外伝~アスカ大公子物語~ 魔石の島
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エルフの王城。来月のアスカ大公子の結婚式に出席するため、王女の衣装合わせが行われていた。
「…本当に出るんですか?公子の御式」
衣装係の侍女が問う。シルヴィアは努めて明るく答えた。
「もちろんよ。公子は大切な盟友よ。聖女とも友人だし」
「はあ…」
侍女はドレスを片づけに出て行った。とたんに鏡の中の顔が曇る。本当は出たくない。だが笑顔で祝福せねばならない。どうか最後まで隠せますように。
ドアがノックされ、侍女が声をかけてきた。
「ゲートの修理が終わったそうです。確認をお願いいたします」
「分かったわ」
使用頻度が上がると、ゲートの不具合も出てくる。シルヴィアは王城の地下に向かった。
「…座標のズレは毎回直した方が良いと思うんだけどな」
扉の向こうから、思いもかけない声が聞こえた。慌てて開けると、
「マモル?!」
「これはシルヴィア姫。ご無沙汰してます」
夢にまで見た貴公子がいた。
「どうしてここに?」
「ゲートの修理に来ました。今終わったところです」
そう言えばいつもの貴族服ではない。人族の労働者のような服だ。エルフの技術者が道具を片づけて出て行く。ゲートの間には、シルヴィアと公子が残された。
「もうすぐお式なのに。良いの?」
会えた嬉しさを押し隠し、おずおずと訊く。
「もう卒業しましたし。働いてないと母に怒られます。式はまだ先です」
「神人族はどうなったの?」
護も自分の道具を箱に仕舞いながら答えた。
「僕1人で族って言っても…。とりあえず、メンバーを増やして、本拠地を持つのが目標です」
「…亜人の妃を募るんでしょ?」
「募ってません!いったい、この間の亜人会議で何があったんですか?」
亜人族から山のような釣書が届いて困っている。護はため息をついて 零した。シルヴィアは説明をした。
「安徳帝が余計な事を…。ありがとうございます。大体の事情は分かりました」
「じゃあ、妃は取らないの?」
「今の僕にそんなにたくさんの妻子を養う力はありません。父と一緒にしないでほしい」
不満げな顔がおかしくて、思わずシルヴィアは笑った。つられて公子も笑う。眩しい笑顔に胸が高鳴る。
「姫」
ふいに公子が真面目な顔でシルヴィアを抱き寄せた。エルフよりずっと逞しい胸に頬が当たる。とたんに轟音が響き渡り、ゲートの間は吹き飛んだ。
「なっ…!」
護の強力な防御結界が2人を守っている。だがゲートは崩れ落ちていた。行き場を失った魔力が渦を巻く。
「今頃テロか。遅すぎて驚きだよ。元宰相殿?」
聞いたことのない冷たい声音で、公子は言った。粉塵の中から何者かが近づいて来た。
◇
前宰相のエルフだった。3年前、禁呪を使って謹慎処分をされていたはずだ。
「二度と来るなと言ったはずだ。懲りずに誘惑しやがって。この下等種が」
護を口汚く罵ると、奴は闇の槍を打ってきた。それを弾きながら護は姫の前に出た。
「城内での私闘はご法度なんだろ。ここじゃ姫が危ない。外に出ろよ」
エルフ野郎は護の提案を蹴った。
「そんなアバズレ知ったことか。どうせ防御魔法しかできん女だ。2人仲良く死ね!」
中空に20以上の闇が生まれ、そこから攻撃される。父から教わったことがある魔法だ。護は同じ位置に光の盾を出して弾いた。
「…姫を侮辱したな。死ぬのはお前だ」
久しぶりに怒りが湧く。皆で作ったゲートも破壊された。こいつは死んでいい。
「“闇送り”」
護は無数の闇をエルフ野郎の周囲に展開した。そこから闇の手が伸びる。手は野郎の身体を引き千切り、闇の粒子へと変えて吸い込んだ。
「ギャアアアアッ!!」
断末魔の絶叫が響く。
「マモル!もう止めて!」
背後からシルヴィア姫が叫ぶ。
「ダメだ。こいつは2度俺に挑んだ。3度目は無い」
護は助命を拒否した。すると姫が彼の背中にしがみつき、無理矢理止めようとする。
「殺してはダメ!」
「離せ!」
そこに隙が生まれた。元宰相が最後の力を振り絞り、禁呪らしき魔法陣を展開した。
「おのれ…人族が…死…」
「!」
禁呪を消そうとするが、間に合わない。折悪しくゲートの残骸から生まれた転移の魔力と融合する。
「シルヴィア!掴まれ!」
護は姫を抱え込むと、防御結界を張った。耳をつんざく轟音が2人を襲う。ゲートの間は今度こそ完全に爆破された。
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シルヴィアは波の音で目が覚めた。エルフ国に海は無い。身を起こすと、そこは砂浜だった。
「マモル!」
爆発を思い出し周囲を見回すと、すぐ側に公子が倒れていた。
「起きて!マモル!」
駆け寄って揺すると、護はすぐに目を開けた。黒い瞳がシルヴィアを見上げる。
「…姫。なぜ邪魔をした」
怒った声で問われ、彼女はびくりと身を固くした。いつもの彼と口調が違う。
「ご…ごめんなさい。あんな人でも身内なの…えっ!?」
護は姫を引き寄せると、倒れたまま抱きしめた。
「君も死ぬところだった…じゃじゃ馬め…」
「ごめ…」
心配させてしまった。シルヴィアの目から涙があふれ出た。嗚咽と波の音だけが聞こえる。
「何で波?ここどこ?」
姫を離した護は身を起こした。白い砂浜と青い海が見える。背後は森だ。どうやらゲートの転移魔法で見知らぬ土地に飛ばされたらしい。
「まいったな…」
2人は遭難したようだった。
◇
護の持つ伝話は通じなかった。姫の伝達魔法も届かない。おそらくエルフ国からも人族の国からも遠い場所だ。瞬間移動も影渡りも、正しい座標が分からないとできない。
「とりあえず、妹との念話を試してみます」
敬語に戻った護は目を閉じ、集中した。
(マナミ。聞こえる?)
(また神化したの?)
良かった。繋がった。護はエルフの王城での出来事を伝えた。
(で、今いる場所が分からないんだ。父上にエルフ族に連絡取ってもらって。姫も一緒だから)
(了解。聖女様には黙っててあげる。2万ゴルドね)
鬼畜な妹に強請られる。
(分かったよ。星が出たら場所が分かるかも。また連絡するね)
念話を切る。次は神界だ。しかしこちらは全く気配を感じない。太陽の位置から今は昼過ぎだと分かる。護たちは付近を偵察することにした。
「風魔法で空を飛べますか?」
姫は少しなら飛べると言う。護は彼女と手を繋いで空に上がった。そこは周囲を海に囲まれた島だった。
「南国なのかな?暖かいし」
「そうね。あ、何か光ってる」
岩肌がむき出しになった斜面がキラキラと光っている。2人はその近くに下りた。地面には宝石のような石が落ちている。山全体がその石でできているようだった。護はその1つを拾った。
「これは…魔石だ!」
驚いた。普通は魔獣の死体を浄化することでしか手に入らない。魔道具に必要な貴重素材だ。護は歓喜した。
(やった!神人族の財源確保!)
この島が無人なのは確かだ。いっそここを拠点にしようか。明るい未来に心が弾む。
「あ…。姫にも権利がありますね」
はたと気づいてシルヴィア姫を見る。姫は首を振った。
「いいえ。元はと言えばエルフ族の失態よ。私たちに権利は無いわ」
「では姫個人と僕の共有財産にしませんか?」
暫く押し問答をして、結局、護の提案に落ち着いた。
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島を隈なく調べ、住人や危険な魔獣は存在しないことを確認した。護は上機嫌だ。シルヴィアはほっとした。
怒った彼は怖い。口調が父親と同じになる。
「ここで夜を明かしましょう。あ、僕が魚を獲ってきます。姫は森で何か探していただけますか?」
護はテキパキと野宿の準備をする。魔法を使えば食料の調達も 容易い。日が落ちる頃には焚火で焼いた魚や果物を食べられた。
やがて星が出たので天体観測をする。道具が無いので魔法を使い、星と水平線の角度を元に現在の位置を割り出した。ルクスソリア大陸のはるか南東にある島だった。
「妹に念話で位置を知らせました。転移は危ないので、明朝影渡りで帰りましょう」
「分かったわ。何から何まで、ありがとう」
「どういたしまして。ではお休みなさい」
護は物理結界を張ってくれた。たまたま影の収納に入っていたという毛布を譲ってくれる。シルヴィアを焚火の側に残して、彼は離れた砂浜に座った。
「マモル。どうしてそんなに遠くに行くの?」
「…紳士の嗜みです。お気になさらず」
結婚を控えた身だ。当然だ。その距離以上に彼の心は遠い。
(きっと忘れない。これは神が与えてくれた奇跡。2人だけの思い出なんだ…)
見上げる満点の星空がぼやける。
「シルヴィア。なぜ泣くの?」
もう夢を見ているらしい。愛しい公子の声がすぐ近くでする。
「あなたが好きだから」
「…父ではなく?」
「モーリーとマモルは全然違うわ。穏やかで優しいマモルが良い」
夢の中なら素直に言える。怒ってるマモルはちょっと怖い。そう言って笑うと彼は口付けてくれた。
「ありがとう。何百年でも…友達でいてね」
「君も幸せにならないと。どうすれば…」
シルヴィアの意識は眠りに落ちた。幸せな夢だった。
翌朝、護は影渡りで彼女をエルフ国へ連れ帰ってくれた。




