弓比べ
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ミナミは不機嫌だった。
木こりのおっさんが、皇子を勝手にウルフ狩りのメンバーに入れてしまったからだ。
「ヨッシー、危ないよ。ウルフってデカいし、反則級に強いんだよー」
家に戻る道すがら、狩りには行かないよう皇子を説得してみる。
「どれほど強いのだ?」
やっぱり男子だ。狩りとか好きそうだ。ミナミはため息をついた。
「やたら脚早いし、口なんか人間まるっと食えそうなぐらいデカいし」
「見たことあるような口ぶりだな」
ある。去年、森で遭遇した。某アニメの山神様かというくらい大きかった。
異世界の狼はもはやモンスターだった。
「地球の狼とは全然違うの!死ぬって!」
「心配するな。危ないようなら引く」
「嘘だね。目がきらきらしてんじゃん。うわー行く気満々だ」
ミナミが指摘すると、皇子は「まあな」と言って微笑んだ。それも反則級に眩しい。
「…あたしも行く。それなら許可します」
仕方なく了承する。皇子は彼女の保護下にあるから、かなり上から目線だ。
「お前が狩りに?」
「何その足手まといなノリ。ふふん、聞いて驚け!あたしはこの村で唯一の女ハンターなのだ!」
「ハンター?」
「狩人ね」
「弓が持てるのか?その細腕で」
(細腕言われた。どうしよう。めっちゃ嬉しい)
皇子は疑いの眼でミナミを見たが、当の本人は見当違いのことで喜んでいた。
「ヨッシー、明日、弓比べしよう!負けんから!」
ミナミは皇子に挑戦状を叩きつけた。
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こちらの女は父親とか夫とか、一生男の庇護下にいるのが普通だ。
ミナミには両方いないので、自力で生活費を得る必要があった。
本来、ハンターは男の仕事だ。でも他に稼ぐ手段がなかった。
木こりのおっさんが狩りを教えてくれた。おっさんはハンターでもある。
令和のJKになぜか狩りの才能があったらしい。
罠や弓矢を使い、ウサギっぽい小動物や鹿っぽい大型草食獣を捕らえ、肉や革を売る。
おっさんの女弟子というのが、ミナミの村での地位だ。
はっきり言って弓矢の扱いに自信はある。
だがウルフに襲われた時は、腰が抜けて手も足も出なかった。
師匠がいたから助かったが、図太いミナミですらトラウマ級の体験だったのである。
(勝つ…ウルフに勝って、黒歴史を完全に消す!)
ミナミはリベンジを心に誓った。
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翌日。木こりのおっさんが皇子に弓矢と狩りに必要な装備を届けに来た。
「たぶん明日から晴れっからぁ。雪止んだら出るねぇ」
「分かった」
皇子は弦を引きながら、弓の確認をしている。
ミナミは糧食(といってもパンと干し肉)の準備が終わったので、練習の的を用意した。
裏庭の木にランダムな高さに設置する。
「ヨッシー、的できたよー」
皇子が矢筒と弓を持って出てくる。おっさんも一応、彼の弓の腕を見ていくっぽい。
雪で視界が悪い。的は大体60メートル先だ。
「見える?けっこう降ってきちゃったね」
「問題ない」
矢をつがえて弓を構える姿が優美だ。弓道の美を感じる。
ぴたりと照準を合わせると、矢を放つ。
タン、タン、タンと立て続けに音がしたかと思うと、的の全てに矢が刺さっていた。
しかもオールど真ん中だ。
「お見事ぉ。やるなぁモーリー」
おっさんは満足して帰っていった。
「なんだよー聞いてないよー。ヨッシー弓上手いじゃん」
ミナミは不満顔で的の矢を取って戻ってきた。
「並みの腕だ。動かん的だしな」
矢を受け取って、皇子が場所をミナミに譲る。次は彼女の番だ。
「それって外したら並以下って意味?ヨッシー、ケンカ売ってる?」
「昨日から、そのヨッシーというのは何だ。俺の呼び名はモーリーではなかったのか?」
思い出したように皇子が聞いてくる。
「あー。家族とか親しい間柄は呼び方を変えるもんなの。ほら、三国志の字名的な?」
ミナミ適当な言訳をする。同じ釜の飯を食った仲だ。愛称で呼んでもかまわないと思う。
「村のみんなはあたしのことミーナって呼ぶっしょ?おばーちゃんとヨッシーにはミナミって呼んでほしいな」
「…分かった」
不承不承という感じでOKが出た。字名ならもっとカッコいいのにしろよとか思っていそうだが、言わない。ミナミは笑顔で愛用の弓を構えた。
「そーれ、当たれ!」
矢を放つと命中した。
ミナミも全ての的の真ん中に当てた。
「お前も自慢するだけのことはあるな」
皇子が褒めてくれる。だがこれでは弓比べにならない。
「引き分けにする?」
「それでもいいが…少し待て」
皇子は不意に空を見上げる。そして矢をつがえると、弓を引き絞って空に向かって放った。ミナミには何も見えない。
だが数秒待つと、矢が刺さった鴨みたいな鳥がどさりと落ちてきた。
「なんじゃそりゃー!!矢ぁ飛びすぎやろが!」
「今夜は鳥鍋だな」
鳥を拾いながら、皇子がニヤリと笑った。呆気にとられたミナミは空を見上げるが、やはり雪雲以外何も見えない。
「チート過ぎる…」
結果、弓の勝負は皇子の勝ちとなった。