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外伝~人魚と騎士~04

          ♡




 ジョシュアに手を握られ抱き寄せられた。嫌味な大臣を追っ払うと頭を撫でてくれた。マリエルは舞い上がった。


 厨房に言って魚料理を出してくれて、何くれとなく気を使ってくれる。ジョシュアの一挙手一投足が輝いて見える。2人はゆっくりと昼食を食べて別れた。大公邸まで2人の騎士が護衛をしてくれるという。


「乗って来た馬車はどうしたんスか?」


 車寄せに大公家の馬車が無いので、騎士が訊く。


「“水渡り”で来たから。護衛も要らないわよ」


「“水渡り”?魔法っスか?」


 人族には無い魔法らしい。王城前広場の噴水に手を浸けて眷属を呼ぶ。すぐに海豚が頭を出した。騎士たちはものすごく驚いていた。このまま帰ると言うと、長官の命令だから馬車に乗ってくれと言われ、仕方なくそうした。


「すごいっスね。“影渡り”みたいなもんスか?」


 騎士は人族で影渡りができるのは殿とイザベラ王妃だけだと言う。おしゃべりな堅苦しくない男だ。


「ジョシュアはどこに住んでいるの?」


 これ幸いと婚約者について訊く。


「城の近くの長屋っス。寄ってきます?」


 騎士は馬車を遠回りさせてくれた。諜報部の寮だという建物は街中にあった。近くに川も流れている。それだけ確認すると、マリエルは満足した。水場があればいつでも来られる。




          ◇




 夜遅くに、ジョシュアは自宅に戻った。明日の夜に備えてこれでも早く上がったつもりだ。各地で反魔法士活動がくすぶり出した。何かひっかかる。閣下を王都から引き離す策なのか…。


 考えながら部屋に入り服を脱ぐ。シャワーを浴びてから、ようやく部屋の異変に気付いた。


「…陛下?」


 1つしかない椅子に座り、文机に突っ伏して眠る緑の髪の女。待ちくたびれて眠ってしまったようだ。


(どうやって入った?さすが亜人の女王と言うべきか…)


「起きてください。陛下!」


 いくら揺すっても目が覚めない。ジョシュアは床に落ちた菓子の包み紙を見て仰天した。自作の眠り薬を包んでいたものだ。机の上に置きっぱなしだったのを、彼女が食べたらしい。3つあったはずだ。多分朝まで起きない。


 仕方なくミーナ妃に伝話でメッセージを送った。


『夜分に申し訳ありません。マリエル陛下が自分の寮で寝ています』


 眠り薬の誤飲の件と、朝になったら送って行くと伝える。すぐ返信が来た。


『あちゃー。何してんだか。ごめんね。泊めてやってくれる?』


『承知いたしました』


『据え膳喰っちゃって良いから』


 とんでもない。ジョシュアはマリエルをベッドに運んだ。靴を脱がせ毛布を掛ける。自らは小さなソファに身を横たえた。もっと大きなソファを買おう。人生何があるか分からない。初めて泊めた異性は人魚で、絶世の美女。眠り薬で熟睡している。孫でもいたら自慢できるな…。愉快な想像をしながら騎士は眠った。




          ◇




 朝起きたら、ベッドはもぬけの空だった。文机の上に『ごめんなさい』と書かれた薬の包み紙と、大きな鱗が1枚置かれていた。お詫びの印なのか。無理に剥がしてなければいいのだが。ジョシュアはその紙に鱗を包んでポケットに入れた。


 今夜はいよいよオークションだ。大掛かりな作戦を前に、さすがの長官も緊張する。多くの部下の命を預かっている。ジョシュアは気を引き締めた。




          ♡




 マリエルはリコリスの膝に突っ伏していた。朝起きたらジョシュアのベッドで寝ていて、彼はソファで窮屈そうに眠っていた。恥ずかしくて逃げるように大公邸に帰って来た。ミーナから間違って眠り薬を食べてしまったと聞かされたばかりだ。


「やっぱりあたしはダメな女だわ。絶対嫌われた…」


「そんなことはありません。自分を慕う女子(おなご)は可愛いものです」


 前世が男だったリコリスは男心に詳しい。眠るマリエルに触れなかったのも、大切に思っているからだと言う。


「そうかな。何か相手にされてない感じなんだけど」


「主将は固い男ですからね。はっきりと伝えるといいでしょう」


 リコリス神のお告げをいただく。マリエルは元気を取り戻した。次にあったら告白しよう。仮の婚約者ではなく、真実の婚約者になりたいと。





          ◇




 その夜。諜報部長官であるジョシュア・カディスはアラクネ族の忍びの女と亜人オークションに参加していた。亜人の子供たちが会場に搬入されたのは確認済みだ。ジョシュアの合図で警察が踏み込む手はずになっている。


「大臣が来ていない?」


「はい。王城を出た後、行方が分かりません。会場内にもいません」


 物陰で部下の報告を聞く。こちらの動きを察し、今回のオークションは見送った可能性もある。競りが始まったら踏み込み、全員逮捕する作戦に変更する。


「これは王子殿下。本日はようこそおいでくださいました!」


 会場の支配人が揉み手で挨拶をしてくる。ジョシュアはいかにも南国の遊び人といった風情の変装だ。


「良い子がいたら何人でももらうよ。今夜はどれほど出る?」


 大きな宝石のついた指輪を幾つもつけた偽王子は支配人と握手した。剣ダコは消している。


「全部で30匹ほどです。一番人気は人魚の子供ですよ」


「蜘蛛の子はいるかい?」


 普通の亜人は飽きた。特殊な子が欲しいと言うと、支配人は目をきらめかせた。


「ございますとも。それは綺麗な顔をした男女の双子です。ナンバー14です」


 偽王子は連れの女に番号を控えさせた。支配人は別の客に挨拶に行く。ジョシュアはアラクネ族の女の手をそっと押さえた。ペンを持つ手が震えていたのだ。


(こら)えろ。まだだ」


「…はい」


 いよいよオークションが始まった。10番目に人魚の子が出される。大きなガラスの壷に入れられ苦しそうに喘いでいる。海水ではないのかもしれない。太った貴族が落札した。


「次はナンバー14、15。アラクネ族の双子です!美しい顔と蜘蛛の身体!美醜の混在する幻の亜人は2000万ゴルドからです!」


 ステージに蜘蛛の亜人の子が引き出される。人化前の素の姿だ。おぞましいと騒ぐ客たち。


「1憶ゴルド」


 ジョシュアは札を上げた。会場は静まり返る。醜悪な亜人の子にべらぼうな高値と驚いているのだろう。彼は席を立つとステージに上がった。女も続く。


「おいで」


 首輪と杭を繋ぐ鎖を千切り、男の子らしい方を抱き上げる。警備の男たちが駆けつけようとする前に、


「警察だ!全員動くな!!」


 と大声で言った。それを合図として部下たちが一斉に踏み込んだ。逃げようとする金持ちたち、抗う警備員。会場は蟻一匹逃さないよう囲まれている。出品された亜人の子供たちも、全員無事に救出された。


「怖かったね。よく頑張った。すぐに家に帰れるよ」


 アラクネの子の頭を撫でる。下半身が蜘蛛なので抱きにくい。上半身裸の子供は両腕でジョシュアにしがみつき、泣いていた。タオルを持った部下がその子を受け取る。次に人魚の子供の様子を見た。ガラス壷に手を入れ、水を嘗めると真水だった。


「これはひどいね」


 魔法で海水に変える。すると目に見えて子人魚は元気になった。ジョシュアは水面に出た頭を撫でた。


「マリエル陛下が君を助けに来たんだよ。一緒に海に帰りな」


「陛下が?本当?」


「本当だとも。そら」


 ジョシュアはポケットから陛下の鱗を出した。人魚の子は鱗の匂いを嗅ぎ、「本当だ!」と言った。アラクネ族以外の子供たちは一旦王城で預かる。専門医の診察を受けてから各種族に連絡をして返す手はずだ。


「ジョシュア殿。お陰で子供らを取り返せました。ありがとうございます」


 アラクネ族の忍びの女が笑顔で礼を言う。


「こちらこそ。大臣の逮捕は成らなかったが、組織は半分潰せたろう」


「大臣の屋敷を探っていたものたちも、そろそろ連絡が来る頃ですが…」


 その時、ジョシュアの伝話が鳴った。大臣邸の探索組からだった。


「どうした?何か見つかったか?」


『どうもこうもないっス!』


 新人が伝話の向こうで(わめ)く。


『奴の狙いは亜人の子供じゃありません!マリエル陛下です!』




          ♡




 大公邸の外に妙な気配が集まりつつある。マリエルはミーナに注意を促した。屋敷の周囲は強力な結界魔法で守られている。ちょっとやそっとでは破れないはずだ。“監視カメラ”で外の様子を見ていたミーナは考え込んでいた。


「人族だね。魔法士ではない…。何を仕掛けるつもり?」


 黒づくめで覆面をした不気味な集団が、門の前で大きな頭陀(ずだ)袋から何かを出した。子供だ。覆面がカメラに向かって紙を広げる。


『子供の命と交換にマリエル女王を渡せ』


 それを読んだミーナは顔を顰めた。


「何をバカな…」


「待ってミーナ!子供を見て!」


 即座に断ろうとする彼女を、マリエルは止めた。5、6歳ほどの男の子が縄で両手を縛られて立っている。その肌は浅黒く、髪色は白銀。瞳は琥珀色だ。覆面はその首にナイフを当てていた。


「ジョシュアの子供…?」


 顔立ちも似ている。


「主将に隠し子?無いない。偽物だよ」


「で、でも!甥とか…」


「たとえ親戚でもマリエルと交換するほどの価値はない」


 ミーナは子供を見捨てた。マリエルはショックだった。彼女は優しい人だ。他人の子供でも助けようとするはずなのに。


「あいつらは大臣の手先だ。マリエルを攫って、その後どうすると思う?」


「拷問?」


「そうだよ。死ぬより辛い仕打ちが待ってる。お姫様のあんたに耐えられるわけがない」


 ミーナやリコリスのスキルや魔法が届く前に、あの子の首は掻き切られる。だからと言ってマリエルを差し出せば地獄が待っている。大公妃は厳しい選択をしたのだ。


「…ヨッシーがいれば…」


 たとえ子供が死んでも生き返らせる。でもいない。殿は地方の反魔法士勢力に足止めされている。


『決まったか?あと5分以内に決めろ』


 カメラの向こうの覆面たちが、無情の決断を迫ってきた。

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