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ウルフ狩り

            ◇




「今日はよろしくねぇ。これ、うちの息子。鍛冶屋やっとるのよぉ」


 翌朝、天気は回復した。いよいよウルフ狩りに行く。


 木こりの男が、その息子を伴ってやってきた。息子も髭の大男で、正直見分けがつかない。

 この村の男たちは総じて大柄で髭面だ。ミナミは髪の色と量にしか違いはないと言い切っていた。


「あんたがモーリー?若いねぇ。幾つなん?」


 息子は握手をしながら皇子に年を訊いてくる。


「28だ」


 享年が28だから、大体そんなものだろう。ミナミが「嘘ぉ!」と言って目を丸くしている。


「幾つだと思っていたんだ?」


「19歳くらいかと…。なんちゅう若見え」


 失礼な娘は皇子をじろじろと眺めた。


「28なん?じゃあ俺っちと同い年じゃ」


「嘘ぉ!逆の意味で!」


 息子とミナミは仲がいいようだ。背丈が違い過ぎて、見た目は親子のように見える。


「支度はできてるねぇ。じゃあ行こうかぁ」


 木こりが皆を促す。4人はウルフを追って森に入った。


 昨日、皇子は久しぶりに弓を持った。懐かしい感触に心が躍った。

 借り物の弓だが手になじむ。雲間の鳥も撃ち落とせた。腕は落ちていないようだ。


 女狩人だというミナミの弓の腕も悪くない。


(良い狩りになりそうだ)


 皇子は日にきらめく雪道を歩いて行った。




            ◇




「2日前、ここで足跡見たんだぁ。もう雪で消えちまったなぁ」


 森を抜けた先の大きな湖に着いた。凍った湖の岸は、今は雪で覆われて何の痕跡も無い。


「おっちゃん、何頭ぐらいいそうだった?」


 ミナミが訊く。普段のお調子者は影を潜め、真剣な口調だ。


「3頭はいたなぁ。群れにしちゃ少ないねぇ」


「はぐれオスの集団じゃなか?」


 木こりと息子が意見を出し合う。


 ウルフは特級指定の害獣で見つけ次第殺すらしい。牙と革は売れる。肉は食えないそうだ。


「あ、(ふん)見っけ」


 雪を掘って辺りを探っていたミナミが、ウルフの糞を見つけた。


「どんな感じぃ?」


「うーん。動物の骨のかけらが少し。量が少ない。飢えてるっぽい」


 ミナミは小枝で糞をつつきながら、木こりの問いに答える。


「こりゃ里に来るなぁ。じゃ、焚くよぅ」


 木こりの息子が背嚢(はいのう)から香炉のようなものを出す。


 乾燥した薬草のようなものに火をつけ、中に入れる。これはウルフを呼ぶ匂いを出す煙らしい。

 香炉を湖畔に置き、4人は岩陰に隠れて待つ。これでウルフを呼び寄せて狩る算段だ。


「人間の気配に気づかれはしないのか?」


 皇子は小声で木こりに聞いた。


「あの煙は人間の匂いもなんもかも消しちまうのよぉ」


 煙は風に流されて徐々に広がる。甘いような土臭いような不思議な匂いだ。


 待つこと半刻ばかり。ついにウルフが現れた。




            ◇




(大きい…)


 皇子は驚嘆した。牛よりも大きな狼だ。小山と言って良い。


 灰色のウルフが3頭、香炉の周りをうろついている。

 ミナミの話を疑ってはいなかったが、実際に見ると圧倒される巨大さだ。


 無言で木こりが右を指差す。皇子は右に回り込めという意味らしい。

 息子は左に行った。大柄な体を器用に伏せて走る。

 残る二人は後衛だ。皇子たちが打ち漏らしたウルフを仕留める。


 ウルフの急所は目玉と鼻らしい。皮が厚いので体は矢が通らないとか。

 こちらの武器は弓と(なた)のみ。まずは目を狙う。


 走りながら矢をつがえると、皇子は湖岸に走り出た。

 手前の一頭に向けて射る。矢はウルフの右目に刺さった。


 片目を潰されたウルフの雄たけびが、狩りの始まりだった。




            ◇




 痛みと怒りに狂ったウルフは、敵を捕らえようと跳びかかるが、皇子は右へ右へと回り込む。

 死角を突かれて焦れるウルフへ、すぐさま皇子は第2の矢を放った。左目に当たる。


 両目ををつぶされたウルフは絶叫した。その懐に飛び込むと、手にした(なた)で喉を横一線に払う。気道を斬り裂かれたウルフは、そのまま絶命した。


(楽しい)


 皇子は興奮に目を輝かせた。自分は戦狂いではないと思っていたが、こうなると疑わしい。


 まだ足りない。獲物を求めて皇子は辺りを見回した。


 木こりの息子も善戦していた。もう1頭のウルフの鼻先に3本の矢が刺さっている。

 こちらはもう少しで決着が着きそうだ。


 残る1頭は、木こりに鼻を、ミナミに片目を射られているのが見えた。

 二人は岩の上から目を狙って射かけるが矢がはじかれ、苦戦している。


 皇子は弓を引き絞ると残る目を射た。両目を射られたそれが突進してくる。

 再び(なた)を振るい、首を半ばまで落とした。やがて息子の方も終わったようだった。



 雪の湖岸は鮮血に染まり、三頭のウルフが倒れている。それらに止めを差して、死んでいるか確認してから、木こりと息子は皇子に近づいてきた。


「すごいねぇ、モーリー。一人で大体片付けちゃったねぇ」


「あの煙のおかげだろう」


 木こりの素直な賞賛が少し気恥しい。


 その瞬間、気が緩んでいた。


 悲鳴が聞こえて、振り向くと、ミナミは岩の上にへたりこんで森を見ていた。

 皇子は走り出した。森の中から灰色の巨体が飛び出してくるのと同時だった。


(もう1頭いたのか!)


 矢を射る暇はない。復讐に燃えるウルフの速さが尋常ではない。

 死がミナミの目前に迫る。皇子は懸命に走ったが、およそ間に合わない。


「ミナミ!!!」


 あと少しで牙が届くという時、ミナミの奇妙な叫びが聞こえた。


「消えろ!」

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