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怒りの皇子

          ◇




 影渡りのまま老師の屋敷に戻る。夜更けにも関わらず、ミナミとリコリス、ヒナらが待っていた。


「相談がある」


 皇子は仲間に王女の現状を伝えた。そしてピアーデ王国を潰す決意も。


「まあ、良いんじゃない?」


 最も反対すると思っていたミナミがあっさり賛成する。


「良いのか?商会を作るのではなかったのか?」


「別にこの国じゃなくても良いじゃん。リコの借金もあと少しで返せそうだし。そのなんちゃら王国とケンカして王様に怒られたら、しばらく他の国で稼ごうよ」


 あっけらかんと亡命を口にする。ミナミにとって国というのは、その程度のようだ。


「あと、友達には手紙出せば良いし。うん、問題ない」


「私は宮様の行くところならば、どこへでも参ります!」


 リコリスの忠義は揺らがない。ヒナも真顔で頷く。


 己は深刻に考えすぎていたようだ。ピアーデ王国を潰しがてら、数年旅に出ると思おう。神殿や学園、侯爵令嬢といった義理もあるが、影渡りでこっそり帰れば良い。

 

 魔法は翼だ。本気で望めば、出来ないことは何一つない。皇子はノースフィルド王国を出る決意をした。




            ◇




 老師は皇子の話を聞き終わると、深いため息をついた。


「儂の知る限り、世界最強の魔法士はお前じゃ。誰もお前を止めることはできん。…達者でな」


 反対でも賛成でもなく、別れを言われる。皇子は胸が痛くなった。


「全ては老師に師事した時から始まった。感謝申し上げる。師よ」


 とは言え、影渡りを使って訪ねるつもりだ。そう言うと、


「なら研究を手伝え。まだまだお前の能力を生かしてもらうぞ」


 と、笑って山のような研究案を渡された。皇子も笑顔で受け取った。




            ◆




「モーリーが出て行った?どういうことですか?」


 翌朝、王太子は父王に呼び出された。そこで友が国を出たと聞かされる。


「ユリアがあの事件から外に出られなくなった。それを知ったあやつが激怒した」


 王は今朝、使者を老師の屋敷の送った。だが既に出立した後だった。


「ピアーデ王国へのすべてのルートを探させているが…見つかる可能性は低い。あやつは複数人を連れて“影渡り”ができるからな」


 王太子は友の行動の理由を考えた。なぜ突然出て行ったのか。なぜ我々に協力を求めなかったのか。ピアーデ王国を潰すという言葉の真意は。


「国王陛下。王太子殿下」


 ふいに天井から声がした。ヤマタイ皇国の忍び衆だ。王は合図をして護衛の剣を納めさせた。


「ご無礼(つかまつ)る。護良殿下よりご伝言でござる。東の国境10キロにピアーデ軍5万が進軍。これに乗じて王城内で騒乱の可能性あり。警戒されたし」


 王はすぐさま侍従に確認するよう命じた。


「モーリーは国境にいるんだな?何をするつもりだ?」


「さて。敵を返り討ちにでもされるかと」


 翁が王にとぼけた返事をする。


 国境の砦に駐留する兵はわずか1000。今から魔法騎士団を派遣しても間に合わない。王太子は翁に訊いた。


「どうにかして国境の様子を見られないか?」


 天井から忍び笑いが聞こえた。


「…そう言われたら、お見せするように命じられております。ただし条件が」


「何だ」


()()()()()()()()()()()()()()()()と」


 王と王太子は息を飲んだ。彼の真意が分かった。復讐だ。


 なんと激しい。まるで(いにしえ)の英雄譚のようだ。彼はユリアの傷を見るや否や、すぐさま復讐に動いた。王太子はわが身を恥じた。父も自分も、まずは戦を避けようと考えたのだ。


「どちらが父親か分からんな…」


 王も同じ思いのようだった。


 翁は天井から水晶球を2つ下ろした。土魔法“スクリーン”で戦場の様子が見られるという。その魔法が出来る宮廷魔法士を2名呼び、1つを後宮、もう1つを議場で見ることにした。


 王と王妃、王太子、姫は後宮で。議場では老師や騎士団長、重臣らが見る。魔法騎士達も殺到した。


 後宮の一室で、女性宮廷魔法士がスクリーンを出現させる。王は男の護衛に下がるように命じたが、危険だと反対された。すると、ノバリザイア侯爵令嬢とウィス男爵令嬢が護衛にと来た。


「モーリー様より言い付かって参りました。私たちが室内の護衛をいたします」


 今や二人の令嬢は学園でもトップレベルの防御魔法士だ。王は快く許した。これで室内は王と王太子以外、女性だけになった。


 事情を知らない姫は不安げに父王に訊いた。


「何が始まるのですか?」

 

 王は説明した。あの天才魔法士が今からすることを。




            ♥




 大きなスクリーンに平原が映る。姫には見覚えがあった。森の屋敷に連れて行かれた際に通った、ピアーデ王国との国境近い場所だ。思わず王妃の手をぎゅっと握る。義母は姫の小さな肩を抱いた。


 父王の話を聞いても、なかなか信じられない。姫の想い人が、姫のために5万もの兵と戦うなど。兄は彼が負けることなど絶対に無いと言う。でも数が違いすぎる。恐ろしい想像に震えが止まらない。


 平原にはピアーデ王国の歩兵や騎兵がひしめいている。映像は砦の上層から映しているようだ。敵陣から騎兵が出てきて、降伏勧告をする。すると砦から矢が打ち出された。騎兵の馬の足元に刺さり、驚いた馬は棹立ちになった。


 映像が切り替わる。革の軽鎧を付け、弓を手にした想い人が映る。その美しい顔は怒りに燃えていた。穏やかに微笑む時とまるで違う。吊り上がった目は敵を射殺さんばかりに睨みつけ、口元を厳しく引き結んでいる。


 姫は怖いと思った。だが嬉しくもあった。彼は姫の為に怒っているのだから。


「降伏するのは貴様らだ」


 美貌の魔法士対ピアーデ軍の戦いが始まった。


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