外伝~人魚と騎士~02
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亜人の子供を攫う人族の悪の組織を潰す。そのためにマリエルは密かに陸に上がった。
近年、人魚族も人族と交易を始めた。ゲートができたからだ。海の珍しい産物と陸の嗜好品を物々交換か、人族の金で売り買いする。マリエルはマナミの商会を通すことを推奨していたが、中にはもっと儲けたいと人族の領域まで行く人魚も出始めた。だが子供を騙し取られてしまった。
「その子供を取り戻す為に密入国をしたのか?なぜ王国の外交ルートに訴えなかった」
殿がマリエルに厳しく問う。亜人の王族が無断で入国するのは問題だ。彼女もそれくらい知っている。
「…今の外務大臣は反亜人派だって。人魚の子供なんか探してくれないって」
「誰が言った?」
「アラクネの姉さん」
殿とミーナは言葉を失った。そこへマリエルを連行してきた騎士が口を挟んだ。
「恐れながら閣下。残念ですが合っています。現在の外務省は下位の亜人族の要望には応えておりません」
「下位とは?」
騎士は微妙な顔でマリエルを見た。
「神人族に妃を出したエルフ族、ラミア族以外の種族です。交易の価値があるドワーフ族は例外で上位亜人とされています」
「…」
人魚族、アラクネ族、ハーピー族、獣人族は下位亜人。人族が勝手に決めた序列だ。そんなの知らない。子供は取り返す。自力で探すまでだ。
「殿は人族。協力はしてくれなくて良い。でも見逃してください。この通りです…」
マリエルは頭を下げた。威圧は消えたが無言だ。心配になって顔を上げると、殿は手を額に当てて苦し気な顔をしていた。
「…その序列を生んだのは俺たちか。すまん。マリエル」
殿が謝るなんて。マリエルは衝撃を受けた。
「何言ってんの?ヨッシーを頼んなさいよ!伊達に魔導大公じゃないんだよ!」
ミーナが怒って立ち上がった。
「子供奪還及び悪の組織殲滅作戦を開始する!まずは主将!」
「はいっ!?」
突然指名された騎士は目を白黒させている。
「マリエルを合法的に王国に滞在させるために!君と婚約させる!」
「はあ!?」「ミーナ!?」
騎士と人魚は今日知り合ったばかりだ。だがミーナはこれは命令だと言って正式な書類を用意し、2人に無理やりサインをさせた。大公夫妻が証人となり、マリエルは騎士の婚約者となった。
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まさか人族と婚約することになるとは。マリエルはその晩、大公邸に泊まった。翌日、諸々の書類を整えてやってきた婚約者をまじまじと見た。
45歳だという騎士は浅黒い肌をした美男子だ。殿の教え子で、皇国への旅にも同行していたらしいが、全く覚えていない。当時は殿以外の男に興味が無かった。
昨日、生い立ちを色々と聞いた。海で育った人族の匂いがする。悪くない匂いだ。名前は…ジョシュア。
「こちらが王の許可証です。私の…婚約者だという身分証明書です。常に携行してください。それから…」
「何?」
ジョシュアは小さな箱を取り出した。琥珀色の石がついた指輪が入っていた。それをマリエルの指にはめる。
「婚約指輪です。防御魔法の魔道具でもあります」
彼の瞳の色の石。サイズもぴったりだった。ジョシュアの指には水色の石がついた指輪があった。
「ありがとう。…ジョシュア」
「事件が解決するまでの仮の婚約者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
期間限定の婚約と聞くと、少し寂しい。マリエルは差し出された彼の手を握った。乾いた剣だこだらけの手のひらだった。
◇
潜入捜査のために偽の家族を持つようなものだ…と、ジョシュアは思うことにした。大公が王に根回しをして、婚約の許可証が即日発行された。大公妃が宝飾品店に既製品の指輪をサイズ直しさせていた。
マリエル陛下にその指輪を差し上げると、可憐な笑顔で喜んでいた。全く支払っていないことが辛い。その後、王城の諜報部で部下を集めて説明する。
「おめでとうございます!長官!」
部屋に入るなり、部下たちに祝福された。さすがに耳が早い。
「…という訳で、女王の滞在中は私の婚約者として扱う。同時に亜人の子供が売られた先を調査する」
「外務省が圧力をかけてきたらどうしますか?」
部下から質問が出る。
「外務省と大公閣下。どちらが怖いか、各自で判断してくれ」
「大公閣下っス」
「私もだ」
諜報部は国の機関であるが独立性が高い。長官の一存で、亜人の売買組織の調査が最優先で進められることになった。
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勝手に動いてはならないと、殿とジョシュアに釘を刺された。一刻も早く子供を見つけたいのに。マリエルは大公邸で落ち着かない時間を過ごしていた。
「何か雰囲気変わりましたね。マリエル」
リコリスがお茶とお菓子を持ってきてくれた。子供たちが昼寝をしているわずかな時間が母親の休息だ。
「もう宮様や護を追いかけないんですか?」
黒歴史を掘り返される。だからここには来たくなかったのに。
「…私が女王なのに、馬鹿なことばかりしてたから。人魚族の地位が下がっちゃって」
人族の協力がすぐに求められていれば、子供はもう見つかっていたかも。仲間は口に出さないけれど、全部マリエルのせいだ。
「子供の命が無事なら、もう一生独身でも良い…」
話してるうちに涙が出てきた。リコリスは優しくマリエルの背を撫でる。
「大丈夫。宮様や主将がきっと見つけてくれますよ。それにもう婚約しましたよ?」
「形だけね。あの人も迷惑がってるわ。これ、ミーナが用意したんでしょ」
ジョシュアがくれた指輪を見る。
「最初で最後の婚約指輪かも。記念にもらっとくわね」
「あなたほど美しい女王はいないのに。もっと自信を持ってください」
美しくても。誰も好きになってくれないんじゃ。マリエルはカップ一杯の人魚の涙をリコリスに献じた。
◇
おかしい。形だけの婚約だったはずだ。その後、諜報部長官は王城中の知り合いから祝福された。
「我が国から人魚族の王配が出るとは。実に目出度い」
陛下からも直々にお言葉を賜る。閣下は説明をしなかったのだろうか。これではいざ解消となった時に、何と言われるか分からない。
「外堀を埋められたって感じっスね」
今年入った新人にまで揶揄われる。殴りたい衝動をぐっと押さえ、ジョシュアは亜人のオークションが開催される予定の建物に忍び込んだ。生意気な新人も後に続く。
隠形で完璧に気配を消しつつ、2人は人魚の子供を探して天井裏を這った。
「見つかりませんね」
「直前に運び込むつもりだな。撤収する」
その時、ジョシュアは微かに見知った魔力波を感じた。動きを止めて感覚を研ぎ澄ます。
「どうしたんスか?」
「待て。残留魔力波を採れ。この下の部屋だ」
部下は無人の部屋に下りた。暫くして戻った彼は青い顔をしていた。
「この下…拷問部屋っス」
諜報部の勘が言う。手掛かりを見つけた。この魔力波は…。
◇
「外務大臣の魔力波が、何故そんな所で見つかる?」
大公邸で奪還作戦の途中経過を閣下に報告する。大公妃とマリエル陛下も同席している。
「現在、大臣の身辺を調査中ですが…」
諜報部長官は言葉を切った。ご婦人方に聞かせる内容ではない。閣下が察してくださる。
「ミナミ、マリエル。少し席を外せ」
「え?外務大臣が亜人をいたぶって喜ぶ変態だって話でしょ?」
大公妃が空気を読まずにズバリ言い当てる。閣下はため息をついた。
「…マリエルは無理に聞かんでいいぞ」
人魚の女王は健気にも首を振った。
「大丈夫。私は知らなきゃいけない」
ジョシュアは諦めて、多くの犯罪者を見てきた経験から推測を述べた。おそらく奴の反亜人主義というのはカモフラージュだ。本性は亜人に特殊な嗜好を持つ精神病疾者だろう。上級貴族としての仮面を完璧に被りつつ、裏では買った亜人を拷問して満足を得ている。罪悪感は全く感じていない。
「証拠を掴めるか?」
閣下が質問をする。答えを導き出すためだ。
「落札した所を…まだ言い逃れができます。拷問中を押えれば…」
「死体はどうやって処理している?」
「魔法で燃やす?いや…骨も残らず消すのは不可能です。何かに喰わせる…魔獣?」
「何故オークション会場に魔力波があった?」
もうジョシュアに周りは見えない。完全に犯罪者に同調している。
(美しい亜人を買った…今すぐ試したい。魔法で痛めつけて…安全な場所に移動してから…じっくり楽しむ…)
「そこまで!もういい主将!!」
ミーナ妃殿下の声で引き戻される。同時に閣下が覚醒の魔法を放った。ジョシュアは正気に返った。
「…ありがとうございます」
危なかった。精神病疾者の同調は毎回冷や汗ものだ。気づくとマリエル女王が真っ青になって震えている。
「あの…申し訳ありません」
一応謝るが、当分ダメそうだ。だからレディには聞かせたくなかった…。ジョシュアは肩を落とす。微妙な空気の中、閣下が口を開いた。
「それで、安全な場所とはどこだ?」
「オークション会場近くに花街があります。そのいずれかの妓楼が拷問場所と死体の処理を請け負っているのでしょう」
亜人の競りは明後日だ。同時にガサ入れをするためには、今夜中に妓楼の調査に行かねばならない。諜報部長官はにわかに忙しくなった。




