第十六話 確実
四体の黒犬が驚異的な速度で駆ける中、それを覆いかぶさるように巨体が飛び掛かった。
――ガゥッ!
リックが吠えて跳躍し、二体の黒犬を両前足で押さえつける。
すると、黒犬も唸り声を上げ、狂ったようにもがいて抜け出そうとする。
「リックがんばってっ! 逃がしちゃダメっ!」
と、リックの背中に乗ったレインが叫ぶ。
そのさなかにも、残り二体の黒犬はミリスに向かっていった。
「――ミリスっ! きをつけて!」
そのレインの叫びとともに、黒犬は二体同時にミリスにとびかかった。
――ガチンッ。
と、ブレードと牙がぶつかる音が響いた。
ミリスはブレードを振り上げ、それを噛ませて受ける。
「――うっ!」
しかし、その力と勢いにブレードごと押し倒されそうになり、大きく体勢を崩した。
その時、もう一体の黒犬がその一瞬を突き、ミリスの肩口に食らいついた。
「うっ! ――あぁっ!」
ミリスは苦悶の叫びをあげるとともに、ブゥンッ、とプロテクトの作動音が響く。衝撃こそ緩和されたが、肩口に複数本の牙がめり込んでゆく感触を味わった。
「ミリスっ!」
レインが身を乗り出して叫ぶ。だが、リックは二体を抑えるのに手いっぱいのため、どうするべきか困惑するような表情を浮かべた。
一方、ミリスは倒れまいと懸命に耐えながら、指先を震わせて空中に水弾を固める。
「――はっ! それが弾丸の正体か! おい、その水の塊をさっさとつぶせえぇ――っ!」
リベロがそう声高に叫ぶと、黒犬は噛みつきながらも前足で水弾を、はたき落した。
「――くっ」
ミリスは眉をひそめ、歯を噛みしめた。
そうしているうちにも黒犬の牙が肩口に食い込みつつあり、もう片方ではブレードを引っ張られ、今にもひきずり倒されそうになっていた。
「く、そ……っ」
すると、ミリスは手で自身の腰のあたりをまさぐり始めた。
「――レイン! これを――っ!」
ミリスがベルトポーチを放り投げると、レインはそれを受け取った。
――それが、身動きが取れず、抵抗もできないミリスがとれるであろう、ぎりぎりの行動だった。
そして、ついに、ミリスは力負けし地面に倒されてしまった。
――クラエルは二匹の黒犬と格闘しながらミリスたちの動向を見ていた。
(くそっ、ミリスがやばいか……! しかし、なんだ? なぜ抵抗をやめてまでポーチを投げた。レインに治療でもさせるのか? ……それでなんとかなるのかっ? あの状況っ!)
クラエルにはミリスの行動が理解できなかった。だが、レインは何かを理解しているような顔つきに見えた。
(とはいえ、俺もやばい……っ! この犬どもをなんとかしねえと! このままではプロテクトの耐久を削られるだけだっ!)
「――わかったかっ! お前ら! 俺に勝てるわけねえんだよぉ! 王となる道は何人たりとも邪魔はさせないぞっ!」
リベロはそう叫ぶと、突然、息を切らして胸を抑えた。
この〈懐柔〉の能力がプリムスである以上、確実に体力は消耗しているのだろう。
「かはっ、はぁ、はあ……っ! お前らは死ぬまで犬と戯れてな。犬どもの餌にちょうどいいぜ。ははっ…! そのまま犬に食われてな……! はぁ、はぁ……っ!」
と、言って息を整えつつ、リベロは振り返って立ち去ろうとした。
「くそっ! てめえ! 逃げんじゃねえっ!」
クラエルが叫ぶが、リベロの歩みは止まらなかった。
クラエルは焦りと苛立ちで身を乗り出すが、黒犬に前方をふせがれる。
「――クラエル! いいんだ! ……よかったんだ。これで」
と、ミリスは言った。
地面にひざをつき、肩口に黒犬の牙が沈み、血がにじみ出ていた。――そんな状況なのに、異様なまでに静かな口調だった。
「なに……?」
ミリスの言葉に、クラエルは訝しげに返した。お前、何を言っているんだ、と問いかけようとした時、先にミリスが口を開く。
「立ち去ろうとしてくれたのが、よかった。……そう、〝確実〟のためには、背中を見せてくれたのが、よかったんだ……」
ミリスが言い終わると同時に、
「グ、ガッ……ッ!」
その声とともに、リベロはどさり、と地面にあおむけに倒れた。
そして、地面を引きずられ、ミリスたちのいる方向へ近づいてくる。
「なんだ、ありゃ!」
クラエルはリベロの姿を見て、思わず驚嘆の声を上げた。
――リベロの首には、わっかになったロープがすっぽりとはまり、締め上げられていた。
そのロープの伸びる先は、巨犬リックの首に繋がっていた。リックが頭を引くと、リベロは首を絞められたまま、ずるずると地面を引っ張られる。
すると、リベロはもがきながらロープに指を挟み、必死に呼吸を確保した。
「――ガハッ! ハァッ! ハァッ! なんだこりゃあぁ! なんでロープがっ! どこからっ! ……てめえ! なにしやがったあぁっ!」
リベロは倒れたまま、上空を仰ぎ見て、目を見開いた。――そこには、ふわりと、ただようなにかが……。
「……羽虫? いや、FRAN……っ!」
「虫でも、FRANでもねーよ、タァーコ!」
木の分霊、アウラが舌を出して返した。上から近づき、ロープをリベロの首にかけたのは紛れもなくこいつだろう……と、クラエルは悟った。
「うぅ……! また、わけのわからねえのが出てきやがった……っ! なんなんだ、こいつらは……! むちゃくちゃだ……っ!」
リベロは顔を歪ませながら言った。
すぐにリベロは上半身を起こし、それ以上引きずられないように抵抗する。しかし、リックの力に勝てず、じわじわとミリスたちとの距離が縮んでいく。
(……よし! このまま近寄せれば、リベロ本体をぶっ叩けるぞっ! ミリスの狙いはこれだったのか!)
クラエルがそう考え、待ち構えていると、
「――だからどうしたってんだぁあ――っ! お前らのプロテクトがぶっ壊れて、噛み千切られるのが先だろうがあぁっ!」
リベロは叫び、地面に爪を立て、身をよじり、なりふり構わない様子で引きずられまいと必死に耐える。
――ビシュッ!
その時、リベロの胸元に水弾が撃ち込まれた。
「うぐっ!」
ブゥゥン、とリベロのプロテクトシンボルの作動音が鳴る。戦闘に備えて、リベロもプロテクトシンボルを装備していたのだろう。
――バシュ!
ふたたび、水弾がリベロに左胸に命中する。
「グッ! て、てめえ……」
全身で引きずられるのを耐えるリベロには、飛んでくる水弾を避ける術がなかった。
――しかし、
「ミリスっ!」
レインが叫ぶ。
ミリスは水弾を放つために手をリベロに向かって伸ばす格好になっている。そのため、黒犬を抑えることができずに、二匹の黒犬に首元と脇腹に噛みつかれていた。
プロテクトが牙の圧に耐えきれず、皮膚から血が流れ出す。
「――おい! ミリス! 犬を抑えろっ! お前が死ぬぞっ!」
クラエルもその状況を見て叫んだ。
――ビシュッ!
それでもミリスは次なる水弾を射出する。
リベロの方も、撃たれるたびに徐々にプロテクトが薄れていっているのか、のけぞりが大きくなりつつあった。
――ビッ!
次の水弾はリベロのひたいに命中し、わずかに血が飛んだ。
「……こ、このヤロォォォオ――ッ! 急所ばかり狙ってやがるな! クソがぁあッ!」
――プロテクトが切れる時、命に関わるのは両者同じであった。
「そんなに死にてえかぁっ! イカれヤロォオ――ッ! おい、犬! トロトロしてんじゃねぇ――っ! さっさと、そいつを食い殺せぇえ――ッ!」
と、リベロが叫ぶと、
――バチンッ
ミリスのプロテクトが許容範囲を超えて、オーバーヒートする音が響いた。――もうミリスの体を守るは何もない。
牙がミリスの首と腹を貫く――その寸前、
「んんんんん――っ!」
レインが遠隔で、黒犬の魂を握りしめた。
両手で一体ずつ。にぎりしめた手が真っ赤になるほど全力で。
黒犬は後ろに引っ張られるようにして動きを止めた。しかし、レインの力ではそう長くはもたないだろう。
――だが、それで十分だった。
「ありがとう……レイン。そして、とどめ……だ」
ミリスは手の周りに数十発の水弾を生成し、リベロに向ける。
「ショットガン、だ。――全弾、お前の急所を狙っているぞ……っ」
ミリスは息を吐ききるように低い声を上げた。
リベロの顔面は青くなった。あれが放たれれば、プロテクトは耐えきれず、命はない……そう悟ったのだろう。
「う、く、ちくしょぉおお――ッ! 犬ども、俺を守りやがれぇ――ッ!」
――その叫びと同時に、六匹すべての黒犬が踵を返してリベロのもとに帰っていき、ミリスたちは皆、解放された。
そして、黒犬たちはリベロを囲いこむように壁になって立ちふさがった。




