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外伝~トモと友~12 裁判

          ◇




 安徳帝が消えた後、閣下と族長による事情聴取が行われた。


「友久。状況証拠はお前に不利だぞ。なぜそんな事をした?」


 オーラは怖いが声は柔らかい。大尉は正直に答えた。


「息子を人質に取られたこと。乱暴されそうになったこと。油断した自分の甘さ。諸々の怒りが重なりました」


「なるほどな…。しかし意外だ。お前は拷問や尋問には無縁な人間だと思っていた」 


 姿が変わろうと己の本質は軍人だ。しかし丸腰の獣人にやりすぎた。大尉は提案した。


「王子を傷つけた残虐非道な女は、死罪が妥当ではないでしょうか?」


 同じ顔が同じように顰められた。


「何を言っている。自ら死罪などと…」


「そうだよ。王子は生きているのに」


「と見せかけて、後で護様に蘇生していただく案です」

 

「「…」」


 要は生き延びれば良いのだ。息子と別れるのは辛いが、ほとぼりが冷めたらこっそり戻ろう。


「勇気は閣下か護様の猶子にしてください」


 仮の親として守ってもらえないか。そうお願いすると、2人共腕を組んで考え込んだ。行動が似ていて面白い。


「ユリウスが認知したいと言うだろう。どうする?」


 閣下の言葉で思い出した。すっかり忘れていた。週末に会う約束をすっぽかしてしまった。


「謝罪はお手紙で十分です。養育費をたっぷりくだされば、なお結構です」


 公子は幻想に執着している。大尉が死ねばそれも覚めるだろう。それに公子では勇気は守り切れない。


 裁判は訴えを起こされた地で行われる。ラウル王子の母親がいるノースフィルド王国だ。大尉の身柄は王国へと移された。




          ◇



 


 大尉はなぜか貴人用の牢に入れられた。迎賓館の様に豪華な部屋だ。食事も美味い。しかし大尉の心は暗かった。


(勇気は元気かな。図太い子だから大丈夫か)


 会いたい思いが募る。


 恐らく向こうは大尉を王子の妻にして息子を手に入れようとする。そうはさせない。ベッドに寝そべって考えを巡らせていると、また安徳帝が現れた。


「死ぬのは止めて欲しい」

 

 開口一番、計画に駄目を出す。大尉は起き上がった。


「何故だい?」


「3年前、拳銃自殺をしたろう。それから君の器が変化している」


 魔力の件か。死ぬと自爆でもするのだろうか。


「それもありうる。何が起こるか分からない。だから…」


「私に消えてほしいんだね?」


 大尉の指摘に少年神はたじろいだ。段々分かって来た。彼はこの世界の安定を司る神だ。予測不能な異分子である大尉を不安視している。 


「図星か。よし。取引をしよう。少年」


 安徳帝は嫌そうな顔をした。大尉は神に交渉を持ちかけた。




          ◆




 獣人の王子の母親は貴族派の娘だった。没落して獣人族の先王に嫁ぎ、夫の死後王国に戻っていた。トモに番として息子に嫁ぐことを要求している。


「ふざけるな!なぜトモの息子まで養子にする必要があるんだ!」


 訴状を読んだユリウスは激怒した。背後にいる貴族派の狙いは玉座だ。見え透ている。


 父はなだめるように言った。


「既に勇気は俺の猶子になった。奪うことは出来ない」


 トモはユリウスではなく父にユウキを託した。それも悔しい。


(分かってる。僕じゃ力不足なんだ…。ただの公子で教師じゃ何もできない)


 裁判は公開になった。多くのやじ馬が詰めかけるだろう。貴族派はそこで勇気の存在を知らしめる気だ。


「俺と護で傍聴してくる。お前は来るな。友久が動揺する」


「そんな!僕も…いえ。分かりました」


 ユリウスが行けば噂を肯定してしまう。彼は駆けつけたい気持ちを必死で押えた。




          ■




 裁判当日。法廷には多くの平民が押し掛けていた。皆、貴族の醜聞に飢えている。


「被告はアスカ大公家の婚外子を産んだ女だそうだ」


「獣人の王子を殺しかけたんだと。どんな魔女だ?」


「きっと魔獣のようなゴツイ女さ。公子も数寄者だな」


 好き勝手に噂する声が響く。やがて扉の1つが開き、被告人が出廷した。全ての視線が女に集中する。


 白いワンピースを着た華奢な体。子供のように小さい手足。長い黒髪を一つに結び、化粧っ気のない顔はどう見ても10代の少女だ。魔力を封じる首輪と手枷が痛々しい。彼女はゆっくりと被告人席に向かった。


「あれが…魔女?」


 人々は呆気に取られた。想像を裏切る容姿だった。原告席に座るラウル王子の母親も少女を凝視している。


 被告人は席に座る前に、原告側に深く一礼した。そこで聴衆は弁護人がいないことに気づいた。


(貧しい平民なんだ。見ろ。あの打ちひしがれた姿を…)

 

 貴族然とした原告に避難の目が向けられる。人々に少女への同情が広がり始めていた。


「国王陛下のお成り!」


 亜人と平民の刃傷沙汰。その程度の裁判に王が出御してきた。人々は興奮を押し殺して頭を下げた。王は多くの護衛騎士を従えて入廷した。隣にはアスカ大公とその長子がいる。大公父子は貴族用の傍聴席に座った。


(なんとまあ。魔導大公と神人族の長まで。噂はいよいよ本当だったな)


 男たちは声を潜め、女たちは彼らの美貌を夢中で見つめる。騒然とした中で異例の裁判は始まった。




          ◇




 大尉は目を伏せたまま周囲を観察した。王はユリウス公子によく似た中年の男だ。魔王親子も傍聴席にいる。ラウル王子の母親は弁護人を従えて座っていた。派手なドレスと宝石を身に着けて反感を買っていた。


「ラウル王子は番である被告に誠意を尽くして求婚しました。被告はこれを断るだけでなく無惨に王子を斬ったのです」


 原告側の弁護人が、いかに王子が残虐に傷つけられたかを述べた。そして、人族が亜人を傷つけてはならないとする法に反したとして、死罪を求刑した。


 あまりに重い刑に聴衆がざわめくと、弁護人はもったいぶって言った。


「ですが王子は慈悲深い方です。被告を許し、妻に迎える意思がございます」


 死か妻か。どちらかを選べという。


「次。被告人は反論はあるか?」


 裁判官が訊いた。大尉は立ち上がった。


「特にありません。私がラウル殿下を斬ったのは事実です。死罪でお願いします」


 法廷は騒然とした。裁判官は槌を打ち鳴らして「静粛に!」と叫んだ。


「何故死罪を望む?答えよ」


「殿下と結婚したくないからです。しつこすぎる。親の顔が見てみたい」


 痛烈な皮肉に場が静まり返った。だがすぐに爆笑に包まれた。王子の母親は怒って立ち上がった。


「お黙り!たかが平民の娘が!」


 真っ赤な顔で地団駄を踏む。裁判官が止めようとすると、王が右手を上げた。そのまま言わせろという意味だ。聴衆は原告と被告の直接対決を興味津々に見守った。


「これが終わったら永遠に黙りますとも。夫人。あなたは息子の育て方を間違った」


「何ですって!?無礼な!あの子は王子よ!」


 長らく亜人の国で暮らした母親は直情的な性格になっていた。まんまと大尉の術中にはまる。


「だから何です?殿下は顔が良いだけの屑だ。あれで王族とは片腹痛い」


「私の愛しいラウルを!よくも侮辱したわね!」


 王も大公も、全ての者が大尉と母親のやり取りを注視していた。大尉の舌鋒はいよいよ鋭くなった。


「愛しているなら、なぜ息子を利用したのです?番なんて嘘っぱちだ。彼はあなたの命で私に近づいた。始めは紳士的に振舞って、私の信用を得ようとしていた。だがあなたが追い詰めた。だから急に駆け落ちを強いたんだ」


「…」


 夫人は真っ青になって黙った。 

 

 人族にも獣人族にもなりきれない中途半端な王子。母親しか頼る相手がいなかった。僅かな愛情を求めて汚れ仕事を引き受けてきたのだ。


「腕を切り落とされても、あなたの名を白状しなかった。そこは天晴(あっぱれ)だ。でも夫人。あなたは酷い母親だ。子は親の道具じゃない」


 哀れな母親はくずおれた。平民の少女が貴族を論破したのだ。聴衆は呆気に取られた。


 大尉はしかし、啜り泣く夫人に慈悲深く言った。


「あなたも親の言うなりに獣人族に嫁がされたんでしょう?子供も産みたくなかった」


 夫人ははっと顔を上げた。人々も気づいた。因果があったのだと。


「可哀そうでしたね。でも帰国できて良かった。…私の言いたいことは以上です。陛下」


 玉座に深く一礼し、大尉は被告席にまた座った。派閥の連鎖を止められない国王にも責任があるのだ。陛下は苦笑しながら判決を下そうとした。


「…さて、どうしたものか。その方は死罪を望んでいるのだな?」


「無罪!」


 どこからかヤジが飛んだ。不敬だが王は咎めなかった。賛同の拍手が沸き起こる。それは徐々に大きく広がり、やがてほとんどの傍聴人が立ち上がって手を叩き始めた。割れんばかりの拍手に王は満足げに頷いた。


「トモヒサ・アマミヤ嬢は無罪とする。実に面白かったぞ」


 裁判は終わった。大尉は即刻釈放され、アスカ大公家預かりとなった。刺激的な舞台を見せられた民衆はあっという間に裁判の話を広めた。大公家に対する中傷も止み、大尉は「慈悲の聖女」と呼ばれるようになった。

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