇子を治療室に案内した。そこには真っ黒な靄に全身を侵された人間が寝かされていた。性別も年齢も分からない。痛みに襲われているのだろう。うめき声を上げ続けている。
皇子は試しに浄化をかけた。だが聖女の言う通り効かない。仕方なく“再生”をかける。今度は無事解呪できた。
「今のは…モーリー様のスキルですか?」
「そうだ。できれば他言無用に願いたい」
「分かりました。…あなたたちも良いわね」
聖女は側仕えたちに命じた。完全に靄が消えると、患者は若い女だった。波打つ金髪に整った顔立ち。耳が尖っていて長い。側仕えが聖女に耳打ちした。
「エルフだそうです。珍しいですね。亜人は滅多に人の領域には現れないのに」
「エルフ?亜人とは?」
聞きなれない言葉だ。呪いは消えたが女は気を失っている。耳以外は人間と変わらないように見える。
「人間以外の種族を亜人と呼びます。エルフはその一つです。尖った長い耳と、優れて美しい容姿が特徴です」
聖女は丁寧に説明してくれた。エルフと人は言葉が違う。寿命も人間の10倍以上を生きる。他種族と交わることは無く独自の王国を築いている。その美しさから攫われることが多いので、警戒心が強い。
「それがなぜノースフィルド王国で呪われたのだ?」
「分かりません。あの状態で海沿いの村に流れ着き、神殿に運び込まれたそうです」
「いずれ起きたら事情が分かるだろう」
そう言うと、聖女は首を振った。
「恐らく言葉が通じません。攫われたと思って暴れるかもしれません。彼らは魔法を使います。可哀そうですが魔力を奪う魔道具を付けます」
皇子は驚いた。そんな魔道具があったのか。聖女曰く、魔力持ちの奴隷や犯罪者を拘束するためだそうだ。
2人で話していると、エルフの女が目を覚ました。呪いが解けていることよりも人間に驚き、いきなり強力な風魔法を放ってきた。
「止めろ」
皇子は魔力を吸収して魔法を無効化した。エルフは魔法が打てずに困惑し、震えながら怒りをぶつけてきた。
『おのれ人間め!私をどうするつもり?!』
「どうもせん。呪いを祓ってやったのだ。そんなに元気ならさっさと出て行け」
『嘘!お前たちの罠に決まってる!』
わめく女にうんざりしてきた。
「モーリー様。彼女の言葉が分かるのですか?」
聖女が不思議そうに訊いた。皇子は思い出した。以前老師が言っていた。異世界人はあらゆる言語が理解できると。この場でエルフの言葉を理解できるのは、己だけだ。
◇
皇子の通訳で女エルフが呪いにかかった経緯が分かった。彼女はエルフ族の王女だと名乗った。王女は亜人達の会議に出席する為にノースフィルド王国の沿岸を航行していた。そこで突然、クラーケンに襲われ、気づいたら呪いを受けて神殿に運び込まれていた。
「クラーケンとは何だ」
また知らない言葉だ。興味は無いが訊く。
『海の魔物よ。船と同じくらい大きく、長い触手で襲ってくる』
エルフの王女は恐怖を思い出したように身震いした。
「弱点は?」
『知らない。火も雷も効かなかった。皆、生きているかどうか…』
彼女は他の仲間を案じてうつむく。気の毒だが何もしてやれない。事情が分かったところで、皇子は帰ることにした。聖女に暇を乞う。すると王女が皇子にすがってきた。
『置いていかないでよ!お前しか私の言葉が分からないのに!』




