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外伝~アスカ大公子物語~ 恋せよ乙女

              ♡




 人族側のゲート設置担当として来たのはアスカ大公ではなく、息子の護公子だった。あまりにも似ている。シルヴィアは衝撃を受けた。違いは少し背が低いのと、線が細いくらいだ。


 王との謁見も堂々としていた。年齢を聞いて騒ぐエルフたちに見せた微笑ときたら。あんな色気のある人族がモテない訳ない。あっという間にエルフ娘たちの心を掴んでしまった。


『…美しいお嬢さん方』


 群がる娘たちに微笑む彼を見たら、姫は頭に血が上った。どのみち打ち合わせがあるのだ。シルヴィアは公子を別室に連行した。


「何でしょう?時間はまだありますよね?着替えを…」


 護は姫に腕を引かれるまま、ついて行く。


「その前にここでの注意事項を伝えるわ。むやみに微笑んではダメ。女に触らせてもダメよ」


「…じゃあ離してください」


 姫はハッとして立ち止まり、彼を掴む自分の手を見た。慌てて離す。


「ご…ごめんなさい」


「いえ。あの、僕何か失礼な事をしましたか?」


 年相応の顔で護が問うた。


「違うの。あの女たちが…」


 あなたに触れたのが気に入らなかった。シルヴィアは続く言葉を飲み込んだ。急速に頭が冷える。


(私ったら何を言ってるの?こんな子供に!)


「ああ。大丈夫です。人魚族もラミア族も距離感が近いですから」


 屈託のない笑顔に姫の心臓が大きく打つ。135歳のエルフの王女が、たった14歳の人族の少年に恋をした瞬間だった。




               ◇




 『親しい人以外に笑顔を見せないように』そう躾けたのは、護の母だ。


 護が6歳の時、商会のパーティーで大金持ちの商人と会った。美しい少年に執着した商人は、人身売買組織に誘拐を依頼する。大公家の使用人が買収され、父母が留守の時を狙って、護と居合わせたラミアの王女・ノーラが攫われたのだ。



 組織は護を商人に、ノーラを亜人好きの変態に売ろうと考えた。まだ人化できないラミアの少女は尾を鎖で固定され、擦れた鱗から血が出ても暴れて抵抗した。怒った人攫いは彼女の生皮を剥ごうとナイフを当てた。


「止めろ!!」


 それを見た護の魔力が暴走した。まだ魔法を習っていなかったが、膨大な魔力で人攫いを文字通り八つ裂きにしてしまった。何とか魔力を抑え込むと、護はノーラを縛る鎖を引き千切った。治癒魔法はダメだったが身体強化が使えた。傷ついたノーラを背負い、護は逃げた。



「ガキが逃げた!捕まえろ!」


 組織のならず者たちは2人の子供たちを追った。アジトの外には出られない。だが少人数に分かれて探すうちに、仲間が減っていることに気づいた。


 息を潜め、気配を殺して逃げていた護は闇魔法が使えるようになった。父の眷属の様に影に潜り、影に敵を引きずり込む。他の属性魔法は使えないので身体強化で止めを刺す。少しずつ少しずつ敵を削り続けたが、さすがに分散の不味さに気づいた悪党どもは、ついに2人を追い詰めた。


「仲間の復讐だ!殺せ!」


 護は背にノーラを庇い、抑え込んでいた魔力を解き放った。未熟な身体に無制御の魔力が巡る。あっという間に眼前の敵は粉砕されたが、同時に全身の毛細血管が破れ、血が流れ出す。視神経は焼ききれ、鼓膜も破裂した。見えず聞こえない。だが護は警戒を解かなかった。


(助けはまだかな?そろそろ父上が来てもよさそうなのに)


 ノーラの呼吸が荒い。早く何とか…。


『護っ!!』


 その時念話が聞こえた。父の声だ。ようやく護は全身の力を抜いた。


『父上。ノーラに治癒魔法を。生皮を剥がされそうになったんです』


『お前の方が重傷だ。だがすぐには治せん。状態を確認してからだ』


 大きな手が護の身体を掬い上げた。ノーラはタマが運んでいるようだ。


『僕は後で良いです。まずノーラを…』


『分かった。もう良い。休め』


『はい…』


 護の記憶はそこで途切れている。何でも怒り狂った父が組織を丸ごと消したとか、依頼した変態商人を血祭りにあげたとか。後で母から聞いた話だ。


 その後、まだ6歳にも関わらず、護は魔法の修行を始めた。母が笑顔を封印させたのもこの頃だ。無邪気な子供の笑みさえ他人を魅了してしまう。父のような強い大人になるまで。そう言って母は泣く泣く彼を躾けた。


 


               ♡




 初日の打ち合わせを終え、夕食会が行われた。内々の歓迎会なので参加者は父王とシルヴィア姫、護公子のみだ。


「公子は婚約者などはいるのか?」


 赤い酒の入ったグラスを傾けながらエルフ王が訊く。


「いいえ。僕が跡取りとは決まっていませんから。自力で見つけてこいと言われています」


 護は未成年なので炭酸水を飲んでいる。王の問いに照れたような顔で答えた。


「今日会った娘らはどうだ」


「どなたも素晴らしく美しい方でした。僕などにはもったいないです」


 シルヴィアは不機嫌になった。あんな娘たちより、護の方がずっと美しい。


「色々と話してみると良い。エルフと人族の架け橋となれば幸いだ」


「ありがとうございます」


 夕食会は和やかに終わった。公子がシルヴィアを部屋までエスコートする。

 

「どうかされましたか?ご気分でも?」


 先ほどから沈黙する姫に、心配そうに護が声をかけた。シルヴィアは意を決して彼の目を見た。


「さっきの話だけど。エルフの娘と、その…」


「え?社交辞令ですよね?どこの亜人族でも1回は勧められますよ」


 種族の壁は結構高い。ドワーフ族とラミア族に王妃と王配を出したアスカ大公家なら…と期待されているのだ。護はそう言って笑った。確かに人族との縁を結んだ両氏族の地位は高まっている。


「エルフ族は元々高い地位をお持ちだ。僕は必要ないでしょう」


「そんなこと無いわ!あなたは魅力的よ。お…夫としたいエルフの娘は沢山いるでしょう」


「…ありがとうございます」


 護は礼を言った。そして姫を部屋まで送り届け、帰っていった。




               ◇




 翌日からゲートの設置工事が始まった。エルフに肉体労働者はいない。あらゆる労働が魔法で行われることに、護は感心した。


「魔力を持たないエルフはいないんですね?」


「そうね。あまり聞かないわ。長命種は大体魔力が強いし」


 シルヴィア王女は設計図を見ながら答えた。数人のエルフの土魔法で土台の魔法陣を固定化したところだ。


「お見事です。この、土台の側面の文字は何かの呪文ですか?」


「いいえ。ただの飾りよ。エルフの建築物には入れる習わしなの」


 護はしげしげと美しい文様を眺めた。


『…この建物を…子々孫々まで…護れかし?』


「あなた読めるの?超古代文明の文字よ?」


 王女と他のエルフが驚く。父母が持つ“転生特典”とやらの恩恵が、息子の護にも有効なのだ。


「何となくですけど。物質保存の呪文みたいですね。書き写してもいいですか?欠けてる部分を補えば…」


「公子!ぜひ一緒に研究しよう!!」


 土魔法使いのエルフの男が護の肩をがしっと掴んだ。どうやら超古代文明の研究者のようだ。


「いや、僕、学生ですし。夏休みの間しかいられませんよ?」


 それより工事の続きを…と言う彼の言葉は、盛り上がる土魔法使いたちの研究談義にかき消されてしまった。結局、その日の工事はそこで終わってしまった。




               ◇




 護が超古代文明語を解読したニュースは、すぐにエルフ中を駆け巡った。王直々に研究への協力を依頼されてしまう。だがゲートの工期も遅らせることはできない。研究は夜だけ、ということで手を打った。


『それで眠そうな声してるんだ?』


 伝話の向こうで母が笑う。正直睡眠不足だが、今回もロッソピーノ師の回復薬を大量に持って来たので何とかもっている。


「彼らって興味無い事は、とことん後まわしなんです。好きな事への情熱はすごいんですけど」


『亜人は大体そうじゃん』


「まあそうですね。…母上、1つ聞いてもいいですか?」


『何?ヨッシーと姫のこと?』


 さすが母は鋭い。護は慎重に切り出した。


「何も無かったんですよね?」


『うん。でも姫は惚れてたかもねー。うちの父ちゃん、顔だけは良いし。え?もう告られた?』


 護は慌てて否定した。


「まさか!父上と間違えられただけです。でもかなり残念そうだったので…」


『父と息子の板挟みかぁ。メロドラマやね。ちょっと素敵~』


 軽い。自分の夫と息子のことなのに。護はため息をついた。シルヴィア姫の熱を帯びた目を思い出す。あれは己を通して父の影を探していたのか。


『あ、ヨッシー!聞いて聞いて!護がね…』


「わーっ!!止めて母上!!もう切るから!」


 通りがかったらしい父に母が爆弾を落そうとしてので、護は急いで伝話を切った。


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