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第一話 街

 首都から西に位置するコルトタウンは、大きな湖に隣接した豊かな街である。


 標高1,068kmからなる山脈から流れてくる新鮮な山の水を貯蔵する湖。

 ――コルトレイクは、各方面に川を流し、その周辺に住む人々の貴重な水源となっているのだ。


 その豊かな水により、農業が盛んに行われ、農家や商人が集い、賑わいを見せる街へと発展していったという。

 特に、この地で栽培されるブドウから造られたワインは、世界的に取引されるほどの価値をもっていた。


 ――しかし一方で、水を求める生物は人だけではない。

 コルトタウン周辺は、FRAN(フラン)が多く出没することでも有名である。


 そのため、街全体が石でできた高い城壁で囲われ、さらに湖から引いてきた堀で覆われ、圧倒されるほど重厚な構えをしていた。


 その堀にかかった橋を渡り、分厚い門をくぐると、街中は石畳がびっしりと敷かれ、レンガ造りの家がずらりと並んでいる。


 パステルカラーに塗装された家々がカラフルに並び、広場には大きな噴水があり、その道中には出店のテントが点々と連なっていた。


 その様子は重々しい外景とは対極的に、平和で、活発な人々の暮らしを反映していた。


 ……そんな街並みを横目に、歩を進める人影がひとつあった。


 人影はそこで、はっと気づいたように、突然後ろに振り返り、ゆるくカールのかかった紫色の髪がゆったりと肩でゆれる。


「あ、――レイン、ついてきてる?」


 白銀色のプレートがついたボディアーマーに上着を羽織り、腰にはブレードを携えた戦闘士官――ミリス・ヴェスタは、慣れた様子で足早に目的地へ向かってしまって、同行する少女のことを失念していた。


 少し離れたところで、透きとおった青色の髪にリボンのついたベレー帽を乗せた少女が、ぷかぷかと宙に浮いていた。


「ミリスっ! あっちからおいしそうな匂いがするよっ! あのお店だよっ!」


 レインは、明るい声でそう言いながら、羽織ったケープの下から腕を突き出して、ぶんぶんと手を振っていた。


「仕事が終わってからだよ、レイン――っ!」


 レインと呼ばれた少女は、――少女の姿形こそしているが、体は淡く光って、すこし透けており、ふわふわと髪の毛を漂わせている。


 ――まるで、幽霊。……にしか見えないが、その実は魂が実体化した姿。触れることもできる。

 ミリスは、その現象を〈霊体〉のプリムス能力と呼んでいる。


 霊体は、出会った時に着ていたキャミソールワンピース姿を反映しており、なんとも頼りなかったので、ミリスは昔買ったケープとベレー帽をかぶせている。――士官学校時代に気の迷いで買ったものだ。今となっては決して身に着けないような可愛らしいデザイン……。


 レインは、少し迷った顔をしてから、シュンとした様子で、こちらへ向かってきた。


 だが途中で、何かに気付いたように、はっと顔を上げ、


「――ミリス! あぶないっ!」


 と、声を上げた。

 ――えっ? という口になり、前に向きなおす。


「どいてええ――っ!どいてええええ――っ!」


 と、ちいさな少年が声を上げながら、……ばふんっ!と、おなかにぶつかってきた。


「お、っと? ……だいじょうぶ?」


 と、声をかけるが、少年はごめん、と短く言って、慌ててミリスを避けて走り去ろうとした。

 ――が、急にぴたりと動きを止めた。


 そして、顔が青ざめ、


「――ぎゃああ――――っ! 幽霊だ! オバケだああ!」


 後ろにいたレインを見て、叫ぶ。

 ――レインを見て……?


「君……、レインが、見えるの……?」


 と、思わず訊いてしまったが、少年はおびえた顔で腰を抜かして後ずさりしていた。


 〈霊体〉になったレインの姿は、他人の目から見えない――はずだった。

 宙に浮いたその姿に、誰にも気付かれることなく、この街中まで平気で歩いてきたのだ。


 レインもそれを自覚していたため、少年の想定外の反応にただうろたえていた。


 ……しばらくすると、一人の女性が、パタパタと息を切らしてこちらに走って来た。

 修道服を着た、スラリと背の高い――綺麗な人。


 ミリスの前で立ち止まると、息を整え、


「はぁ……はぁ……。士官さん、すみません。……その子が、ぶつかってしまって……、お怪我はありませんか?」


「あ、――はい」


 ベールから覗かせた、まつ毛の長い秀麗な顔立ちに見惚(みと)れてしまっていて、つい呆けた返事をしてしまった。

 シスターは深々と頭を下げたあと、少年の腕をとり、


「ライオ君! 孤児院に戻りますよ!」


 と、叱りつけるように少年に言った。


「はなして! はなして! オバケ、オバケがっ! 逃げなきゃ!」


「何を言ってるの! もう逃がしませんよっ!」


 シスターにはレインの姿が見えないようで、当然、少年の言うことを信じる気はなさそうだった。


「そこっ! そこにいるんだっ!」


 少年に指をさされると、レインはこちらにさっと移動して肩の後ろにくっつくように隠れた。


 ミリスはレインの存在をごまかすように、とっさにシスターに尋ねる。


「あの、その子、どうかしたんですか……?」


「え……ええと、教会で飼っていた犬がいたんですが……、その子が何日も帰ってこないって騒いでしまって……本当に申し訳ありません……」


「ああ、いえ! ぶつかってきたことは、いいんです!

 ……捜索依頼はもう出したんですか?」


「はい……。ですが、ライオ君が言うには、街の外、――湖のほうへ逃げたらしくって……。

 何度止められても、孤児院から抜け出しては一人で湖に行こうとするんです……」


「――湖って、ミリスがこれから任務で行くところ、だよね?」


 レインが肩の後ろから顔だけ出し、ささやきかけてきた。


 ……人前で見えない霊体と会話するわけにもいかず、黙ってうなずいた。


 訝し(いぶか)()にレインを見つめていた少年が、口をひらき、


「――リックを散歩に連れて行ってた時、そのまま迷子になっちゃったんだ! ぼくがリードを手放したから……! リックはぼくの家族だ……! ぼくが迎えにいってやらないとダメなんだ……っ! 大人たちじゃあ、おびえて出てこれないんだっ!」


 自分を追い詰めるように言葉を連ねる。言い終わると唇を強く嚙んでいた。


「……リックっていうのは犬の名前です。リックが仔犬の頃からライオと一緒に育ってきて、本当に家族のように思っているんです。……だから、気持ちはわかるんですが……、だからって、FRAN(フラン)がうろつく湖に行かせるわけには……」


 シスターは、悲しい表情をして少年の言葉に付け加えるように言った。


「……ライオ君、かわいそう……。ねえ、ミリス、私たちもリックを探してあげようよっ……!」


 レインも後ろから切ない声でささやきかけてきた。


「うーん……」


(なりゆきとはいえ、話を聞いちゃったからな……。任務のついででも、犬探しくらいはできそうだし……いいか)


「ライオ君、だっけ……? 私、これから湖に用があって行くんだけど、ついでにリックを探してあげるから、あんたは孤児院でおとなしくしてなよ?」


 とライオに話しかけると、シスターがさらに恐縮した様子になり、


「士官さん……、そんな、ご無理を……」


 と、言ったが、腕の中で悔しい顔をしているライオを見てから、ふたたびミリスに向きなおして続ける。


「ですが……、もし大丈夫でしたら、お願いできますか……? ライオ君を安心させてあげたいですし……」


「見つけられる保障はないですけど……。できるだけ見て回るようにします」


 と、言って話を終えようとしたところで、


「このおねえちゃんも信用できないよっ! リックがおびえるだけだ!」


 ライオがまた下から声を上げた。


「こらっ! ライオ君! 失礼なこと言っちゃダメっ!」


 ずっと穏やかだったシスターだったが、そのライオの態度に言葉に怒気がこもる。


「すみません! 士官さん、ライオは私が言い聞かせておきますので、本当に無理のない範囲でいいので、よろしくお願いしますっ!」


 と、申し訳なさと、つい声を荒げてしまった恥ずかしさからか、焦った表情のままお辞儀して、そそくさとライオを引っ張って向こうへ歩いていった。


 その場に残されたミリスは、シスターも大変ね……と、無責任なことを考えながらそれを見送っていた。


「……ミリスっ、お願い聞いてくれてありがとっ」


 後ろからレインがぴょこりと飛び出しそう言って、笑顔を見せた。


「本当に任務のついでだしね。それに、あのライオって子を落ち着かせるには、こうするしかなかったと思うよ」


 と、苦笑しながら答えた。




あとがき


ここまでお読みいただきありがとうございます。


小難しそうな説明は全部読み飛ばしても大丈夫です。ストーリー的に。


世界観とか、風景描写とか、細かい心情とかも、気になる人だけが読んでくれたらいいかなって感じで書いてます。


ただただお姉さんと少女の二人組みが街を歩いてるだけです。それだけになんだかロマンを感じます。

戦闘員の女性と隣で浮いてる女の子の霊、そのシルエットをこの作品のイメージ画にしたいです。


ちなみに少年ライオ君はレインと同年代くらい。10~12歳。容姿は読者の好みにゆだねます。


この作品に少しでも気になっていただければ

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