第十七話 塊
黒犬が一塊になるかのように身を寄せ、リベロは完全に身を隠した。
「くそっ! くそっ! 俺が死ぬわけにはいかねえっ! まだ、なにも成してねえ!俺には正義のもとにやるべきことがあるんだっ! こんなところで、死ねねえんだっ! くそがぁ……っ!」
黒犬の後ろで、自分に言って聞かすようにリベロはつぶやく。
「おい! 犬ども! はやくこのロープを噛み切れよっ!」
数匹の黒犬が、首のロープを噛みちぎろうとするが、中に鉄製のワイヤーが組み込まれており、苦戦していた。
――ドォンッ!
と、突如、爆発するような音が洞窟内に響きわたった。
次の瞬間、リベロの肩が何かに撃ち抜かれた。
「――ぐっ! な、にっ!」
強烈な一撃だった。リベロは驚愕した。何が起こったのか理解できなかった。プロテクトシンボルが作動音を鳴らし、肩にびりびりと鈍い痛みが広がる。
それと同時に、壁になっていた一匹の黒犬が地面にドサリ、と倒れた。
倒れた黒犬の体には、穴がぽっかりと空き、ドロドロとした血が流れ出していた。
――どうやら放たれたなにかは黒犬を貫通し、肩に命中したのがわかった。
「……あの女の弾丸か……? だが、なんだ、この威力は……っ! さっきまでとは違うっ!」
リベロは黒犬越しにミリスたちの姿が見ると、ハッ、として目を見開く。
――ミリスが数十発構えていた水弾は無くなり、代わりに一発の大きな水の弾丸を構えていた。
「う……。あの女! ショットガンはやめて、一発のでけえ弾に切り替えやがった……! あのやろおぉ……、こんなつえぇ威力の弾も出せるのかよぉ……っ! せっかく犬を下がらせたのによぉお!」
くやしさと怒りが混ざり合い、リベロの顔が歪む。
その対面でミリスはひざをつき、指先を伸ばし構えていた。そのそばにはクラエルの姿もあり、ミリスに何かを語りかけていた。
「――そうだ。ミリス。……〝ひねり〟だ。力や勢いだけにまかせて発射しても限界がある。俺が剣を振るう時も、全身をひねり上げて一気に解き放つことで、あの威力を生み出すんだ。弾も原理は同じだ。――ひねって飛ばせ。らせんを描くように、だ」
クラエルはそう言うと、人差し指をくるくると回して続ける。
「これはちょっとした知識だが……、ライフルなどの銃身にはらせん状の溝が刻まれているという。らせんを通った弾は回転し、空気抵抗や重力をはねのけ、容易に人の体を貫く威力を発揮するんだ。……それが実現できれば、お前のマグナム水弾が完成する。――そう、本物の弾丸のように」
ミリスは、通常の三倍ほどの大きさの水弾を構える。強力な凝縮で固まった水弾は沸騰し湯気が立っていた。そして――、
――ドオォ――ンッ!
と、ふたたび激しい爆発音を響かせ、リベロを囲う黒犬の壁に向かって撃ち出した。
射出されたマグナム弾は、黒犬を貫き、さらにその奥のリベロの腕を撃ち抜いた。
――バチンッ!
ついにリベロのプロテクトがオーバーヒートしたのか、腕から大きく出血した。
「ぎ、ああぁあぁあ――っ!」
リベロは腕を抑えて、叫ぶ。
――ミリスは確信した。水弾の新たな発展形を。威力の底上げを。
(これまで水弾は、弾の後方の一点だけ凝縮を解くことで、風船に針を刺したように射出していた……。だが、今度は、同時に弾の横っ面の一点も解き、横からの力を加えて弾に〝ひねり〟を与えた! 弾はきりもみに飛んでいき、あのライフル銃にも匹敵する力を、私でも!)
ミリスはふたたび水弾を生成しようとした、その時、
「守れぇ――っ! 俺に弾が届かないように、全員前に出ろぉ――っ!」
リベロが叫ぶ。それに応じて、黒犬は前後に重なるようにして壁になる。
「あいつ……、自分のために戦う黒犬を、ただの弾除けにしてやがる……」
クラエルはあきれるように眉をひそめて言った。
「リック!」
と、レインが呼びかけると、――ぴん、とロープを引っ張られる。
「――ウ、グっ!」
すると、首を絞めつけられたリベロが、黒犬の間から無理やり引っ張り出された。
リベロは片腕を撃たれ、体を支える力を失っていた。もう片方の手は気道を確保するためにロープを握らざるを得ない。足だけでは踏ん張れずに、あっけなくずるずると、引きずられていく。
「う、うぉおお――っ! 犬ども壁はもういい! 俺を支えろよっ!」
黒犬はあわててリベロの服を噛んで止める。――が、
リベロが前を仰ぎ見た時、ミリスが次のマグナム水弾を生成し終えて構えていた。
――狙いは当然、リベロの頭部。――そう本能で察した。
「あ……、あぁぁ……」
リベロの顔が蒼白になる。銃口を眉間に突きつけられたような恐怖に襲われ、全身が強張り、もう指先ひとつ動かせなくなっていた。
「……う、うう……」
そして、リベロは口を震わせて、涙を流し始めた。
「ゆ……ゆるして、くれ……。もう抵抗は、しない……。こ、ころさないで、くれ……」
ミリスはしばらく黙ってそれを見下ろしていたが、やがて口を開く。
「……なら、犬を下がらせて、両手を挙げながら、そのまま自分の足で、こっちへ来い!」
ミリスは水弾を構えながら言った。
「……わ、わかった……。わかった……!」
リベロは両手のひらを見せて、震える足でゆっくり立ち上がる。
ミリスはその動作を注意深く見守る。
――すると、その時、足元がわずかに揺れた。
「――ん? なんだ?」
隣でクラエルが口を開いた。何かに気付いたように顔を上げて、目を細めて遠くを見だした。
「ミリス! なにかくる!」
次いで、レインも声を上げた。
ミリスも、ハッ、として顔を上げた。
その時、リベロの後方から大きな黒い影が走ってきていた。
「なんだ……?」
ミリスがそうつぶやく間もなく、黒い影は跳躍して距離を詰め、リベロを覆うように着地した。――それは四つ足の巨大な獣の姿だった。
――ガァァアアアアア――ッ!
廃坑中に轟くような獣の咆哮に、ミリスたちは圧倒される。全身が痺れるような感覚を味わった。
「で、でかい……」
見た目は獅子のようだ。しかし、その巨大さは、廃坑の天井に届きそうなほどで、巨犬リックよりも何倍も大きく、いままで遭遇したFRANの比でもなかった。
FRANは通常、動物が進化した姿であるが、目の前のそれは、動物という範疇を大きく外れた様相である。まるでファンタジー小説のモンスターが出て来たかのような非現実さにめまいを起こす程だった。
「こいつは……、まさか、フューリファランクス……?」
と、クラエルはつぶやいた。
「ファランクス……?」
ミリスが聞き返すと、
「何かの本で見たことがある程度の知識しかねえが、……ファランクスの名の通り、普通のFRANが束になって襲ってくるような、えげつねえ強さだという。樹海や山奥にいるかいないかってレベルで、当然、こんな人里近くに現れるわけねえし、……それに、本の情報よりも、でかすぎるような……」
「あのリベロって男は、そんなのも操れるのか……?」
脈々とたぎる筋肉が、痛々しいほど盛り上がっている姿から、その力強さを容易に予想できる。剥き出しの牙は、どんなものでも嚙みちぎってやろうと言わんばかりに、地獄の千本針のように生え備わっていた。
ごくりと、生唾を飲み込むだ時、後ろからレインに袖を引っ張られた。
「ねえ、ミリス。な、なんか、おかしいよ……」
と、おそるおそる言った。
「おかしい?」
ミリスが問うと、レインは不安気な表情のまま、獣をまっすぐ見据えて口を開く。
「……色んな感情をね……、色んな魂を、感じるの……。体は一つなのに……。一つ一つの魂が、歪んで……、ねじ曲がってて……、ぐちゃぐちゃになってて……。混ざりあった絵具のような塊で、つぎはぎのように縫い付けられた、生きてる着ぐるみみたいに……」
レインは何かに取り憑かれたように、淡々と語る。
――ガァアアアアアア――ッ!
と、ふたたび咆哮とともに前足を振り下ろすと、リベロの首に繋がっていたロープが、爪でたやすく分断された。
「良し! いいぞ! いいタイミングで来てくれたなっ! ファランクス!」
と、リベロは見上げて言った。
ファランクスは、グルル……、とうなりを上げる。
「やっと俺の言うことを聞くようになってくれたか! ふはは! ――勝ったっ! お前こそ、俺の最終兵器! さあ! 好きに暴れろ! あいつらをぶちのめせっ! 誰にも俺には敵わないんだぞぉ――っ!」
――ガァアアア――ッ!
と、吼えながら、前足を振りあげ、――そばにいた黒犬に振り下ろした。
――グチャ。
と、潰された黒犬の血肉が飛び散った。
それを見て、リベロはぎょっとした顔をする。
「おい! それは味方だ! バカがっ! 倒すのは、あの人間! あいつらだよ!」
リベロは眉をひそめ、指を突き出して叫ぶ。
すると、ファランクスは大口をひらけ、下を向いた。――真下にいるリベロに向かって。
「あ?」
――グチャッ――。
一瞬の出来事だった。
ファランクスが口を閉じると、リベロの上半身は消えた。
残った足だけが音もなく倒れ、棒きれのように地面に転がった。
何事もなくファランクスは顔を上げると、その口から、ごりごり、と骨を嚙み潰す音を静かに立たせていた。




