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八咫鏡

            ◇




 ピアーデ王の落胤である赤子と、母親の女官をノースフィルド王国に連れてきた。王城襲撃や王女誘拐、側妃の反乱の背後にピアーデが関わっていたことは知られている。その遺児が歓迎されるわけがない。皇子は影渡りで密かに母子を入国させた。


「その子がご落胤なのね」


 王妃に養育を頼むと、二つ返事で引き受けてくれた。女官と赤子を王妃宮の一角に住まわせてくれるという。国母にふさわしい懐の深さだ。


「ピアーデへの悪感情が収まるまで、素性は伏せてやってくれ」


 女官は旅の疲れで休んでいる。皇子は自ら赤子を抱いていた。


「赤ちゃんなんてユリア以来だわ」


 抱かせてくれと言うので、王妃に赤子を渡す。姫の実母は産後すぐに身罷(みまか)った。赤子であった姫を育てたのは王妃だそうだ。遺児も愛情深く育ててくれることだろう。


 帰ろうとすると、ユリア姫に顔を見せて行けと言われた。皇子は姫の居室に向かった。




            ◇




「モーリー様!」


「御機嫌よう。ユリア姫」


 姫は元気に出迎えてくれた。もう男性恐怖症は治ったらしい。


「色々とありがとうございました。まだピアーデ王国にいらっしゃると聞きましたわ」


 少し大人びた姫に礼を言われる。姫に実情を話すべきか。迷ったが伝えることにする。


「姫。失礼して遮音結界を張らせてもらう」


「モーリー様?」


 周囲の者に聞かれないようにし、ピアーデ王国の内情をかいつまんで話した。ピアーデ王は既に亡く、全ては寵姫の陰謀であったこと。多くの臣下が逃げ出し、今は捕虜であった魔法士や騎士が懸命に国を立て直そうとしていること。姫は目を丸くして聞いていた。


「そんなことが…。大変でしたのね」


「中途半端な仕返しになってしまった。すまない」


 皇子が謝ると、姫はクスクスと笑った。ネズミを見られたので十分だと言う。ついでに遺児についても知らせておく。


「向こうの後宮で王の落胤を見つけた。王妃殿下がこちらでの養育をお許しくださった。姫にも目をかけてもらいたい」


「喜んでお手伝いいたします!」


 姫は笑顔で了承し、質問をした。


「王子様のお名前は何というのですか?」


「知らん」


 興味が無かったので訊かなかった。正直にそう言うと、姫は大笑いした。淑女らしくはないが、姫らしくて好ましい。皇子は安心して辞去した。




            ◇




 皇子は影渡りで城下のヤマタイ皇国の拠点に向かった。店の奥の座敷で影から出て、声をかける。


「誰かある」


「これは殿下。わざわざのお越しで」


 すぐに翁が出てきた。皇子は影から布に包まれた物を取り出し、翁に放った。


八咫鏡(やたのかがみ)だ。確かめろ」


 受け取った翁は目を見張った。


「どちらでこれを?」


「ピアーデ王国だ。さあ確かめろ。本物であれば聞かせてもらうぞ。()()()()()?」


 皇子は確信していた。翁はあの寵姫の正体を知っている。




            ◇




 八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)の時のように、内親王の血を銅鏡に垂らす。ぼんやりと銅鏡は光った。


「当たりだな。さあ話せ。ピアーデ王の寵姫は何者だ。呪われた皇子とは何だ」


 翁は性急な皇子の問いには答えずに平伏した。


「お願いがございます。この鏡に殿下の血を。さすれば答えましょう」


 皇子は(いか)った。


「おのれ愚弄するか!」


 剣の切っ先をぴたりと翁の喉元に突き付けるが、老人は動じない。


「決して。この命にかけて誓いまする」


「…」


 翁の目に狂気に近いものを見て取り、皇子は折れた。剣を引き、己の手のひらを斬る。滴る血を銅鏡に垂らすと、先ほどとは比べられぬ程の光が放たれた。


「おおっ!」


 興奮した翁が皇子の足に額づく。三種の神器は始祖の血に応えると言っていた。今、八咫鏡(やたのかがみ)は皇子の血に応えた。それはヤマタイ皇国の始祖は、皇子の祖でもあるということだ。


「…これで満足か」


「数々のご無礼、平にご容赦を。お約束通り全てお話しいたしまする」


 翁は長い話を始めた。




            ◇




 夜の城下を皇子はそぞろ歩いていた。王都は夜でも賑わっている。喧噪を縫うように進むと、ふいに声をかけられた。


「モーリー!?」


 振り向くと王太子が護衛を連れていた。王城や学園以外で会うのは初めてだ。服装からお忍びでの視察だと分かる。


「…アレク。どうした。こんな時間に」


 太子と言いかけて止める。愛称で呼ぶと、王太子は笑顔で近づいて来た。


「君こそどうしたの。ピアーデにいるんだとばっかり思ってた」


「用があったので戻っていた」


 立ち話をしていると、大勢がこちらを見ていた。王太子は目立つのだろう。近くの店に入ることにした。

 初めて王都に来た時に泊まった宿の酒場だ。


「へえ。こんな店知ってたんだ」


「他に知らん。…おかみ、急にすまんな」


 綺羅綺羅しい客に驚くおかみに詫びる。奥まった席で酒と(さかな)を注文した。護衛は渋い顔をしていたが、皇子が毒見をすると言ったら黙った。


「すごく庶民的だ!気に入ったよ」


「褒めているのか?」


「もちろん!」


 高くもない酒を()いでやると、王太子は美味そうに飲んだ。久しぶりに友と飲む酒だ。長くなりそうなので、ミナミに伝話をしておいた。遅くなると言って切る。


「いいなぁ。それ。なんで僕にもくれないのさ」

       

 王太子が伝話をねだった。


「数が作れん。魔獣の魔石が要るのだ。かけたければイザベラに頼め」


 皇子は杯を(あお)った。王太子がふと真顔で訊いた。


「何かあった?」


 憂悶(ゆうもん)を見破られ、ぎくりとする。さすが王族だけある。


「大したことではない。そうだ、来月頭にはヤマタイ皇国に向かう。忍びの里への留学生を選んでおいてくれ」


「…いいよ。誤魔化されてあげるよ」


 友は笑顔で流してくれた。結局、2人で夜半までたわいもない話をして別れた。皇子は少しだけ慰められてピアーデ王国へと帰った。


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