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外伝~人魚と騎士~03

          ♡




 もう夜遅いのに、殿とジョシュアは花街とやらに行ってしまった。女は連れていけないと言われ、マリエルは不満顔のミーナと留守番になった。


「あー。男だけ夜遊びかよ~。ずるい~」


「ミーナ。“ギロウ”って何?」


 マリエルは訊いた。


「男の遊び場だよ。きれいな姉ちゃんを侍らせて酒飲んだりする。主将は独身だからよく行くんじゃない?」


「…そうなの?」


 何となく面白くない気持ちになる。先ほどのジョシュアは怖かった。犯罪者になりきって行動を分析する方法だと聞かされたが、真に迫っていた。あまりの恐ろしさに見送りもしなかった。


「気になる?主将が美人に鼻の下伸ばしてるか?」


 ミーナが笑顔で嫌な事を言う。婚約者だと言っても仮だし。彼が何しようが関係ない。そう言ったら、「ツンデレ~」と笑われた。




          ◇




 最も疑わしい店に閣下と登楼して1時間。ジョシュアは手洗いを理由に席を外した。


 妓女達は美しき魔導大公に夢中だ。座敷に出ていない女達まで押しかけてくる始末だ。仏頂面の閣下には申し訳ないが、この隙に奥を探る。


(この店の図面では地下は1階までしかない。 まだ下にあるな)


 無人の座敷に潜り込み、魔力の糸を下へ下へと延ばす。するとかなり下層の階があると分かった。


 ふいに首の後ろの毛が逆立った。ジョシュアは身構えた。


「何者だ?」


 部屋の暗がりに何かがいる。彼の誰何に一人の妓女が出てきた。忍びの気配がする。


「人族の諜報部とお見受けします。アラクネ族でございます」


 女は一礼し、自らの正体を明かした。敵意は感じられない。


「貴女も仲間を探しているのか?」


「はい。アラクネ族の子供らを」


 何と。奴らは蜘蛛の亜人まで売ろうとしているのか。ジョシュアは驚いた。亜人売買の認識を改めなければならない。女はジョシュアに提案した。


「人族の方。手を組みませんか?」


 


          ◇




 蜘蛛の女忍びは、妓楼の最下層に秘密の部屋があると言う。しかし入るためには特殊な鍵が要る。

 

「奴が亜人を連れ込む瞬間を押さえるしかないな」


 ジョシュアはアラクネ族と組むことにした。彼らは人族には真似が出来ない隠密の技を持っている。味方にすれば、格段に作戦の成功率が上がるからだ。


「ええ。明後日の晩の競りの後が唯一の機会でしょう」


 どうやって手に入れたのか、 女はオークションの招待状をくれた。随分前から組織を探っていたようだ。彼は礼を言って受け取った。







「外務大臣は敵ですが、魔導大公なら我が女王陛下もお許しくださるでしょう」


 帰りの馬車で閣下に女忍びを紹介する。閣下はアラクネ族に謝罪した。


「亜人族の序列の件は俺の手落ちだ。必ず取り消す。女王にも伝えてくれ」


「かしこまりました。…では長官殿。明後日に」


 溶けるように女は消える。ジョシュアは驚いた。馬車の中だぞ。


「瞬間移動ではないですよね?」


「ああ。あの女自体、虚像だったな」


全く気づかなかった。改めて彼らの凄さを実感した。




         ◇




 夜中すぎに大公邸に着いた。閣下とガサ入れの打ち合わせを済ませ、辞去しようすると、玄関ホールにマリエル陛下がいた。経過を知りたいのだろう。ジョシュアは彼女に話しかけた。


「オークションの件ですが…」


「香水臭い。アラクネ族の匂いもする」


 被せるように陛下が言った。責める口調だ。


「分かるんですか?」


 獣人の嗅覚が鋭いのは有名だが、人魚族もそうだとは知らなかった。陛下は顔を赤くして怒った。


「婚約者がいるくせに!」


 直径3メートルはあろうかという水の球が、ジョシュアを飲み込んだ。


「なっ…」


 あまりに突然の攻撃で避けられない。水球を中から凍らせて割り、窒息寸前で脱出できた。あやうく死ぬ所だった。


「ゲホッ…何です!?急に!」


 女王陛下は立て続けに水の槍を打つ。ホールが壊されそうになり、慌ててジョシュアは反魔法の魔道具を起動させた。ある程度の魔法を無効化できる奥の手だ。


「落ち着いて。何か誤解をされているようですが」


「キレイな娘たちと遊んだ罰よ!」


 遊んでない。仕事で妓楼を探っていただけだ。そう言ったが、陛下は聞く耳を持たない。魔法が効かないならと、か弱い手でジョシュアの頬を張った。ちょっと、いやかなり痛い。


「お止めください。本当に怒りますよ」


 40半ばにもなって若い娘に平手をされた。(つら)い。残業の疲れもあって、ジョシュアはつい怒気を放ってしまった。


 陛下はびくりと肩を震わせる。そして踵を返すと、泣きながら走り去った。点々と宝石が落ちる。


「あーあ。泣かせちゃった。タマ、涙拾っといて」


 いつの間にかミーナ妃殿下がいた。閣下の眷族に宝石を回収させている。


「申し訳ありません。自分では役不足のようです」


 陛下の機嫌を取りたいが、体力が追いつかない。ジョシュアはまた肩を落とした。


「大丈夫だよ。焼きもちを焼いてるだけだから」


 嫉妬する程親しくないだろう。妃殿下の労りに感謝し、諜報部長官は帰った。顔より心が痛かった。




          ♡



 

 何故あんなに腹が立ったのか、自分でも分からない。仮初の婚約者から匂う他の女の香りが嫌だった。


 彼は攫われた子供達を一生懸命探してくれているのに。感謝すべきなのに。マリエルの情緒は不安定だ。


 殿を恋い慕っていた時と違う。喜びや悲しみより、怒りと不安が大きい。


(どうしよう。野蛮な亜人の女だと思われたわ)


 ジョシュアが大公家の子らと遊ぶ姿を思い出す。優しい目だった。きっと己の無礼を許してくれるだろう。明日、きちんと謝ろう。マリエルは心を決めた。




          ♡




 なのに。ジョシュアは翌日顔を見せなかった。


「オークションに潜入捜査するんだって。準備で忙しいんじゃない?」


 ミーナが教えてくれる。


「聞いてないわ」


「聞く前に主将を殺しかけてたじゃん」


 呆れたように言われ、そんなつもりはなかったとマリエルは言い訳をした。


「普通の人族なら死んでたよ。ヨッシーや護と稽古するノリじゃダメだよ」


 はっとしてミーナを見る。


「人は弱くて儚いの。主将はもう45なんだよ。早い人ならあと10年くらいで寿命が来る歳なんだ」


 頭を殴られたような衝撃を受けた。大公家の皆がいつまでも若く、人魚も300年以上生きるから忘れていた。


「もうすぐ死んじゃうの?!」


「魔力が多い人は長生きだっていうけどね。老師とか90代だし。でも魔法騎士はどうかなぁ」


(じゃあ、ラミアやドワーフと結婚したノア兄さまやヒナ姉さまは?連れ合いより先に死んでしまうの?)


 最後に彼らと会ったのは護の結婚式だった。2人とも若く美しかった。もう寿命の半分を生きてしまったのか。マリエルは椅子にへたり込んだ。


 今すぐジョシュアに会いたい。1分1秒が惜しく感じられ、人魚は大公邸を跳び出した。




          ◇



 外務省にこちらの動きがバレないようにガサ入れの準備を進める。城下の某所で部下とアラクネ族の応援部隊とを引き合わせた。向こうも3名の忍びを出してくれる。


 ジョシュアとアラクネ族の女忍びは客に偽装して競りに参加する。大臣が亜人を拷問部屋に連れ込んだら、即逮捕する。妓楼に行った場合は地下の秘密部屋に入った瞬間を押える。


 出品された子供らの救出が最優先だ。次に大臣の逮捕と組織の制圧。更に別動隊が大臣の屋敷内の証拠を探る。こちらにもアラクネ族の手練れについてもらう。


「長官が一番危険じゃないっスか?」


 新人が生意気にも心配を口にする。


「仕方ない。南の国から来た金持ち王子の変装は私しかできん」


「大公閣下は来てくれるんスか?」


 来てほしいのは山々だが、急に反魔法士主義の暴動が起こるという情報があり、閣下はそちらに向かった。


「敵に閣下や公子クラスの魔法士でもいない限り、警察だけで大丈夫…だろう」


「今、妙な間が。やっぱ婚約するとフラグ立つんスかね」


 そんなことを言うから不吉な予感がするんだよ。ジョシュアは新人の頭を叩くと、王城に戻った。




          ◇




 いつも通りの書類仕事をこなし、打ち合わせを数件したところで、来客を告げられた。


「マリエル陛下が?」


「はっ。応接室でお待ちです」


 ジョシュアは急いで向かう。ご機嫌を取らねばならない。


「どうかなさいましたか?陛下」


「マリエルよ。陛下なんて呼ぶの変よ」


 陛下が開口一番、可愛らしい口を尖らせる。確かに婚約者なら名で呼ぶべきだろう。


「では、人前ではお名前で呼ばせていただきます」


「その変な言葉づかいも止めて。何だっけ。タメ口?で話して」


「さすがにそれは…。貴族なら敬語を使ってもおかしくはないかと」


 不満で膨らんだ頬が愛らしい。面会の用件を訊くと、マリエルはもじもじと言いにくそうに夕べの諍いを謝罪した。


 わざわざ王城まで来てくれたことに嬉しくなった。亜人の直情的な振舞いは(大体がうんざりするが)時に感動させられる。ジョシュアは笑顔で謝罪を受け入れ、婚約者を昼食に誘った。


 高官専用の食堂に案内する。すれ違う官僚共がマリエルの美貌に目を奪われ、柱にぶつかって書類を落したりしていた。やはり美しすぎる。


「おや。長官殿。そちらが噂の人魚の女王陛下ですか?」


 食堂の手前で、よりにもよって外務大臣につかまった。ジョシュアは愛想笑いの仮面を被る。


「これは閣下。ご紹介いたします。私の婚約者のマリエルです」


(外務大臣です。我慢して。黙って挨拶を受けてください)


 マリエルの手を握り、念話で感情を隠すよう言う。彼女は頷いた。大臣は名を名乗り、女王の手に恭しく口付けた。


「噂通りの美しさですな。騎士上がりにはもったいないような」


「いや全く。女神と結婚できるなんて、私は実に幸運です」


 彼女の肩を抱き寄せ、満面の笑みで嫌味の刃を払う。大臣はムッとして去っていった。マリエルは顔を真っ赤にしている。仇を目の前にしてよく耐えた。ジョシュアは優しく彼女の頭を撫でた。


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