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菅公の勧誘

            ◇



「おお!君が護良親王か!」


 消えた鬼の代わりに、今度は五十がらみの男が現れた。口元と顎に髭をたくわえた、束帯姿の殿上人である。

 その貴族然とした見た目に反して、男はずかずかと皇子に近寄ると勢いよく両肩に手を置いた。

 

「菅原道真だ。よく来たね~。歓迎するよ!」


「!」


 菅公、つまり神。皇子は目を見開いた。


「私が探してる人材にぴったりなんだよね、君。極楽も皇族も嫌なんでしょ?ここはひとつ思い切って異世界に転生してみるのはどうかな?満足度は保証するよ!今なら特典も付けちゃうし!」


 笑顔で訳のわからぬ提案されるが、胡散(うさん)臭い物言いに眉を(ひそ)める。


「う~ん。平成っ子なら即決なんだけどな。さすがに鎌倉時代っ子は慎重だねぇ」


「……?」


「だが、それも好ましい資質だ。ぜひ!君に!『ルクスソリア』』に行ってほしい」


「…まずお聞きしたい。『るくすそりあ』とは何だ?」


 皇子は肩に乗せられた菅公の手をさりげなく払いつつ、慎重に問う。


「いわゆる異世界だね!私たちが生きていた地球とは全く違う惑星の一つだよ。見せたほうが早いね」


 菅公は手にした(しゃく)を中空に掲げ、くるりと円を描いた。

 すると六尺ほどの水鏡のようなものが浮かび上がった。


 それに都の大路が映し出される。どういうからくりか分らぬが、大路を歩く人も牛馬も動いている。


「懐かしの(みやこ)。何度帰りたいと願ったことか」


 明らかに空涙(そらなみだ)で、菅公が袖を目にあてるフリをする。


(京…御所は…父上は…)


 皇子は食い入るよう目を凝らすが、さすがに内裏の中までは見えない。


 鏡の像はぐんぐん昇り、山も川も小さく見えなくなる。そのうち4つの島が現れる。公の笏がそれらを指した。


「これが我らが日ノ本。この菱形の島は、後に蝦夷地と呼ばれる島だ」


「なんと…」

 

 皇子の知る地図とは似ても似つかぬ、広大な風景に二の句が継げない。

 だがさらに像が天高く引いてゆくと、日ノ本は大陸の東の小島でしかないことが分かる。

 やがて、黒を背景に青と緑の白の混じった球体が現れた。


「地球と呼ばれる惑星だ。このちっさいのが衛星の月」


(地は平らではなく球…か)


 皇子は瑠璃色の球を不思議な気持ちで見つめた。


「…で、こっちが、じゃーん『ルクスソリア』だ!」


 菅公が笏を再度振ると、像は一瞬消えたが、すぐに同じ色合いの球体が写された。


「…同じ様に見えるが」


「えー。よく見てよ。大陸の数とか位置とか全然違うでしょ!」


 そういえば、大陸は大きなものが一つだけだ。『えいせい』とやらも少し大きい。


「地球と気候や動植物の様相は似ている。一番の差は『魔力』が存在することだね」


「まりょく?」


「思うだけで五行を変化させる力、かな。空まで跳び上がったり、地を割ることもできる。で、今、ルクスソリアは停滞しているんだよ。文明レベルが中世あたりのままで。原因が不明なんだねー」


「そこに俺を行かせて何とする」


 皇子は冷笑を浮かべた。魂魄となった皇子には忠臣もいない。天翔け地を割る権能もない。

 

「試しに異分子を投入してみたいのさ。どう?君だってやり残した事のひとつくらいあるでしょ?」


(俺がやりたかった事とはなんだ?)


 何も思いつかない。ただ父帝に尽くした人生だった。皇子とはそのようなものだと思っていた。


 とは言え神の命だ。断ることはできまい。皇子は腹を決めた。


「俺一人で何ができるとも思えないが、公の思し召しなら是非もない。その『るくすそりあ』とやらに行こう。だが一つ頼みがある」


「何?無限魔力と全属性付与は基本だから、それ以外でね」


「…一度で良い。父上に会わせてくれ」


「お父上に?うーん…そうだねぇ、夢の中なら会わせてあげられるよ」


 意外な要求だと思ったのか、菅公は首をかしげた。皇子の幽閉と処刑のいきさつは公も知っているのだろう。


「とりあえず、その恰好では何だね」


 公は笏を皇子に向け、左から右へ水平に動かした。すると処刑されたときのまま、ざんばら髪に小袖と袴だけを身に着けた皇子の姿が一変した。


  垂纓冠(すいえいのかん)に黒い袍。久々の束帯姿だ。衰えた身体も元に戻っていた。


「かたじけない」


「どういたしまして。では帝の夢の中に送ろう」


 先ほどまでの水鏡が扉に変じていた。扉がひとりでに開くと、皇子はその中へと足を踏み入れた。



            ◆



 真夜中。帝は浅い眠りから目を覚ました。

 ここ最近の悩みが甦る。足利尊氏の謀反である。

 

(護良の言った通りであった…)


 息子は尊氏の裏切りを予言していた。建武の新政は、今や風前の(ともしび)であった。


(たれ)かある」


 帝は近侍を呼ぶが(いら)えは無い。怪しんで身を起こすと、御帳台の外に何者かの気配があった。

 するすると(とばり)が巻き上がる。その向こうには、死んだはずの息子がいた。


「護良。恨み出たか」


 息子は悲しげに顔を歪めた。秀麗な面差しはそのままだが、肌は青白く生気が無い。亡霊に違いない。


「父上、(いとま)を乞いに参りました」


「…朕を呪いに来たのではないのか?」


 亡霊は(かぶり)を振った。そして平服し、震える声で言った。


「最後まで忠義を尽くせなかった私を、どうかお許しください」


 帝は思い出した。息子がどのような人間だったかを。呪われると怯えたことが急に恥ずかしくなった。


「朕も間違えた。お前の言うことが正しかった。許せ、護良」


「…」


 息子は何も言わず頭を上げ、微笑を浮かべて帝を見た。頬には一筋、涙が伝わっていた。

 そのまま姿が薄くなり、あっという間に消えてしまう。


「護良っ!」


 思わず手を伸ばした瞬間、帝の目は覚めた。




            ◇




「気は済んだかな?」


「はい」

  

 元の白い部屋へと戻り、皇子は再び菅公と向かい合っていた。


(もう思い残すことは無い)


 穏やかな皇子の顔を見て、菅公は(うなず)いた。


「ではルクスソリアへの転送に入るよ。あまり情報を与えずに行ってみよう。こちらが君に求めることはひとつだ。自らの意思で動き、人と出会い、別れて学びなさい」


 突如、皇子の足元に不思議な文様が浮かび上がる。まるで曼陀羅のように美しい黄金色に輝きに包まれ、皇子の姿は粒子となって消えた。


 最後に菅公の優しい声が見送る。


「…皇子の新しい人生に幸多からんことを」

 

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