外伝~人魚と騎士~05
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外務大臣の屋敷には新人諜報員とアラクネ族の忍びが侵入していた。亜人の身体能力を目の当たりにした新人は、必死で後について行くしかなかった。
(ひぃーっ!早っ!音無っ!)
アラクネ族は魔法を使わずにスイスイと天井裏を這い進む。ふとその動きが止まった。下を指さす。
(あ。隠し扉)
警報の仕掛けが無い事を確認して下りる。不自然に縦長の額を外すと扉があった。貴族の部屋にしては狭い一室に続いている。
(暗くて俺らには見えないんで。灯りつけるっス)
ジェスチャーで言うと、アラクネ族は頷いた。新人は光魔法で部屋を照らした。
「!!」
壁一面に写真が貼られている。写真機は高価な魔道具だ。現像にも金がかかる。それが何百枚とあった。そのすべてが人魚族の女王、マリエル陛下だった。
(いや。ラミアのノーラ王女もいる。その母親も)
古い物はノーラ王女やマリエル陛下が学生だった頃のものだ。最近では護公子の結婚式で多くの亜人が来た時のもの。どれも隠し撮りと分かる。
大臣は真正の亜人好きだった。しかも美女限定。たまに一緒に写っている大公閣下や公子の顔は塗りつぶされたり切り裂かれている。地味に怖い。
最新の写真があった。つい先日、王城に来た時に撮られたのだろう。長官と歩く笑顔のマリエル陛下だ。婚約者の顔にはナイフが刺さっている。めちゃくちゃ怖い。新人は慌てて伝話をかけた。
♡
マリエルは地獄行きの選択をした。1人で門を出て、自ら黒装束達に囚われたのだ。
「その子を離しなさい」
「まずは手錠をかけろ」
頭目らしき男が命じると、手下がマリエルの両手に魔力封じの魔道具をつけた。もう魔法は使えない。
ジョシュアに似た男の子は解放された。マリエルの顔を見ると顔を歪めた。喉を潰されたのか、口をパクパクと動かす。謝っているらしい。彼女は微笑んだ。
「行って。もう捕まらないで」
泣きながら男の子は走り去った。マリエルは目隠しもされ、馬車に乗せられる。魔法無しでは方角も分からなかった。長い間馬車に揺られ、ようやく降りると、建物に入り地下へ地下へと下った。そこで目隠しを外される。
豪華な部屋に1人の中年の貴族がいた。外務大臣だ。
「やっと…二人きりになれた。この日をどれほど待ち望んだか…」
もう本性を隠す必要が無くなったらしい。異常な眼差しでマリエルを見つめる。秀麗と言って良い顔立ちが完全に狂人と化していた。
「いや…」
恐怖に後じさる。いつの間にか人払いがされ、室内には狂人とマリエルしかいなかった。鍵をかけられたドアを叩き叫ぶ。
「助けて!助けて、ジョシュア!」
「誰もここには入れんよ」
全部大臣が仕組んだことだった。人魚の子を攫えば女王自身が出てくる。後見の魔導大公は反魔法士の暴動が起これば行かざるをえない。諜報部の長官と恋仲だったのは業腹だが、奴の親族でマリエルが釣れた。狂人は笑いながら言った。
「ゲートに工作をして不具合を起こしておいた。これで公子も出てこない。諦めるんだな」
殿と護が一番強い。それを分かった上で足止めしている。狂っているが頭が良い。
「さあ美しい姿を見せておくれ…」
大臣は手錠の鎖を引いてマリエルを捕まえると、首輪をはめた。みるみる魔力を奪われる。人化を維持できない。
「ああ…やめて…」
脚が人魚の鰭と化す。彼女はどさりと倒れた。亜人狂いの男は目を輝かせてドレスを引き裂いた。
「素晴らしい!何という色艶だ!1枚づつ剥がそう…記念にとっておかなくては」
「いや…来ないで…」
拷問具を手に持ち近づく狂人から、這って逃げる。陸では無力だ。涙が宝石となって床に散る。男はますます喜んだ。マリエルはあっという間に部屋の隅に追い込まれた。
(ジョシュア!)
いやらしい手が鱗を撫でまわし、目をつぶって気持ち悪さに震える。その時、最も聞きたい声が聞こえた。
「触るな!」
怒声と共に狂った男が吹き飛んだ。マリエルは目を開けた。そこには愛しい婚約者がいた。彼は床に倒れた大臣に言った。
「…マリエル陛下の誘拐と傷害未遂の現行犯で逮捕します。大臣殿」
◇
間に合ったか?手錠と首輪をかけられ、人化が解けたマリエルをざっと確かめた。泣いて震えてはいるが大丈夫なようだ。ジョシュアはほっとした。死なない程度に手加減したが、大臣は伸びている。一応型通り逮捕状を読み上げ、縛り上げた。
「魔力を強制的に吸い上げる魔道具ですね。ここでは外せないか…」
手錠は壊せた。華奢な手首に傷がついている。
「“治癒”」
光魔法で治す。破かれたドレスはどうしようもない。南国風貴族衣装の上着で我慢してもらう。
「ジョシュア?どうやって…?」
陛下が目を丸くして驚いている。彼はマリエルの指輪を見た。
「指輪に居場所が特定できる機能があるんです。…と妃殿下が教えてくださいまして」
自分で用意してないとバレた。この際良いとしよう。
新人からの伝話を受け、大公邸に急行したジョシュアはマリエルの誘拐を知った。ミーナ妃に事情を聞き、指輪の行方を追ってきたのだ。
「外では大臣の手下の制圧が始まっているはずです。あ、甥を助けていただいたそうで。ありがとうごさいます」
「…!」
マリエル陛下が無言で抱き着いて来た。子供とわが身を引き換える勇気ある女王だが、狂人相手にどれほど怖かったろう。ジョシュアもぎゅっと抱きしめる。
「よくが頑張りましたね。人魚の子も元気でしたよ。胸を張って帰れますよ」
会えなくなるのは寂しいが、海の女王だ。帰さねば。
「…平民風情が…」
大臣が目を覚まし、早速悪態をついてきた。ジョシュアはマリエルを抱いたまま睨んだ。
「黙れ犯罪者が。反亜人運動も貴様の仕業だろう。警察を舐めるなよ」
「くっ…どうやってこの部屋に入った。鍵が無ければ…」
縛られたまま食い下がる。顎を砕いておけば良かった。
「そうか…瞬間移動…大公以外にできる奴がいたとは…」
無駄に頭が良い。神は何故こんな変態に優秀な頭脳を与えたのだろうか。奴は悔しそうに抱き合う2人見た。そして何か呪文を呟いた。ジョシュアは身構えた。何も起こらない。こけおどしだったかと思った時、部屋の奥の壁が動いた。
「死ね…幸せになど…」
そう言って、大臣だった男はこと切れた。毒を仕込んでいたようだ。どのみち死刑は確定だったが。
「ジョシュア!何か出てくる!」
マリエルが叫ぶ。凄まじい瘴気とともに魔獣が開いた壁の奥から出てきた。三つの頭を持つ地獄の番犬・ケルベロスだ。死体を処理していたものの正体だ。
(ダメだ。これは閣下でないと。せめて公子…。陛下だけでも逃がすか?どうする?)
魔獣は大臣の死体を喰い始めた。多分足りない。ジョシュアは覚悟を決めた。
「陛下。私がこいつを倒します。だが陛下を守りながらは無理です。なので一時、陛下を隠します」
「隠す?」
真っ青になりながらもジョシュアの目を見て問う。本当に美しい水色の瞳だ。この方を守りきることこそ、騎士の本懐だろう。
「ジョシュア?」
最後に一度、強く強く抱き締める。陛下を離し、その指輪に魔力を流した。一度だけ有効の土魔法が入っている。
「!」
陛下が強固な鉄球に包まれる。ミーナ妃のオリジナル魔法“ダンゴムシ”だ。ダンゴムシが何かは知らないがこれを壊せるものは無いと言う。
これで後顧の憂いなく戦える。ジョシュアは瞬間移動を1回使ってしまった。もう1度する魔力は残っていない。脱出路を探す時間もない。助けが来るまで陛下を守る。それが最善だ。
大臣を喰い終わったケルベロスはジョシュアに気づいた。鎧をつける暇はなかった。剣だけはかろうじて持って来た。懐から最後のポーションを出して飲む。魔力が少し回復した。
「さあ、行くか。ジョシュア・カディス!」
自らを奮い立たせ、彼は魔獣に向かって走り出した。
♡
ジョシュアに会えたと思ったら魔獣が出てきて、マリエルは鉄球に閉じ込められた。外の様子が全く分からない。
「ジョシュア!ジョシュア!出して!」
声を限りに叫んでも、届かない。1人であんな魔獣と戦うなんて無理だ。この首輪さえなければ…。
彼はマリエルを守って死ぬ気だ。どうすれば良かったのか。ミーナの言う通り、彼の甥を見捨てれば良かったのだろうか。どこから間違えてしまったのだろう。全然分からない。
(神様。ジョシュアを助けて。お願いします。一生独身でも良いです…)
必死に祈る。何時間経ったのか。ふいに鉄球が解けた。漂う瘴気。だが音はしない。マリエルは周囲を見回した。
「ジョシュア!どこ!?」
魔獣は倒されていた。殿か護が来たのかと思ったが、違う。マリエルは両腕で這いながら婚約者を探した。
「ここです。陛下」
彼の声が聞こえた。生きている!人魚は声の方へ這った。だがー
「ジョ…ジョシュア…?」
騎士は壁にもたれて座っていた。左腕と右脚が無い。左目も魔獣の爪で切られていた。全身血まみれだが、まだ生きていた。かろうじて。
残った琥珀色の右目が優しくマリエルを見つめている。彼は右手を伸ばして緑の髪をすくった。
「鱗…ありがとう。嬉しかったよ。こんなおじさんで良かったら…結婚してくれるかい?」
人魚の鱗は求愛の証。分かってくれていた。マリエルは泣きながら頷いた。
「指輪、買わないとな…」
そう言って騎士は眠った。手を繋いだまま人魚も気を失った。




