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第十八話 叫び


 ミリスたちは声を失った。


 しばらく状況が理解できず、立ちすくむしかなかった。


「――あっ、レイン……!」


 我に返ったミリスはレインの目をふさぐ。レインは目を見開いたまま、その場で動けずにいた。


 その時、クラエルは頭を抱えるようにしてうつむいた。


「……体力が尽きてプリムスの力が持たなかったのか? それとも、あのデケえのは、操りきれなかったのか……。なんにしてもよお……、これが、お前の最後、かよ……」


 そうつぶやくと、クラエルは重い溜息をつき、


「リベロ……。あいつの状況に気付いてやれなかった俺が悪かったのか? 俺にできることはなかったのか……」


 クラエルは気を取り直すように首を横に振る。


「いや、考えるのあとだ……。ミリス、逃げるぞ。あんなのと戦う理由はねえ。あれをやり過ごしてからシスターたちを助けにいく……」


 クラエルはひたいに手をあてて、ファランクスから目を逸らすように振り返った。


「わ、わかった……。なら、地下に戻って逃げよう。狭い通路なら追ってはこれないはず」


 ミリスも、クラエルにならって振り返ろうとした――その時、


「――おい、ミリス!」


 クラエルが叫ぶと、ミリスの前に飛び出した。


「黒犬――っ! いつの間にっ!」


 ミリスが振り返ると同時に、さきほどまで戦っていた黒犬が飛び掛かってきていたのだ。


 ミリスの代わりにクラエルがその突進を食らい、地面に叩きつけられる。そして、そのまま黒犬に押さえつけられた。クラエルは剣で牙を抑え、食らいつかれないように耐える。


「――くっ、ヤロォ! ――ミリスっ! お前はプロテクトが切れてるだろ! 先に逃げろっ!」


「う、クラエル、でも……」


 ミリスはそう言って顔をしかめる。


(――くやしいが、私たち人間は、プロテクトが機能していないと本当に無力だ……。FRANの一撃だけで殺されかねない……)


「レイン! リックは?」


「……ごめん」


 レインが申し訳なさそうに言うと、リックは小さな体になっており、レインの肩から姿を覗かせた。


(レインも体力が残ってないか……)


「――クラエル! 遠くから水弾で援護する! 耐えてくれ!」


 そう叫んで走り出そうとした、その瞬間、――目の前が()()染まった。



 ――ガァッ――!



「なに――っ!」


 ミリスは、突如現れたもう一匹の黒犬に、喉元(のどもと)を噛みつかれた。


(――そんなばかなっ! 近づいてくる気配がなかった! いや、それどころか、襲ってくる直前まで姿がまるで見えなかった! クラエルがかばってくれた時も同じだ! ――どこだ! どこから来たんだ! こいつらはっ!)


「ミリス!」


 横にいたレインが両手を握って、黒犬の魂を抑える。――牙が喉を貫くのを、寸でのところで止めてくれた。


「――レイン、助かった……! でも、まずい……!」


 このまま牙で貫かれればただでは済まない。ミリスはすぐに指先に水弾を生成し、喉に噛みつく黒犬に向けた。


 ――パシュ!


 水弾を放つ。


 ――しかし、黒犬に何も起こらない。噛みつく力が弱まることも、のけぞることも、何も、変化がない。


「――なんでだっ! 確かに頭部に命中させたぞ! この距離でっ!」


 ミリスは次いで、水弾を撃ちこむ。黒犬の体のあちこちを狙ってひたすら連射する。水弾は確実に黒犬を貫いている。


 ――だが、黒犬は止まらない。撃たれた箇所が霧のように散り、すぐに元に戻る。――まるで煙を撃っているようだ。


「――こ、これは……」


 よく見ると、黒犬の体の端々が、本当に煙のように揺らめいていた。その姿の特徴に、よく見覚えがある。


「――まるで、幽体……。レイン、と同じ……?」


 ――その時、黒犬の牙が半分ほどミリスに喉元に沈みこみ、真っ赤な血が流れ出る。


「そうか……。こいつ……、この犬は、もう……()()()()()のか……」


 ミリスが水弾で撃ちつらぬき、ファランクスが踏み殺した、そんな黒犬たちが今、幽体となって動きだしている、なんらかの力によって……、ミリスはそう悟った。



 ――グルル……。



 遠くで、ファランクスの岩をすり潰すような唸り声が聞こえた。体が凍りつくようなプレッシャーと殺気を深く感じ取った。


(……まさか、あいつが……。FRANが……? あり得ない……。人の能力であるプリムスを……FRANが、だなんて……)


 その時、ミリスの膝が崩れる。出血により、体力が失いつつあった。


「ミリス……! まだ……っ! まだ、抑えられるから……っ!」


 レインの目から涙があふれていた。


 必死に両手を握っているが、ひざが崩れ、首を傾け、今にも倒れそうな格好になっていた。息も絶え絶えだ。


(――レインの衰弱が目に見えてわかる。能力の使い過ぎだろう……)


 ミリスはわずかに首を回し、クラエルの様子を目の端で捉えると、さらに現れた複数の黒犬に囲まれているようだった。


「くそっ! ミリス! 耐えろよっ! ――ウラアアァ――ッ!」


 クラエルは体をひねり上げ、剣を振るう。しかし、黒犬は斬られた部分が煙のように霧散するだけで、すぐに形を取り戻した。


 複数の黒犬は飛び上がり、同時にクラエルの手足や肩に食らいついた。


「――うっ、こ、のヤロォ……っ!」


 次にクラエルは腕を振り回し、がむしゃらに爆炎を放った。爆発が近すぎて自身もやけどを負うが、構う様子はない。


 黒犬の胴体は吹き飛んだ。――が、依然、首だけになっても、クラエルに食らいついていた。そして、しばらくすると、煙が集まるようにして次第に胴体の形を取り戻す。


 ……何をしても、まるで手ごたえの片鱗も見られなかった。クラエルもそう悟ったのか、失意の表情に変わった。


 ――バチンッ。


 と、クラエルのプロテクトがオーバーヒートを起こす音が、かすかに聞こえた。


 ――それと同時に、クラエルは一斉に黒犬たちに襲われ、地面にひきずり倒された。黒犬は次々と覆うように襲いかかり、埋もれるようにクラエルの姿は見えなくなった。


(ク、クラエル……。視界がぼやける……。私も、もう……)


 ――ミリスにはもう、抵抗する力はなかった。気が付けば、喉元からの出血で全身が真っ赤だった。


 レインのおかげで首を噛み千切られるのを、かろうじて防いでいるが、……もう、もたないだろう。


「――ミリスっ! わたしどうすれば!」


 レインが震える声で叫ぶ。全身震えている。それでも、力の限り拳を握り、すがる目でまっすぐミリスを見据えていた。


「レイン……」


 そうつぶやくと、ミリスは指先をレインに向け、――最後の力で、水弾を放った。


 そして、それはレインのすぐ後方に留まり、ブラックホールを作り出した。レインは服の端が吸い込まれ、後方にずるずると、引きずられて下がっていく。


「――ミ、ミリスっ! どうして! だめぇっ!」


 レインは驚嘆し、叫ぶ。


 レインとの距離が離れるごとに、黒犬の力が増す。抑えつけた魂が徐々に解放されていく。


 すると、ミリスは力なく腕を下ろし、口を開く。


「……テオさんの……ところへ……。 あの人なら、あなたの()を聞いてくれる……」


「――ミリスっ! ミリス!」


「……ひとりに……なっちゃ、だめ、よ……レイン……」


 その言葉を最期に、ミリスの全身から力が失われた。


「――みり……すっ! あ、ああ……! まって……っ!」


 目の前は、もう真っ暗だった。


「いやっ! いやだっ! いやあああ! あああ――っ! だれ、かっ! た、たすけ……だすげて! ――イ、イヤ……」


 レインの叫びだけがかすかに聞こえる。



 ――――キャアアアアアアアアアアアアア――――!



 レインの悲痛な叫びが、ずっとずっと遠くへ、消え入った。








 ――ゴオオォ。



 ……なんの音? うるさくて、耳がいたい……。はやくミリスをたすけないと……。


 ……あつい……。なんで……なにも見えない。まっくらだ……。


 ――ミリス、ミリス、どこ!



「――ア、……ァ……ッ」



 ミリスのこえ! ……ううん、ちがう。


 まただ……。だれなの……? とてもつらそうで……。


 あなたは……。おおきな、からだ。――ひと、なの?


 まっくらなのに、どうして、あなただけ、みえるの……?



「――リ……ァ…」



 ゆめ、だ……いつもの……。どうすればいいの……。うごけない……。


 めをさまして、うごかないと……。



 ――ゴオオォ。



 ……あつい……。でも、すごく、さむい――。



「ア……ァ……」



 ――もうやめて! わたしにしゃべりかけないで! あくむを、みせないでっ!


 「レ……イン……」


 ――ミリスっ! 血がっ! ……あああ……。死んじゃ……。


 ――いやっ! いやっ! イヤ――――ッ!


 「ひとりに……なっちゃ……だめ」


 ……あああ、ああ……!


 ――もう……やめて――っ!


 あああ……あああああああ、あああぁぁぁぁぁぁああああ――っ!




 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ



 ――泣かないで――。



 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ



 ――そばにいるから――。



 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ



 ――ひとりに、しないから――。



 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ



 ……きおく……。


 くるしいよ……。もう、おもいださせないで――。


 ――きおく、なんて……。


 ――――きえちゃえ――――っ!


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