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外伝~人魚と騎士~06・終話

          ◇




 分厚い壁が吹き飛ばされる音でジョシュアは目を覚ました。大公閣下が走り寄ってくる。


「主将!生きているか!?」


 呼び方が昔に戻っている。


「何とか…」


「ケルベロスと戦ったのか。無茶をする…」


 閣下の治癒魔法ですぐに失った手足は元に戻った。切り裂かれた左目も。


「ありがとうございます。反魔法士の暴動は収まりましたか?」


 新しい手足を動かしながら訊く。やはり外務大臣が黒幕だったそうだ。閣下を地方に足止めする為の工作だった。人魚の女王を手に入れんとする、凄まじい執着にぞっとする。


 動けるようになったジョシュアはマリエルをそっと抱き上げた。


「俺が運ぶか?」


 閣下の申し出を、首を振って断る。


「自分の婚約者ですから」


「そうだな」


 大公は満足そうに笑った。諜報部の部下たちもやって来る。妓楼の制圧も完了し、亜人売買組織の摘発および外務大臣の逮捕(被疑者死亡)は終わった。




          ♡




 目を覚ますと、そこは大公邸の私室だった。忌々しい首輪は外されていた。


「あ、起きた?気分どう?」


 ミーナがベッドの横に座っていた。マリエルは飛び起きた。


「ジョシュアは?!」

 

「大丈夫。もう仕事に復帰してるよ。今は王城」


 良かった。殿が駆けつけてくれたらしい。怪我もすっかり治ったと聞き、安堵する。


「暫く帰れないらしいよ。会いに行く?」


 会いたい。でも。マリエルには人魚族の女王としてすることがあった。オークションに出品されていた亜人の子らは、人魚、アラクネ、ハーピー、獣人、ラミアの5氏族だった。まだ引き取りには来ていない。


「人族に序列を廃止させたいの。手を貸して。ミーナ」


「いいね!ヨッシーに言ってくる!」


 マリエルは交流のある亜人の王族に連絡を入れた。大公妃であるミーナも協力する。急遽、亜人の女王たちがノースフィルド王国に集まることになった。




          ◇




「久しぶり~。アラクネの姉さん!元気だった?」


「まあ。全然お変わりないのね。ミーナ!」


 亜人の子供らを迎えに来たという名目のセレモニーが始まった。王城のゲートに各氏族の王族が現れる。アスカ大公妃はほとんどのゲストと顔見知りだった。


 マリエル女王が提案した一大イベントにジョシュアも参加している。女王の婚約者として。


「…何か美女ばっかりっスね」


 従者役の新入りが呟く。驚くのも無理はない。亜人女性の中でも特に美しい女王らだ。それがまた念入りに着飾っているのだ。迎える宮廷人たちは呆けて見ているしかなかった。


 マリエル女王は虹色の鱗模様のドレスだ。アラクネ族の女王は名物の蜘蛛糸が煌めく紅色のドレス。ラミアの女王は輝く白銀の裳裾を引く。ハーピーの女王が動くと軽やかな羽根が舞う。


「お久しぶりでございます。殿」


 ゲートに狼獣人の美女が着いた。獣人族の王妃だそうだ。大公閣下と挨拶を交わしている。豪華な黄金の髪が人族には無い光を放っている。


 記念撮影が行われる。大公夫妻の周りに亜人の女神が集う様は、奇跡のような光景だった。そこになぜかジョシュアも入っている。ものすごく違和感を感じる。奪還作戦の功労者だからだそうだ。




          ◇




「子供らをお返しできて嬉しく思う。同じことが繰り返されぬよう、厳しく取り締まると誓おう」


 ノースフィルド国王は事件を亜人に詫びた。女王らは謝罪を受け入れ、綺麗な服を着た子供らを抱きしめた。セレモニーが終わると、舞踏会になる。絶世の美女たちはにこやかに貴族たちの相手をした。


 マリエルは主催者側なので忙しい。事件の後から一度も話していない。


「踊りましょう…ジョシュア…」


 ラミアの女王から誘われ、仕方なくダンスをする。踊りながら独特の口調で女王は話しかけてきた。


「あなた…不思議な匂いがする…。純粋な…人族では…ないわね…」


「先祖代々、漁師ですが。南方の血が入っているとは聞いています」


 浅黒い肌はカディスの村でもジョシュアの一家だけだった。母は嫁してきたので白い肌だった。


「耳…見せて…」


「今ここで?それは…」


 ちょっと不味い。マリエル陛下が凄く睨んでいる。ラミアの女王はそれに気づいた。曲もちょうど終わったので、彼女はジョシュアの手を引いて人魚の女王に近づいた。


「マリエル…。ジョシュアは…亜人の…血を引く者よ…」


 衝撃の事実を告げられる。マリエル陛下も目を丸くしている。ラミアの女王が耳を見たいというので、ジョシュアは髪をかき上げた。美女2人にまじまじと見られて恥ずかしい。きっと耳も赤くなっている。


「尖った耳…浅黒い肌…白銀の髪…。ダークエルフね…」




          ♡




 セレモニーは無事に終わった。亜人の序列を撤廃させることができて、殿も喜んでいた。子供たちはそれぞれの女王が連れて帰ったが、マリエルはまだ大公邸にいる。子供人魚を母親に届けてから、また戻って来たのだ。


「幻の亜人じゃな。数千年前に海に住み着いたエルフ族が始まりと言われておる」


 ダークエルフについて老師が教えてくれた。あまりに数が少ないゆえに神話だと思われていたそうだ。人族の血の中で受け継がれていたということか。


 豊かな白銀の髪に隠れていた彼の耳は確かに尖っていた。エルフ族ほど長くはない。だが人族とは異なる。


 大公邸の一室で、マリエルとジョシュアは2人で話し合っていた。


「今更、どちらでも良いですよ。子供の頃は、この耳のせいで魔族だ何だと虐められたんです。見なかったことにしていただけませんか」


 ジョシュアは事実を受け入れるのに消極的だ。


「で…でも、他のダークエルフ族を探したら…」


 仲間がいたら種族を興せるかもしれない。護のように妃を得て始祖となって。亜人の考え的にはそれが正しい。そう言うと、彼は悲しそうな顔をした。


「君と結婚したいんだ。見たこともないダークエルフの女じゃない」


 敬語ではない。本心を伝えてくれている。マリエルは彼に謝った。


「…ごめんなさい。嬉しかったの。長生きできるんじゃないかと思って…」


「寿命のこと?」


 彼女は頷いた。ミーナに言われたことが、ずっと気になっていた。後何年一緒にいられるのかが。




          ◇




 マリエルは不思議な娘だ。亜人らしく素直に振舞うかと思えば、人族のように先を心配して悩む。長年陸で暮らした影響だろうか。


 ジョシュアの父親は60で死んだ。人族としては普通だろう。ダークエルフとかいう亜人の血があったところで、それほど長命にはならない。親と同じくらい生きるとして、あと15年。


(辞めるか)


 そろそろ引退時期だった。18で騎士になり、諜報部長官までになった。第二の人生は海に帰り、絶世の美人の嫁と暮らす。悪くない。


 ジョシュアは国王陛下に辞表を出し、その日のうちに無職になった。




          ♡




 翌日。花束と指輪を持って、婚約者がマリエルを訪ねてきた。


「今度こそ自前の婚約指輪だよ」


 彼はミーナの用意した指輪を外し、新しいものをはめてくれた。大きな琥珀色の石が煌めく。マリエルは胸がいっぱいになった。


 彼は跪き、花束を差し出した。


「ただの騎士になっちゃったけど。結婚してくれるかい?マリエル」


「ありがとう!喜んでお受けするわ!」


 ジョシュアの胸に飛び込む。勢い余って後ろに倒れ込んだ。すごい音がして彼は後頭部を打った。


「ご、ごめんなさい!」


 いけない。人族は華奢なのに。さっそくやらかしてしまった。


「大丈夫…。“治癒(ヒール)”」


 ジョシュアは自らに治癒魔法をかけて立ち上がった。そしてマリエルをぎゅっと抱きしめた。


「あと何年とか、そういうのを考えるのは止めよう。明日死んでも、永遠に生きても、今日を精いっぱい生きることに変わりはないんだ」


 他所の夫婦の何倍も一緒にいよう。喜びも悲しみも分かち合おう。共に人魚の民を愛し守ろう…。

 

 彼の誓いに、マリエルの涙が眩しいほど零れ落ちた。




          ◇




 閣下たちにマリエルと海に行くと告げた。皆喜んで祝ってくれた。ささやかだが別れの宴をと、送別会を兼ねた夕食に招待していただく。


「何かあったら、俺を呼べ。1人で魔獣と戦うなよ」


 ケルベロス戦で死にかけたことを、閣下は気にしてくださっている。


「は…。ありがとうございます…」


「今までよく働いてくれた。達者でな」


 20年、閣下に教えられ導かれた。滲む涙を見られまいと下を向く。


「お世話になりました…教官殿」


「ああ。また会おう。主将」


 しみじみと閣下と飲んでいると、小さな公女殿下が来た。


「しゅしょー。だっこ」


「かしこまりました」


 黒髪黒目のナナミ公女を膝に乗せる。殿下はジョシュアの浅黒い肌がお気に入りだ。ぺたぺたと彼の顔を触り、恐ろしい事をおっしゃった。


「ちちうえ。ナナもしゅしょーとけっこんする」


 珍しく閣下が酒をむせそうになる。


「…主将はマリエルと夫婦になる。無理だ」


「じゃあそくしつでいい」


 そんな言葉、どこで覚えたのだろう。気づけばマリエルが目を見開いている。


「だっ…駄目よ!ジョシュアに側妃は…」


「何言ってんのよ。あんたもさんざん同じこと言ってたじゃん」


 ミーナ妃の指摘に、リコリス妃やユリア妃も笑う。閣下は苦い顔だ。


「いい?しゅしょー?」


 断ると泣きそうだ。だが閣下の威圧も怖い。


「大きくなって魔法学園でいっぱい学んでください。素敵なレディになったら、考えます」


 その頃には忘れてるだろう。自分が生きているかも怪しい。公女は渋々納得した。


「100点満点の答えだね。老師に聞いたんだけどさ、主将のおとーさんの死因って、過剰な魔力が原因だったらしいよ。魔力は使えば使うほど寿命も延びるんだって。案外、ナナミが大きくなっても、主将元気かもね」


 ミーナ妃がさらりと言う。マリエルは驚いて口に手を当てた。


「じゃ…じゃあ…」


「ダークエルフっていうくらいだから、あんたと同じくらいは生きるんじゃないの?」




          ♡




 マリエルとジョシュアは“水渡り”で海底宮殿に向かった。海豚に相乗りだ。ジョシュアは殿に水中での空気の膜の作り方を習った。前に乗るマリエルにつかまり、恐々と言った感じで乗っている。


「オレも眷属持てるかな?」


「多分。でもタマみたいのはダメよ」


 美少女化するのは禁止だ。嫉妬深いのは自覚している。


 海中が明るくなってきた。夜明けだ。マリエルは海上に出た。水平線に太陽が昇り始める。


「綺麗だ…」


 ジョシュアにもっと見せたい。海の美しい風景を。彼の寿命が長かったら嬉しい。でも短くてもいい。


「綺麗でしょ?夕焼けはもっと綺麗なのよ」


「君の横顔がだよ」


 びっくりするくらい気障な事を言う。驚いて振り向いたマリエルに、ジョシュアは口付けた。


 こうしてマリエルの独身時代は終わった。人魚と騎士は末永く海で添い遂げた。


(終)

マリエルの外伝はこれで終わりです。アルファポリスでは紀行文・“歴史の中の護良親王”も写真付きで掲載してます。最新の紀行は比叡山延暦寺と三千院、京都御所などに行ったご報告です。よろしければ、ぜひ。

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