外伝~アスカ大公子物語~ 光
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通常の亜人会議は若い跡継ぎたちの社交の場だ。だが今回、緊急に開かれる会議は各種族のトップが集う。
場所はラミア族の王宮。今はゲートで瞬時に移動ができる。会場には続々と王や女王が到着していた。
「エルフ王は…いらっしゃいませんの…?」
客人たちを出迎えていたラミアの女王は、現れたシルヴィア姫に訊いた。
「ええ。今回は私に一任されています」
「そうですか…。エルフ族は…お認めに…?」
女王は探りを入れてきた。
「信託が本物だと証明されれば。認めるのに 吝かではありません」
「…承知いたしました…」
シルヴィアが席に着く。隣には宰相が座る。
予定時間が来た。出席者は7氏族。エルフのシルヴィア王女、人魚族のマリエル女王、獣人族のヴォルフ王、ドワーフ族の王、ハーピー族の女王、アラクネ族の女王、主催するラミア族の女王だ。
「では始めます…今回はマモル…いえアスカ大公子が新種族の始祖となった、という神託の件です」
ラミアの女王が進行をする。言い間違いはわざとだ。ラミアはアスカ大公家の縁戚。当然認めるだろう。
各種族の神官たちが呼ばれ、全く同じ内容を下されたと証言する。
「“神人族”を認めるのに…反対の方は…いらっしゃいます…?」
早速決が採られる。
「異議なし。人魚族は認めます」
マリエル女王が一番に賛成する。根回しがあったようだ。同様にドワーフ族とラミア族、獣人族も賛成に回った。
「ハーピー族とアラクネ族は…いかが…?」
「異議はないけど。ちょっと聞きたいことがあるわ」
鳥人の女王は神官たちに言った。
「マモル公子が側室を取ったら、子供は“神人族”になる?例えば亜人の妃でも?」
「そこまでは…」
神官たちが困ったように顔を見合わせる。
「神様に…訊いてみましょうか…?」
シルヴィアは驚いた。ふざけているようには見えない。ラミアの女王は伝話という人族の魔道具を取り出した。それを耳に当て、何かを話す。
『呼んだ?』
唐突に、神が顕現した。
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7、8歳程の少年が円卓の上に浮かんでいる。神官達は平伏した。
「マモルが…亜人の妃を娶った場合…子は神人でしょうか…?」
『そうだね。それぞれの亜人の特性を備えた神人になるだろう。何?妃を出したいの?』
ハーピー族の女王が手を上げた。
「はいっ!ぜひ我がハーピー族の王女を」
「あら。アラクネ族もお願いいたしますわ」
アラクネ族も乗る。
「えー。ずるい。私もマモルの嫁になりたい」
マリエル女王まで。会議場は騒然とした。
『良いけど。とりあえず各氏族1人までね。護が気に入らなかったらダメだよ』
そう言って神は消えた。ラミアの女王は改めて採決を取った。
「全会一致で…神人族を認めます」
臨時亜人会議は終了し、慰労のパーティーへと移った。
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シルヴィアは混乱していた。会議は茶番だった。新氏族の承認は根回し済みで、ラミアの女王は神まで召喚できる力を見せつけた。知らぬ間に亜人の力は拮抗している。
神人族に妃を出せた亜人族は、更に上になる。そういう流れになってしまった。
「気にしなさんな。姫のせいじゃない」
宰相がグラスを差し出し、シルヴィアを慰めた。
「あなたは知っていたの?マモルが…」
「いいえ。昨日伝話で聞きました。突然神化して焦ったとか言ってましたね。大公が神界まで乗り込んで連れ戻したらしいですよ」
衝撃の事実を聞かされる。いつから人族は神界に出入りできるようになったのか。
「いや、あの大公家が特別おかしいんですよ。ぼっち種族だから助けてほしいって頼まれました」
「聖女と結婚するって…」
「神々が決めたそうです。人族的にはあり得ない年の差ですが、不老になれば関係ないですし」
シルヴィアははたと気づいた。護はもう年を取らない。長命種である自分と同じなのだと。
(ずっと生きて、会えるんだ)
「あらシルヴィア姫。ご機嫌よう。宰相殿も」
マリエル女王が声をかけてきた。緑の髪を結い上げ、グラマラスな身体を見せつけるようなドレス姿だ。
「エルフ族はどうします?誰を出しますか?」
「え?」
唐突に訊かれて返事に詰まる。
「マモルの妃ですよ。うちは私が立候補しようかと思って」
「女王自ら?王位はどうなさるので?」
宰相が質問すると、女王は艶然と微笑んだ。
「マモルは働く女性に理解があるの。きっと両立を認めてくれるわ」
「確かにゲートがあれば距離は関係ないですしね。エルフ族は未定です」
「綺麗な娘は遠慮してほしいわ。じゃあね」
女王は手を振って去っていった。明らかに牽制だった。シルヴィアは険しい顔でその後ろ姿を見送った。
◇
「亜人の枠?何の話ですか?」
護は安徳帝に訊いた。卒業式も終わり、謝恩会までの間の時間に伝話がかかってきたのだ。
『君の側妃になりたい亜人の枠。とりあえず各氏族1名ね』
「いやいやいや。何勝手に決めてるんですか?僕まだ婚約中ですよ。側妃って」
婚約者に失礼だ。
『断って良いよ。誰を娶ろうが君の自由だ』
「…ぼっち種族に嫁に来たい人なんていませんよ」
『そうでもないよ。多分殺到するから。マリエルとか』
帝の笑えない冗談に、護はげっそりした。
「マリエルを娶る?父上の代わりは嫌だなぁ」
『君の顔が好きなんだろ。それもまた愛だ』
「もう切りますね。謝恩会が始まるので」
『ああ。ノーラが後ろにいるよ』
護はぎょっとして振り向いた。姪のノーラが青い顔をして立っている。神人族を立ち上げ、亜人会議で承認されてまだ1週間だ。ラミア族の王女とはその間話をしていない。
「ノーラ。久しぶり…」
「…」
気まずい。妹から彼女の気持ちを聞いて以来、何となく連絡をしそびれていた。
「あの。義姉上から聞いたと思うけど」
護はぎこちなく話しかけた。
「色々あってさ。次の亜人会議では僕も出席者になるよ。よろし…」
言い終わる前に、ノーラが抱き着いて来た。
「ラミア族はノーラ王女を妃に出します」
ぎゅうと護の胴にしがみついたまま蛇人の王女は震える声で言った。
◇
護は主席で学園を卒業した。甥と約束した卒業旅行は、神人の長としての挨拶回りも兼ねてしまった。堅苦しいパーティーにも出たが、楽しい旅行だった。
旅から戻った護は、父母と協力して聖女の治療に当たった。
「過剰な魔力を全身に流す。その調節器官を脳内に作る」
父が考案した新しい試みだ。手術台に横たわる聖女に、護は麻酔魔法をかけた。起きた時には目が見えているだろう。
「ミナミ、聖女の魔力を一時消せ。護、俺が作る器官の血管を繋げろ。毛細血管もだ」
「オッケー」「はい」
3人で力を合わせて難手術を行う。父と護のスキルを最大限使って、1時間後、無事終了した。
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「ゆっくりと目を開けろ」
術後、目が覚めた聖女は大公の診察を受けた。瞼が重い。力を込めて目を開けると、ぼんやりと何かが見えた。
「どうです?何か見えますか?」
聖女の手を握る公子の顔が見える。
「見えます…護様のお顔が…。大公閣下も。本当にそっくりでいらっしゃる」
あふれる涙に視界がまたぼやける。そっと公子がハンカチで押さえてくれた。
「ミーナ妃殿下。なんてお美しい黒髪でしょう。ああ、皆さま同じですね」
「良かったー。見えてるね。さ、ヨッシー。後は若い二人で…」
「ああ。また後程来る」
大公夫妻は病室を出て行った。ベッドに横たわる聖女は改めて公子を見た。
「よく頑張りましたね。明日から少しづつ明るさに慣れていきましょう」
若く美しい公子が優しく語りかける。とたんに己の容姿が気になったが、今更だ。
「どうしました?僕の顔ばかり見て。ほら、美しい花も飾りましたよ」
「護様。ありがとうございます」
クレーナはにっこりと笑った。相手の目を見て笑ったのは、初めてだ。公子の頬に朱が差す。
「目を瞑って。聖女様」
「はい?」
大きな手が聖女の目を覆った。指の隙間から光が漏れる。公子に口付けられたと気づいたのは、その直後だった。
◇
笑う聖女の顔を見たら、我慢できなかった。護は自己嫌悪に陥った。だが聖女は怒らなかった。やはり優しい。
彼女は3日ほどで完治した。いよいよ結婚式の準備だ。母が大公家の敷地に小さな家を作ってくれた。いずれは出て行かなければならないが、当面は親元に住む。
リコリス妃が結婚式の衣装を用意してくれる。護は簡単だったが、聖女のドレスは入念に仮縫いが繰り返された。今はユリア妃と招待客のリストを作っている。
「半分は神殿関係者ね。残りは学園と、ヴィレッジ伯爵関係、王家からはサンドラが来るそうよ」
「分かりました。あとは亜人族が…何これ?」
護はリストの下半分を占める亜人の数に驚いた。
「ユリア様。この亜人って…」
「聞いてないの?出席させてほしいって、外務省から頼まれたわよ。側妃候補らしいわね」
亜人枠の件が義母にまでバレていた。
「…断りましょう。さすがに結婚式にそんな…」
「良いんじゃない?人族の式に亜人が来てくれるなんて、滅多にないことだし。交流事業として国から予算出させましょうか?」
元王女は楽し気に言った。護が考えていた、こじんまりとした平和な結婚式は夢で終わった。




