王都へ
◇
皇子は長らく僧侶だった。6歳で出家し、叡山に入った。25歳で還俗するまで、尊雲法親王と呼ばれていた。
自身が決めた道ではない。継承権の低い皇子は寺に入る習わしがあっただけだ。寺の修業は嫌いだった。経文も加持祈祷も一度習えば覚えられる。すぐに飽きた。だから武芸にのめり込み、奇異の目で見られていた。
それが今、阿弥陀如来に老女の往生を祈っている。皇子は不思議な感慨に浸っていた。
炎が一段と燃え上がると、へたり込んでいたミナミが立ち上がった。持ってきた花を火に投げ入れる。
ぱっと火の粉が舞い上がった。それが、何かを形作る。
「あっ!!」
村人の一人が指差す方を見ると、炎の前に、一人の美しい女人が立っていた。白金の髪に水色の瞳は婆どのの色だ。
「ありぁ若い頃の婆さんだぁ」
木こりの男が目をこすりながら言う。人々が驚きざわめく中、ミナミはぽかんと口を開けて呆けている。
皇子も一瞬、読経を止めてしまう。すると姿がすぅっと薄くなってしまったので、慌てて続けた。
「おばーちゃん…・」
「ミーナ、危ねぇ。それ以上近づいちゃなんねぇ」
手を伸ばして近づこうとするミナミを木こりが止める。皆が固唾をのんで見つめていると、また一人、炎から現れる。大きな若い男だ。
「森ん口の爺さんまで。何じゃこりゃ」
再会した夫婦は笑顔で寄り添う。婆どのが何か言ったが、聞き取れないまま二人の霊は消えてしまった。
最後にミナミと皇子に、満面の笑みを贈りながら。
やがて経も終わり、棺を焼く炎だけが残る。しばらくは誰も口を開けなかった。
◇
「モーリーのスキルっちゅうことにしたけんねぇ」
葬儀の後、木こりと村長が相談した結果を伝えに来た。さすがにこちらでも、死者の霊を召喚する魔法はないらしい。村人が納得する理由が必要になったそうだ。
「まあ、ミーナの涙が引っ込んだみたいだし。良かったんちゃう?」
「そうだな」
葬儀まで泣きに泣いていた彼女は、火葬の後、倒れるように眠った。そして起きると女衆の集まりに連れ去られていった。その頃には涙は見せなかった。皇子の方は、婆どのの家で男衆と酒を酌み交わしている。弔い酒なので静かに話をするだけだ。
「ありゃ婆さんと爺さんだったなぁ。美男美女で有名でねぇ…」
「そういえば、婆どのが孫に遺すものがあると言っていた。どうすれば良い?」
村長が酔いつぶれる前に訊く。
「あー、遺書を預かっとった。都の孫に届けにゃ。モーリー悪いけんど、行ってくれん?」
「都?領都か?」
「いんや王都。馬でも3日かかるっちゃ」
王都に孫がいるという話を、剣の師匠に聞いたことがあった。
「婆さんの息子は叩き上げの騎士だったんよ。初の平民出身の騎士団長で」
そして貴族に叙せられた。父母を都に呼んだが、都の水が合わず両親は村に戻った。
「水っちゅうか嫁と合わなかったんだなぁ。貴族の令嬢だったし」
孫が生まれても一度も会えなかった。その後、息子は病で死んだ。今は孫が家を継ぎ、騎士団長を務めている。
「会ったことも無い婆さんの遺書なんて、嫌がられっかもしれんけど。届けてくれっと助かるっちゃ」
「分かった。届けてこよう」
皇子は依頼を了承した。雨季が終わり次第出発しようと考えたが、急ぐ必要は無いと村長は言う。
婆どのがいたら、相変わらずのせっかちと笑われそうだ。もうあの『つんでれ』を聞くことができないと思うと、一抹の寂しさを感じた。
◇
雨季が終わり、夏が来た。タキア領の夏は短い。一月ほどで秋の気配が感じられる。
その頃、ようやく皇子とミナミは王都へ向けて出発した。夏の間、ミナミの乗馬の特訓をしていたのだ。
「おーほっほっほっ!見るがいい!あたしの華麗な乗馬を!」
ようやくまともに馬を操れるようになったミナミは得意げだ。ただ歩かせるだけでも、すごいことなのだと自慢する。令和の時代の乗馬は、一部の裕福な者たちの娯楽だそうだ。
王都へ向かう道を2頭の馬で進む。今回は自前の馬だ。せっかく王都に行くのだから、しばらく滞在することにした。借りるといつ返せるかわからない。だから安い馬を買ったのだ。
「そろそろ休憩にしようか?ぶち子や~。マダ男も休みたいよね~?」
自分の駁毛の馬に『ぶち子』、皇子の葦毛の馬に『マダ男』と妙な名前をつけている。ムラのある毛色のお陰で安かったのは確かだが。
「もう少しまともな名前は無かったのか…」
「あらー。可愛い名前じゃない。このセンスが分からないとは」
空元気かもしれないが、ミナミは明るさを取り戻していた。村を離れて正解だった。王都に行けば珍しい物もあるだろう。皇子も久しぶりの旅に高揚していた。
急ぐ旅ではない。休み休みゆっくりと進み、3日目の夕暮れ前に王都に着いた。




