表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/129

茶と翁

            ◇




 神殿を出たのは正午前だった。帰りの時間を考えると、もう領都を出たい。

 その前に土産を買って帰ることになった。皇子の目当てはハマスから聞いた茶葉店だ。


「あたしはおばーちゃんにお菓子とか買ってくから。一時間後に宿屋で待ち合わせね」


 昼食を済ませてミナミと別行動を取る。馬とロバは宿屋に預け、気ままに街をぶらつく。

 大通りの店々を興味の赴くままに見て歩いた。


(村も良いが街も良いな)


 こちらに来てから、初めての一人歩きだ。

 領都の賑わいを楽しみつつ、皇子は茶葉店を探した。




            ◇

 



「いらっしゃいませ~。何かお探しですか?」


 茶葉店を覗くと、すぐに店員の娘が声をかけてきた。


「ハマスの店に卸している茶が欲しい」


「かしこまりました。試飲されますか?」


「ああ。頼む」


 店先の緋毛氈(ひもうせん)が敷かれた長椅子に腰を掛けて、茶を飲む。

 やはり美味い。店員に頼み、この茶を1斤包んでもらう。8000ゴルドだったことはミナミには内緒だ。


 茶の香りを楽しみながら、神殿での一件を思い返す。


 魔力量が多いのは分かった。いずれ使いこなせるようになりたい。スキルについては今だ不明だ。

 神官どもは少し警戒しよう。ただ、あの大神官という老人は信用できる。

 魔法を指南してくれる人物はいないものか…。


 つらつらと考えながら道行く人々を眺めていると、不意に怪しい気配に気づく。


(囲まれた)


 こちらで狙われるのは初めてだ。今、武器は持っていない。逃げるべきか。


「良いお天気ですな」


 枯れ木のような翁が、音もなく現れて声をかけてきた。


「そうだな」


 皇子は素っ気なく答えた。


「美味い茶だった。失礼する」


 娘に礼を言い、席を立つ。相手も店先では仕掛けてこないだろう。


「お待ちを」


 だが翁が皇子の右腕を押さえてきた。皇子は殺気を込めて老人を見た。


「ここで殺り合う気か?」


「滅相も無い。…お迎えに参りました、殿()()


 久しぶりに聞いた言葉に、皇子は眉をひそめた。


「お前は何者だ?」


「なんと、この爺めをお忘れでしょうか?もしや記憶が…」


 記憶も何も、皇子はこちらに知り合いはいない。翁は泣きながら腕にすがってきた。


「1年もお探ししたのです!さあ、共にお戻りください!殿下」


「知らぬ。人違いだ」


 翁は滂沱の涙を流しつつ、「お戻りください」だの「皇太后がお待ちです」だの、意味不明な言葉を繰り返す。

 困った皇子は手巾を差し出した。泣く老人は両手でそれを押し頂く。


「ああ、お優しや。…その黒髪に黒い目も、お美しい(かんばせ)も。殿下は何一つお変わりない」


「違うというに…」

 段々面倒になってきた。ミナミとの約束の時間も迫っている。


「他人の空似だ。本人でなくてすまんな」


 そう言い捨てて、皇子はさっさと店を出た。怪しい気配が跡を付けてくる。

 残された翁は叫んだ。


「皇家断絶の危機なのです!殿下だけが希望なのです!!!」


(知るか)


 素早く路地裏に入る。気配が追い付く前に隠形の術で身を隠す。幾度となく敵から逃げおおせた術だ。見破られることはない。


「探せ!まだ近くにいらっしゃるはずじゃ!」


 翁が手下に指示を出す。そうして彼らが完全に去ってから、皇子はその場を離れた。





             ◇






「ふーん。それで号泣おじいちゃんを撒いてきたんだ」


「ああ。参った…」


 その後、宿でミナミと合流して領都を出た。不気味な翁とその仲間は振り切ったようだ。


「ヨッシーと同じ顔をした人がいるってこと?信じられないなぁ」


「俺もだ」


「しばらく領都へ行くのはよそうか。また会ったらやだもんね」


「そうだな」


 二人は馬とロバを急がせ、夜には村へと帰り着いた。




            ◇




 領都での一件以来、皇子は剣が欲しいと思うようになった。まずは(なま)った身体を鍛えなおす。

 毎朝の素振りが日課となった。ある日、それを見た大家の老女が皇子を呼んだ。


「あんたは剣も使うんだね。よければ息子の剣をお使い」


 婆どのの息子の剣を渡される。刀身が4尺を超える、諸刃の直刀だ。


「…長いな」


「鍛冶屋に打ち直してもらいな。あんたの好きなようにするといい」


「かたじけない。大切に使わせてもらう」


 皇子は礼を言って剣を受け取った。婆どのからは与えられてばかりだ。どれほど礼を言っても足りない。


(この恩はいつか返さねばな)


「気にするんじゃないよ。剣も使ってやんなきゃ可哀そうだろ」


 いつもの『つんでれ』が出た。皇子は満面の笑みを浮かべた。




 早速、鍛冶屋に向かった。


「こりゃ騎士団の剣だなぁ。直しちまって良いん?」


 木こりの息子が剣を眺めながら言う。


「良い。俺の丈に合うように打ち直してくれ」


「あいよ。モーリーの身長だと、こんくらいかぁ?」


 見本の剣の中から1本を渡される。皇子は構えてみた。


「長さは良いようだが…」


 しっくりこない。何度か振っていると、


「もしかしてぇ、諸刃の剣、初めてじゃないん?」


 息子に指摘される。確かにその通りだった。


「俺のいた国では、剣は普通、片刃で反りがある」


「そうなん?片刃にはできるけどぉ、反りは無理だぁ」


 皇子はしばし考え、そのまま刀身だけを短くするよう頼んだ。


「こちらの剣術を学ぶよ。『郷に入っては郷に従え』だ」


 3日後に引き渡す約束をして、鍛冶屋を出る。


(先に剣の師を探さねば。忙しくなるな)


 最近の彼は、以前ほど昔を思わなくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ