令嬢騎士
◇
「リコリス…お前…」
子爵は呻くように言った。
「双方の言い分は聞いた。では当人の意思を問おう」
密かにリコリスを呼び、王は訊いた。
「私は騎士になりとうございます。貴族の娘が騎士となれないなら、貴族籍を抜けます」
リコリスの宣言に子爵と皇子は息を飲んだ。生まれ持った特権を捨てるとは。
「父上。今まで慈しんでいただいた御恩は忘れません。私の我がままを、どうかご容赦ください」
「…何もかも捨てると?家族をもか?」
「はい。私の一生は宮様に捧げます」
かすれる声で父親に問われても、彼女の決意は揺るがなかった。
「老師、貴族籍を抜けずとも騎士を目指すことは可能か?」
王は老師に訊く。
「なくもないの。近々、貴族子弟の剣術大会がある。そこで優勝すれば自動的に騎士爵が授与されるじゃろ」
「ヴィレッジ子爵令嬢。その大会で見事優勝してみせよ。さすれば我が国初の令嬢騎士の誕生よ」
王の言葉にリコリスの頬が紅潮した。膝を突き、深々と頭を下げる。
「はっ!」
「言うまでもないが簡単ではないぞ。継承権のない子弟は必死で挑んでくるだろう」
「必ずや!勝ち抜いて御覧に入れます!」
「では出場資格を変更しよう。貴族子弟なら男女問わず出場可能とする」
皇子は呆然と事の成り行きを見ていた。リコリスが騎士になるために剣術大会に出ると言う。
(何故そうなる?!)
混乱していると、ミナミが無遠慮に手を挙げた。
「質問いいですか?」
「何だ?」
王もざっくばらんに答える。
「リコリスちゃんが騎士爵取れたら、ウチで働いてもらうってことで良いですか?お父さん」
いきなりお父さん呼ばわりされ、子爵は驚いたようだった。
「働くとは?その男の側女になるということか?」
「全然違いますよ。護衛兼ハンターとして雇うつもりです」
皇子も驚いて振り返った。ミナミは書記に紙とペンを借りに行く。
「国を裏切らなきゃ、貴族だろうが商人だろうが、騎士が誰に仕えるかは自由なはず。でもお父さんがこの先、変な娘を持ったことで不利益を被ったら、なんか申し訳ないので、ちゃんと契約しましょう」
「変な娘…」
子爵はどんどんミナミのペースに巻き込まれていく。
「一つ、リコリスちゃんの意思に反する事は、一切しない。させない。
具体的には、勝手にこの男の嫁とか愛人にはしません。
一つ、リコリスちゃんの婚姻が生んだはずの利益はこちらが補填する。
標準的な伯爵家が支払う結納金と同額を支払います(分割払い・利息無し)。
一つ、リコリスちゃん及びヴィレッジ子爵家が不当に貶められたり、侮辱された場合、全力で報復する。
つまり、やられたらきっちりやり返します。
一つ、ヴィレッジ子爵家があらゆる意味で困難に陥った場合、全力で救援する。
災害復興でも盗賊退治でも、出来ることなら何でも力になります。
以上が、我が“モーリー&ミナミ商会”が、今、お父さんに約束できることです」
皆が呆気に取られた。ミナミは勝手にサラサラと契約書を2枚書いてゆく。
「他に追加したいことあります?」
「モーリー&ミナミ商会?何それ?」
今まで口を挟まなかった王太子が疑問をぶつける。
「未来の大商会ですよ、殿下。どうぞ御贔屓に」
口から出まかせにしては考えられている。何の対価も無しに貴族は取引しない。娘の結納金、嫁ぎ先からの支援、いざという時の味方。そういったものをこちらが用意出来ると証明できたら、リコリスを円満に預かることができる。皇子はいつもながら、ミナミの空気を読まずに流れを掴む力に舌を巻いた。
「追加ないですか?じゃあ、こことここにサインしてください」
ミナミは子爵に契約書とペンを渡す。リコリスが騎士を目指すのは、今や王命だ。逆らうことはできない。少しでも貴族の面子を保つためには、サインせざるを得ない。
「…」
子爵は無言でペンを走らせた。次に、ミナミは皇子にペンを渡す。
「はい、ヨッシー。お父さんの名前の下ね」
「お前はいつから、こんなことを考えていた?」
不機嫌な声で訊いてしまう。
「ついさっきだよ。お金でリコリスちゃんを手に入れるみたいで、非常に不本意だけどね」
ミナミは皇子のサインを確認すると、王太子に願い出る。
「すいません、殿下。証人のサインしていただけますか?」
「待て。なぜ朕に願わんのだ」
王が横槍を入れる。ミナミの言動を面白がっているようだ。
「えー。どっちでも良いんですけど。殿下だったらあと50年ぐらい有効かなって」
「年寄り扱いか…」
笑いを堪えて、王は王太子に頷いた。ミナミは証人として王太子のサインを得ると、1枚を子爵の前に置く。
「はい、お父さん。正式にこの契約が始まるのは剣術大会後だけど、リコリスちゃん連れて帰りますね。老師の家だから安心してください。理由ですか?優勝するために特訓に入りますから。それに今日、このまま同じ家に帰っても、ぎくしゃくしません?」
「…何もかもお前の思う通りにいくと思うな」
子爵は悔しそうに言うが、契約書は弁護人に渡した。ミナミはにっこりと笑うと、もう1枚の契約書を大事に仕舞った。
「ご安心ください。あなたが思う100倍くらい、リコリスちゃんを幸せにしてみせますから。お父さん」
「…」
こうして裁判は終わり、皇子はリコリスを老師の家に連れて帰った。




