素顔のリコリス
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スクリーンを見つめていた皇子は、ガタリと急に立ち上がった。皆が驚いて見る。いつもの余裕綽々な顔ではなく、切羽詰まった険しい顔だ。リコリスの病んだ状態がようやく分かったらしい。
ミナミは予め映像を皇子に見せなかった。あえて裁判で見せ、子爵と皇子の両方を揺さぶることにしたのだ。
「どうしたモーリー。座らぬか」
王は絶対面白がっている。傍から見れば愉快なファンタジー話だろう。だが皇子にとっては、かつての忠臣が狂っていく残酷話だ。今すぐにでもリコリスを助け出したいはずだ。
驚異の自制心で、彼はまた座った。だが両手をきつく握って堪えているのが分かる。
ミナミはリュートを鳴らした。
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園遊会でミナミがトイレに行っている間に行われた再会シーンだ。
(仕上げにかかりますか。見よ!あたしの土魔法芝居を!)
スクリーンは掻き消え、代わりに役者が議場の中心に現れた。リコリスと皇子、二人の視点を合成し、土魔法で作った人形だ。皆、目を見張って驚いている。我ながら本物そっくりに出来上がっている。ミナミは内心、鼻高々でBGMを奏でた。
『み、宮様…!』
『そなたは何者だ?』
『彦四郎でございます!』
『まこと彦四郎か?!』
『まことでございます!宮様!お会いできて嬉しゅうございます…!』
秋の美しい花が咲く中庭で、リコリスと皇子は美しく再会する。リコリスのタックルや皇子の蹴りは省く。化粧がドロドロになる様も演出上削った。
『今度こそ宮様を最後までお守りいたします!どうか再びお仕えするお許しを!』
『成らん。今の俺は只のハンターだ。親が許すまい』
『貴族籍は抜けます!必ず親も説得いたします!』
会話の流れは大体合っている。これで皇子がリコリスを唆したという罪の反証となる。
皇子に跪き懇願するリコリス。そこで土人形は動きを止めた。音楽が終わると、全ての幻影が消える。こうして運命的な再会劇は終わったのである。
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「…見事な魔法だった。後で仕組みを教えてくれ。さて、どうだヴィレッジ子爵よ」
子爵は自分が出てくるとは思っていなかったのか、幼いリコリスの回想あたりから呆然としていた。娘の願いを聞いた記憶はあるらしい。しかもあんな秘密の修行まで見せられて、大混乱している。王の問いにもまともに答えられない。
「陛下…私は…」
「令嬢を唆した件は無罪のようだな。老師、令嬢が貴族籍を抜けることは可能か?」
今度は老師に訊く。向こうの弁護人も茫然自失で使い物にならない。
「リコリス嬢は今17。貴族法では18歳で成人となる。成人後に本人の申し立てがあれば可能じゃ」
成人前は家長の許可がいる。今すぐリコリスが嫁に出されれば、その夫の許可がいる。それまで彼女の心は持たないだろう。
皇子が再び立ち上がった。ここから先は打ち合わせていない。彼がリコリスを受け入れることを渋っていたからだ。ミナミと老師は見守ることにした。
「恐れながら陛下。少し子爵と話がしたい。宜しいだろうか」
「よかろう」
無罪判決は出ている。もう皇子は被告ではなかった。王の許しを得て、リコリスの父親と向き合う。
「ヴィレッジ子爵。お初お目にかかる。護良と申す」
「…娘のことは、本当なのか」
子爵は皇子の目を見て訊いた。少し態度が軟化している。
「令嬢の記憶は俺と同じだ。彦四郎の生まれ変わりだと、俺は信じる」
「…」
「子爵にお願い申し上げる。リコリス嬢を俺に預けてほしい」
皇子もひたと子爵の目を見て言うと、頭を下げた。ミナミは驚いた。彼のそんな姿を見たのは初めてだった。
(あのプライドの塊みたいなヨッシーが…。でも言い方が微妙。嫁にくれってこと?)
子爵も同じように捉えたらしい。勢いよく立ち上がり、皇子を睨みつけた。
「平民が私の娘と結婚できると思っているのか?」
「そうではない。このままではリコリス嬢が持たぬ。俺は、命を救われた恩を返したい。彼女を幸せにしたい」
「どうやって?お前の側仕えにでもするのか?それを私が許すとでも思っているのか!」
激高した子爵はテーブルを殴りつけた。王の御前であることを完全に忘れている。ミナミはちらりと王座を見上げた。すると議場の横の扉から小姓が入ってきた。王の耳元に何かを囁く。
「双方静まれ。ゲストが到着したぞ」
王の言葉と共に正面扉が開いた。
「リコリス!」
子爵が叫んだ。リコリスは入場すると、玉座に向かって令嬢の礼をする。そして父親と向き合った。
「父上」
呼びかけられた子爵は声が出ない。彼の娘は一切の化粧をしていなかった。ドレスは着ていたものの、白粉も紅も何も付けていない。もちろん元が美しい娘だ。すっぴんでも可愛らしい。だがこの世界の貴族の常識では、女性が素顔で登城するなどあり得ない。
アイメークはしていないのに、強い意志が宿った目で父親を見ていた。ミナミにはリコリスが覚悟を決めたことが分かった。きっと、ヴィレッジ子爵にも伝わった。
もうリコリスは彼の従順な娘ではないと。




