外伝~トモと友~11 獣人の王子
◇
神人族の島には商船も来る。ゲートは使用料が高いので大量輸送には向かないのだ。大尉の息子が船を見たいと言うので、幼稚園の帰りに港に連れて行った。様々な亜人の船員が行き来するのを大きな係船柱に座って眺める。膝上の息子は上機嫌だ。
「おたあさま。見て。獣人さん。しっぽカッコいい」
「そうだね。私も欲しいな」
「お耳ないのにしっぽある人、なんで?」
「さあね。そういう種族なんじゃないの」
適当に答えていると、当人が声をかけてきた。
「オレは母親が人族なんだよ。坊ちゃん」
狼獣人と人族の混血だそうだ。息子は目を輝かせて男の話を聞いていた。
「狼みたいに強くて賢いんだぜ。スゲーだろ?」
「すげぇ!」
言葉遣いがよろしくない。大尉は帰ることにした。息子を膝から下ろすと、意外にも男が手を差し出した。
「どうぞ。レディ」
礼を言って男の手に右手を乗せる。
「!」
男は何かに驚いたように目を見開いた。大尉が立ち上がっても手を離さない。そして名を訊いてきた。
「アマンダです」
どうせ数日で島を去る船員だ。適当な偽名を言うと、男は手を離した。大尉は相手の名は訊かずに港を離れた。尾行はされていないようだが、注意を払いながら帰った。
◇
ユリウス公子からの手紙が届いた。詫びが9割、会って話したいという懇願が1割の手紙だった。閣下が大尉の居場所を教えたなら、断るわけにはいかない。休みの日ならいつでも良いと返事に書いた。船便で出したかったが、ゲート便で送ろうと族長が持って行ってしまった。
(会って何を話すんだ?養育費か)
息子が望めば魔法学園ぐらいは行かせてやりたい。大尉は半年で終えてしまったが、普通に通うと学費は幾らか。入学金や寮費もあるな。調べないと。考えながら仕事をしていると、来客を告げられた。
「アマンダさん」
先日の混血獣人の男が来た。上等な貴族服を着ている。偽名は拙かったかと思ったが、白を切ることにした。
「何の御用でしょう?仕事中なので手短にお願いします」
「突然すみません。獣人族第15王子ラウルです」
随分子沢山だな。港ではほぼ平民の服装だったし、働く王族なのかも。大尉は差し出された手を握った。すると王子は両手で大尉の手を覆い、跪いた。
「やはりあなたはオレの番だ。アマンダさん」
真剣な顔で見上げる。大尉は気のない返事をした。
「はあ。そうですか」
「結婚してほしい」
「お断りします」
王子は驚いていた。美男だから自信があったのか。大尉はさりげなく手を引きぬいた。
「人族と獣人族の友好条約第3条第1項。『番であることを理由に婚姻を強いてはならない』。お分かりいただけますね?」
事務的に言い、応接室を出る。ここは神人族領だが法は有効だ。大尉は仕事に戻った。その後は忙しかったので獣人の王子の件は忘れてしまった。
◆
やっとトモと会える。ユリウスは約束した週末を心待ちにしていた。息子への土産も用意し、大公邸のゲートの間へと向かう。
(ああ緊張する。まずどんな顔をすれば良い?笑ったら不謹慎かな。でも顰め面もおかしいよな)
百面相をしながら魔法陣に立ったその時、執事が駆け込んできた。
「お待ちください!ユリウス様。トモ様が…!」
兄から伝話が来たと言う。神人族領で事件が起きた。トモが獣人の王子を殺したというのだ。
◆
「正確には、殺した直後に護が“復活”させたので生きている」
父が厳しい顔で言った。3妃とユリウスは胸を撫でおろした。良かった。
「だが獣人族の第15王子だったか。その親から強い抗議が来ている」
「ヴォルフ王の息子なの?」
ミーナ妃が首を傾げる。かの王は親人族派だ。
「ヴォルフの養子だ。先王が人族に産ませた混血児だそうだ。抗議をしているのは母親側だ」
「そもそも、何故トモがそんなことを?」
ユリウスには信じらない。彼女が人を殺すなんて。よっぽどの事情があったはずだ。
「王子は友久を自分の番だと言っていた。友久が拒むと手籠めにしようとした」
「!?」
自分でも驚くほどの怒りに駆られ、咄嗟にユリウスは転移しようとした。だが父に羽交い絞めにされた。
「落ち着けユリウス!今行っても何もできん」
「離してください!俺がそいつを殺します!」
身体強化を目一杯かけても、父の拘束はびくともしなかった。暴れるユリウスを押えながら叱咤する。
「話を最後まで聞け!友久は身を守るために王子を斬った。片手を斬り落した」
「え?」
ユリウスの想像と全く違った。
「短刀で刺したとかではなく?」
「ああ。残虐すぎる、過剰防衛だと抗議されている。恐らく訴えられるだろう」
抵抗を止めた息子を父は離した。トモは魔力を封じられ軟禁されているそうだ。襲われたのは彼女の方なのに。ユリウスは納得がいかなかった。とりあえず母たちが情報を集め、父は神人族領に行くことになった。
◇
大尉は久しぶりに大失敗をした。うっかり獣人の王子を殺して軟禁されている。
息子は聖女様をはじめ、族長の奥様方が面倒を見てくれているそうだ。感謝せねば。
(情報が欲しい。誰か尋問にでも来てくれないかな)
暇を持て余してぼんやりしていると、思いが天に通じたのか少年神が降臨した。
「やあ友久。みっともないな」
「返す言葉もない…」
安徳帝は勝手に茶を淹れて持参した饅頭を並べた。食べていいのだろうか。
「どうぞ。それで?何でこんなことになったの?」
大尉は事の経緯を神に説明した。
◇
獣人の王子は毎日しつこく求婚をしてきた。大尉は毎日丁寧に断った。人間とは慣れる生き物だ。求婚が挨拶のようになった頃、油断をした。宿舎に侵入した男が息子を人質に脅してきたのだ。
『もう我慢できねぇ。アマンダ。オレと一緒に来い』
いつもの紳士的な口調をかなぐり捨てて、男は駆け落ちを命じた。大尉は断った。すると襲い掛かってきた。
ようやく気が付いた。番話は嘘だ。別の目的がある。大尉は軍刀で男の左腕を切り落とした。息子を取り戻し、尋問をした。
『誰の命だ?』
『目的は誘拐か?』
『お前に何の利益がある?』
残る手足を切り刻んだが、男は何も吐かなかった。仕方なく止めを刺した。
そこに族長が来た。部屋の惨状に驚き、すぐに男に治癒魔法をかけた。もう死んでいたと思ったが生き返った。さすが魔王の息子だ。
『何があったの?トモ。やりすぎだよ』
族長は大尉を諫めた。確かに頭に血が上っていた。
『とりあえず、彼は獣人族に返そう。君への沙汰はまた後日ね』
そんな訳で今日で謹慎3日目だ。息子に会いたい。
◇
安徳帝は茶を啜りながら聞いていた。話し終えた大尉も饅頭をいただいた。美味いのであっという間に食べてしまった。
「何個でもどうぞ。で、友久は黒幕は誰だと思う?」
「王家の血筋を錦の御旗にしたい輩だろ。どこでも変わらんね」
番だ何だと言って美男の獣人を近づけて。油断した己が腹立たしい。
「何で魔法を使わなかったのさ?」
またその話か。大尉は饅頭の礼に答えることにした。
「必要ないからだよ。道具を使えば大抵のことはできる」
少年神は目を見開いた。
「あと個人的な事情だ。魔法を使うと調子が悪い」
「どんな風に?」
「魔力が巡る度に、身体が変わっていく気がするんだ」
やっとこの器にも慣れたのに。大尉は細い己の手を見た。次は何に変身するのか。尻尾が生える程度なら良いんだが。




