前世と今生と
◇
「娘のリコリスは、前世で騎士であったと。そのモーリーなる男の部下で、そやつを逃すために死んだとか。再び主に出会ったので仕えたい、などと世迷言を…」
「なるほど。信じがたい話だ。次は被告側だな。反論はあるか?」
王が被告側に言う。老師が前に出て反論を始めた。
「もちろん全て否である。これなる我が弟子、モーリーは令嬢を唆したりなどしておらん。貴族籍の件は令嬢から言い出したこと。奴は止めたぞ」
「異議あり!証拠はありません!」
子爵の弁護人が異議を申し立てる。王はそれを認めた。
「証拠はあるのか?」
「この娘がその場におった。証拠をお見せしよう。王よ、議場での魔法の使用を許可していただきたい」
基本的に王城内での魔法は禁止だそうだ。老師の願いを王は許した。
「子爵は記憶を映す魔道具をご存じかの。これは宮廷魔法士団にて検査済みの水晶球じゃ」
手のひらほどの水晶球を台に乗せ、議場の真ん中に持ち込む。ミナミがその横にリュートを持ち、立った。
「今から映像魔法を使って証拠をお見せいたします。皆さま、天井をご覧ください」
ミナミがリュートをかき鳴らすと議場の中心の天井に白い幕が生じた。彼女が言う土魔法“スクリーン”だ。そこに戦場が映し出される。皇子の記憶にもある、元弘3年の吉野城だ。
「!!!」
ミナミの奇想天外な魔法に皆が驚く。本来の記憶の像よりも何倍も鮮明らしい。
「遥か昔、遠い東の国の戦でございます…」
リコリスの声が聞こえてた。
◇
「城を攻めるは逆賊6万余騎。守るは帝の第3皇子の手勢わずか数千騎。激しい戦いは7昼夜に及びました。ですが守りの薄い裏手の山に、夜陰に乗じて敵の精兵150名が伏せておりました。そして夜が明けると表の三方から5万騎の総攻撃が始まったのです…」
これは彦四郎の記憶だ。彼が見たものが映し出される。刀を持つ手が敵を切り伏せた。血しぶきと倒れる敵兵、絶叫と剣戟の地獄を駆け抜ける。
彦四郎は大手側の最前線で猛攻に対していた。背後を突かれた皇子たちは御堂に追い込まれた。異変を感じた彦四郎が御堂に駆け付けた時、生き残った者は僅かだった。
『宮様!』
懐かしい彦四郎の声がする。倒れる皇子が映った。矢が二の腕に刺さっている。頬も深く切れていた。
『宮様!この城はもう駄目だ!早く脱出を!』
『生きていたか、彦四郎。お前も飲め』
青白い顔の皇子は、ここが最期と酒を勧めた。16本もの矢が突き刺さった鎧を脱ぎ、真新しい鎧を用意させている。彦四郎は首を振った。
『私が宮様の身代わりになります。その鎧をお貸しください!』
『ならん!死ぬときは一緒だ、彦四郎』
『帝がお戻りになるまで!宮様は生き延びねば!』
彦四郎が側近たちに鎧を寄こすように言う。
『…すまぬ、彦四郎…』
皇子は苦渋の決断をした。血だらけの手を互いに伸ばし、掴む。
『来世で会いましょうぞ!』
それが、彦四郎と交わした最後の言葉だった。皇子の豪華な鎧を纏い、兜を着けた彦四郎は櫓に登った。その姿を見た敵の雑兵どもが殺到する。
手柄首を求める雑兵を、彦四郎は上から射る。敵は次々と落ちていく。その隙に、皇子と少数の側近は城を脱出した。やがて矢が尽きると、彦四郎の大音声が響いた。
『我は第三皇子なり!逆臣共!汝らが腹を切る時の手本とせよ!』
彦四郎は鎧を脱ぐと櫓から放り投げた。雑兵がそれに群がる。
腹を切る。櫓を登ってきた敵兵が、首を掻こうと走り寄る。
それが、前世の彦四郎の最期の記憶だった。
◇
「…」
スクリーンが黒一色になる。議場内は静まり返り、血に慣れた騎士ですら青い顔をしていた。
皇子は歯を食いしばって耐えていた。吉野城脱出の記憶が蘇る。彦四郎のみならず、その息子をも犠牲にして落ち延びた。しかしその後、僅か2年で己は死んだのだ。彦四郎は無駄死にだった。
「…いつ娘と接触したか知らんが、これが娘の前世だと言うのか?」
子爵はミナミが見舞いに来た令嬢たちの一人だったと気づいたらしい。彼女を睨みつける。
「まだ終わってませんわ。次はリコリス嬢の現世での記憶です」
ミナミは再びリュートを弾いた。スクリーンに再び映像が映し出された。
◇
幼い幼児の手が見える。彦四郎は生まれ変わったのだろう。その小さな手を、今より若い子爵がそっと握る。優しい穏やかな顔だ。
『剣を習いたい?リコリス、お前は女の子だろう?』
少し老けた子爵が呆れたような口調で言う。両手を組み合わせて父親に願うリコリス。10はいっているか。
『でも!私、強くなりたいんです!』
『貴族の令嬢は守られる存在なんだ。強くなる必要はないんだよ』
『私が守るんです!守らなきゃいけないの!』
戯言ととらえた父親は、笑い声をあげて娘の頭を撫でると去っていった。リコリスの足元に大粒の涙が落ちる。
『宮様…』
場面が変わった。剣の稽古をする少年を、リコリスは盗み見ていた。教師役の指導の一言一句を頭に刻みこむ。そして部屋の鏡の前で一人、素振りや型の練習を繰り返す。柔らかい掌は、あっという間に血豆だらけになった。
『治癒』
血豆が消え、元の柔らかい皮膚に戻る。おそらく修行を隠すためだろう。治癒を繰り返しては、剣を握る度に皮膚が破ける。リコリスはその痛みをこらえて、秘密の稽古を続けた。
昼間は令嬢としてダンスやマナーの稽古をし、夜中に屋敷を抜け出し、身体強化を使って森を走る。対人の稽古はできない代わりに、夜行性の獣を相手に実戦を積む。孤独な修行は数年に及んだ。
『お見合いですか?』
ある日、母親が見合い話を持ちかけてきた。隣の領地の伯爵家の長男だ。
『そう。子供の頃から知ってるでしょ?良いお話だし、お受けしたらどうかしら』
『でも、あそこのご嫡男には、もう子供がいるって…』
『妾の話?あなたに男の子が生まれれば、そんなの気にしなくていいのよ』
母親が去ると、リコリスは鏡台に座った。茶色い巻き毛の少女が映る。すでに適齢期を迎えていた。その瞳は生気を失い、狂気を宿していた。
『宮様、宮様、宮様…。ごめんなさい…私、私…』
その頃のリコリスは、壊れる直前だったのだ。
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