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宮廷デビュー

            ♡




 あの騒動で狩りは中止になったが、ミナミと皇子は城に連れていかれた。ボアに襲われた王太子を助けた褒美をくれるらしい。


(褒美は嬉しいんだけど…)


 なぜかミナミは風呂に入れられていた。こちらの世界は水や燃料が貴重なので、風呂は贅沢な習慣だった。普段は(たらい)に湯を張り、最低限の湯で全身を洗うのだ。それが今、ミナミは大きなバスタブに浸けられ、体の隅々まで女官たちに磨かれていた。


「あのー…何で私は洗われてるんでしょうか?」


 ミナミは女官に恐る恐る訊いてみる。


「陛下に謁見していただくためです。あのままでは参内できません」


 女官の言葉にショックを受ける。毎日は無理でも、三日に一回は体も髪もを洗っていたのだ。


(日本にいたら毎日お風呂に入れてたのに)


 恥ずかしさに下を向くが、女官たちはどんどん異世界エステを施していく。髪を結い、薄く化粧をして綺麗なドレスを着けると、鏡の中には見たこともないような美少女がいた。


「誰?!」


 思わず叫ぶと、女官たちのドヤ顔が見えたのだった。




            ♡




 慣れないドレスの裾をさばきながら、長い廊下を歩かされる。


「こちらでお待ちください」


 豪勢極まりない応接室風の部屋に通される。皇子はまだ来ていなかった。ふかふかのソファに座り、しばし待つ。

 やがてドアが開き、侍従が若い貴族の男を連れてきた。


(どちらさま?)


 艶やかな長い黒髪を背に流した、背の高い男だ。滑らかな肌に高く通った鼻筋。長いまつ毛が縁取る目は切れ長で、黒曜石のような瞳が輝いている。彼はミナミに気が付くと、形の良い赤い唇を(ほころ)ばせた。


「似合うな。どこかの姫君のようだ」


 声が皇子だった。ただでさえ美男なのが、絶世の美男の域にまで達している。


「ヨ…ヨッシー?マジで?」


「俺だ」


 皇子はクリーム色の絹のジャケットに白いシャツ、白いズボンと黒のブーツを着ていた。どこから見ても貴族だ。多分態度が大きいのもある。彼は堂々と彼女に歩み寄ると、ソファの向かいに腰かけた。


 皇子の美貌に慣れたはずのミナミですら、磨かれた彼のそれから目が離せない。これは外に放ったらダメなやつではないだろうか。老若女子共がパニックになるのでは…と心配していると、謁見の間への案内が来た。二人は王様に謁見するために立ち上がった。




            ♡




「ハンターのお二人をお連れしました」


 侍従のアナウンスと共にと謁見の間の扉が開かれる。臨時の拝謁なのに、その場には多くの貴族がいた。皇子が姿を現すと、貴族女性のざわめきが大きくなる。


「な…なんて美しい」「異国の王子様のよう…」「お名前はなんとおっしゃるのかしら…」


 女たちの熱い視線と囁き声を意に介せず、皇子は玉座の前に進む。そこには一目で王と分かる、壮年の男が座っていた。王太子も横に立っている。


「陛下。彼らが私をボアの襲撃より救ってくれた英雄です」


 王太子が二人を紹介する。二人は(ひざまず)き、下を向いてお言葉を待つ。


「よくぞ王太子を救ってくれた。…モーリーとか言ったな。息子に仕える気はないか?」


 王の言葉にミナミは驚いて顔を上げた。侍従の説明では、お言葉→褒美の授与→退室、の予定だったはずだ。


 周囲の貴族たちもざわめいている。いくら手柄を上げたとは言え、素性の怪しい平民を王太子の部下に取り立てるるなど…と言う声が聞こえる。


「恐れながら…陛下」


 重臣らしい初老の貴族が発言を求めた。王様に意見できるなんて意外と自由な気風の国のようだと、ミナミは感心した。


「申せ」


 王が許可する。重臣は一礼をして一歩進み出た。


「見るからに異国の風体(ふうてい)にございます。王太子殿下のお側に置くには、いささか不向きかと」


 言外(げんがい)にスパイではないかと匂わす。広間内に賛同する声が多くなる。


「その二人は、我が祖母の一族に連なる者でございます。陛下」


 すると騎士団長が、発言の許可も取らずに割り込んできた。


(初耳なんですけど!)


 ミナミは驚きのあまり、顔を上げて団長を見てしまう。


「ほう。騎士団長の祖母君と言えば、かの『椿姫』だな。はるか東の国から流れてきたという」


 陛下がおばあさんの話を出す。騎士団長は大きく頷いた。


「そうです。彼らは祖母を見取り、遺言状を私に届けに来たのです。タキア領都で神殿で洗礼の記録もございます」


(洗礼なんか受けたっけ?神像を光らしたことかな?)


 なぜ騎士団長が神殿での事を知っているのか。ミナミの頭の中は?マークでいっぱいだった。


「騎士団長が身元保証人であれば問題は無いな。黒髪黒目は遥か東の王族の色とも聞く。王太子の護衛騎士ふさわしいのではないか?」


「…そうですな。失礼いたしました」


 王の決定に重臣も引っ込んだ。納得はしていなさそうだ。王は話を皇子の勧誘に戻す。


「で、どうだ?モーリーとやら」


「…護衛騎士はお断りする」


 皇子が王の誘いを断ると、謁見の間は大騒ぎになった。皇子の返答はありえない程不敬だったらしい。

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