領都へ
◇
翌日。しばらく天気も崩れないと踏んで、領都へ出発する。
ミナミが木こりの男から馬を借りてきた。連銭葦毛の立派な馬だ。
これにウルフの皮と牙の荷駄を乗せ、皇子が騎乗する。
「良い馬だな」
馬の首を撫でながら褒める。馬の方も機嫌よく顔を皇子の手に押し付けてきた。
「でしょー?性格も穏やかだし、いい子なの。でもこの模様のせいで安かったんだって」
ミナミは馬に根菜のようなものを与えながら言う。
「こっちは真っ白とか真っ黒とか、模様が無いのに価値があるらしいよ」
「そうなのか」
馬の横ではロバが草わらを食んでいた。結局、荷が多すぎたのでロバも借りたのだ。
木こり親子の取り分も一緒に売りに行くからだ。乗馬が苦手だというミナミはこれに乗る。
「気をつけて行っといで。土産はいらないよ」
婆どのが見送りに出る。領都までは騎馬で半日。明日には戻る予定だ。
「もう、おばーちゃんのツンデレ~。じゃあね、行ってきまーす!」
「行ってくる」
皇子はこちらに来て以来、初めて村を出た。
◇
峠の道を馬とロバが行く。どちらも荷があるので歩みは遅い。
皇子は久しぶりの騎乗に、晴れやかな気分だった。
「神殿で魔力測定してもらうのに、10万ゴルドかかるんだって。なんかぼったくりじゃない?」
ミナミは何度か領都に行ったことがあるらしい。金がなかったので測定はしたことがないそうだ。
「ウルフは高値で売れそうなのだろ?」
「高すぎるよー。庶民の月収の半分だよ」
彼女は年の割に吝嗇だった。
ミナミがいた世界では人の寿命はは80歳を超え、100歳の老人も珍しくはないという。
故に今から老後に備えているそうだ。
「お前は金にうるさいな」
「さすが皇子様!お金に無頓着であらっしゃいますこと!」
突然女官のような妙な敬語で嫌味を言ってくる。
「…また稼げば良いだろう」
「下々には『1ゴルドを笑うものは1ゴルドに泣く』という諺がありましてよ」
「…」
そんなやり取りをしているうちに、峠を下りきっていた。
領都へと続く道に出る。ぽつぽつと荷馬車や歩きの人々が現れ始めた。
二人は自然と先を急いだ。
◇
高さ6丈はある城壁は領都をぐるりと囲み、四方に街道へと出る門がある。
門には関所があった。それ程待たずに順番が来る。
「ザワ村のハンターね。ハマス毛皮店に納品、と。二人で1000ゴルドだ」
関所の役人は二人の名を帳面に控えると、入市税というものを求めてきた。ミナミが支払うと、すんなり通してくれる。
門をくぐると喧騒が聞こえてくる。通りには多くの人が行き交う。
城門内の騎乗は禁止だとかで、二人は轡を取り、馬とロバを引きながら店に向かう。
皇子は歩きながら街を見回した。ザワ村の村人に近い者もいれば、そうでない者も多くいる。髪や目の色、背丈や体格も様々だ。
「俺たちが特別小さいわけではなかったな」
「そだね。村では小人だもんね、あたしたち。あ、『ハマス毛皮店』だ」
目的の店に着く。繁盛している大きな店だった。
「ミーナちゃん!待ってたよ!」
裏口から訪うと、すぐに店主がやってきた。皇子より小柄な男だった。
「紹介するね。村の新人ハンター、モーリー。ヨッシー、この人が店主のハマさん」
「ハマさん?」
「苗字がハマスさんだから」
また勝手な字名をつけて…と呆れていると、店主は気にした様子もなく握手を求めてきた。
「ハマさんでいいよ。君がモーリー君ね。村長から聞いてるよ」
「大げさな話でないと良いが。よろしく頼む」
店主の手を握る。こちらの挨拶にもだいぶ慣れてきた。
ハマスは笑顔で二人を奥の部屋へ通した。さっそく毛皮の値の交渉が始まる。
「これは良い状態だね~。1枚100万のところ、持ち込み価格で200万でどう?」
「え~。ウルフって500万が相場だよね。半値で250万はいけるんじゃない?」
交渉はミナミに任せる。皇子は出された茶を飲んで二人のやり取りを眺めていた。
羽振りの良い店だけあって、うまい茶を出す。
「う~ん。じゃあ210万!」
「ハマさぁん!もう一声~」
結局、1枚220万ゴルドで交渉が成った。
先ほど関所で払った金は銀貨1枚だったが、こちらは小金貨が220枚だそうだ。
皮の袋4つに分けてもらう。
「はい確かに。880万ゴルド受け取りました。まいどあり~」
ミナミはきっちりと金貨を数え、『領収書』とやらに名を書いて渡す。
「時に店主殿。先ほどの茶はどこで手に入る?」
店を出る前にハマスに聞く。
「お気に召したようで。東門近くの茶葉店ですよ」
詳しく場所を聞いて店を後にする。次は牙を売りに行く。
「今日は牙売ったら、宿屋に入ろうか。遅くなるといっぱいになっちゃうし。お茶屋さんは明日でいい?」
「ああ。そうしよう」
二人は『ハンター組合』へ向かった。
「毛皮はハマさんに直で売るけど、角とか牙とかはこっちが買ってくれるんだ。ついでにヨッシーの登録もしておこうか」
そこに登録すれば獲物を売ることができるらしい。木こりもその息子も組合員だそうだ。
毛皮店からしばらく歩くと、弓と矢の絵が描かれた板を掲げた建物があった。そこが『ハンター組合』だった。




