第十五話 使役
クラエルは階段を一気に駆け上り、その先にいるリベロの眼前まで距離を詰めた。同時に振り上げたサーベルがリベロの鼻先寸前に到達する。
「さすが速いな、クラエル。振動の刺激で筋力を増大しているんだな……」
リベロはその場から動くことなくつぶやいた。――その瞬間、クラエルのサーベルが弾き返された。
「――なにっ!」
リベロをかばうように出て来たのはノーコアデドルだった。先ほど戦闘したばかりの獣人型FRANの別の個体。
デドルは、その手にもった粗雑な棍棒を力まかせに振り上げ、サーベルを弾きあげたのだ。
クラエルは弾かれた衝撃で大きくのけ反ってしまう。階段から落ちそうになったが、すんでのところで踏みとどまった。
「デドルは頭が良い。俺の言うまま、忠実なんだ」
と、リベロは言いながらゆっくりと後ろに下がっていく。
(……これがFRANを使役するプリムスの力、か)
クラエルはノーコアデドルと対峙し、その姿を見据える。
――その目に光はなかった。両腕をだらりと垂らして力なく立っている。リベロが命令すると、ためらいもなく棍棒を振るってきた。まるで操られた人形のように、意思なく動いているようだった。
(まるで洗脳や催眠にでもかかっているようだ)
デドルは無心に大振りの攻撃を繰り返すが、クラエルは素早く身をひるがえし、それをいなしていく。そして、避けた勢いのままサーベルを振り回した。
「――だが、この程度で俺は止められねえぞっ! リベロッ!」
横一線。デドルの腹を斬り裂き、押し返す。
そして、すかさず体を回し、サーベルの柄を叩きつけ爆発を起こした。
――バンッ!
と、破裂音とともに、デドルは火に包まれ勢いよく吹き飛んだ。
後ろに退きつつあったリベロが驚いて振り向き、それを寸前のところで避ける。
「おっかないなクラエル。たいした威力だ」
と、リベロは冷静な口調で言う。
――瞬間、クラエルはふたたび距離を詰める。今度も確実にサーベルの射程内にリベロをとらえた。
その時、
――ガクンッ。
と、突然クラエルの膝が折れ、後方に倒れそうになる。
「――っ!」
「おっと、油断するなよ。俺の自慢の眷属が我慢できずに飛び出ちまったぜ」
クラエルが剣を振るおうと腕を伸ばした瞬間のことだった。死角から飛び出てきた大きく黒い物体が、その腕に食らいつき、クラエルはその力と勢いにひきずり倒されそうになったのだ。
「――なんだっ! イヌ……っ?」
黒い物体の正体は大型の犬だった。さっきのデドルとは違い、まっとうな四足歩行の犬の姿である。
――しなやかな肢体かつ、隆々とした筋肉に包まれた胴体。耳はピンと縦に立った通常の大型犬の姿。しかし、その力は――。
クラエルのプロテクトシンボルからブゥン、と作動音がかき鳴る。
かろうじて牙が腕を貫くのを防ぐが、その牙に挟まれる圧は生半可なものではなかった。
(なんだこの力はっ! こいつもFRANなのか――っ!)
クラエルは地面に倒れてしまう前に、とっさに黒犬を蹴り上げて振り払う。
「一匹じゃねぇぞ。――おら! いけよっ!」
リベロが声を上げると、さらに一匹、二匹と、背後から黒い影が飛び出してきた。
――すべて同様の黒犬だった。どれも筋骨隆々かつ、獰猛さがうかがえる。
最初の黒犬と合わせて三匹の黒犬は一斉にクラエルに飛び掛かった。各々が牙や爪を剥き出しにしている。
――ガシンッ!
クラエルはサーベルを前にしてそれらを受け止めた。
「――うっ!」
――が、力負けし、サーベルごと突き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
当然、黒犬の勢いは止まらず、クラエルの上に覆いかぶさった。
サーベルで防いでいるものの、三匹分の力はまるで押し返すことができず、起き上がることもできなかった。
「くく……っ! ものの違いだ。クラエル。これが俺の、今の力……!」
リベロは地面に倒れたクラエルを見下ろしながら言う。
「……ハンッ! お前の真の能力ってのは、犬のブリーダーにでもなることか?」
クラエルは犬の力に耐えながらも鼻で笑って返した。
すると、リベロは蔑むような表情をし、口を開く。
「……わかっていると思うが、そいつはただの犬じゃねえ。FRANの遺伝子を組み込んだ改造生物。俺専用の武器であり、俺の手足、だ」
「か、改造? 遺伝子……? なんでお前がそんなこと……」
その時、ガクン、とサーベルが下がった。ついにクラエルは力負けし、黒犬の牙がその身に到達しそうになる。
――バシュン。
と、音とともに、一匹の黒犬がクラエルの上から飛び退いた。
「クラエル! 大丈夫か!」
ミリスが声を上げた。駆けつけたミリスが水弾を射出し、黒犬を貫いた。
――ビッ!
ミリスは狙いをつけ、残り黒犬も撃ち抜いていく。
だが、撃たれても黒犬たちはかまわず、ふたたびクラエルを襲い掛かろうとしてきた。
クラエルはすかさず立ち上がり、
「オォラ――ッ!」
逆手に持ったサーベルの柄を振り回し、空気との振動摩擦による爆炎を放つ。
クラエルは、とにかく黒犬を追い払おうとした。
――しかし、黒犬たちは爆炎の中、立ち止まることもなく飛び込んできた。
体が焼けたり、耳がちぎれとんでも、ひるむことすらなかった。
その光景に、クラエルは驚きというよりも、ゾッ、とした。
(――クソッ! こいつら、恐れも痛みもクソもねえ! やはり、あやつり人形のように、ただ無心に向かってきてやがるっ!)
「クラエル! 下がれ! そこだと、犬に取り囲まれるぞっ!」
ミリスの叫びとともに、水弾が放たれ、飛び掛かる黒犬が撃ち落された。
「――くっ」
クラエルは口惜しさがあったが、一度下がることにした。
「犬は、私が撃ち抜くっ!」
ミリスは指先に次なる水弾を生成する。
「――鬱陶しいぞ! 女っ!」
リベロが怒りの形相で叫び、腕を振りあげた。
――すると、ミリスの足元に風が吹き抜けた。瞬間、ミリスの足から血が飛び、バランスを崩して地面に膝をついた。
「うっ、この風は……っ!」
と、険しい顔でミリスは言う。
風の通った先に見ると、そこにはネズミ型FRAN、フォートペスティが二匹見えた。この廃坑で最初に戦ったFRANと同種のものだ。
「ペスティも使役しているのか、あの男……!」
と、言って、ミリスはすぐに体勢を戻し、ブレードを構えた。
「――ミリス! あのブラックホールで捕まえて! リックでやっつけるからっ!」
「わかった! レイン!」
そう言葉を交わすと、ミリスはペスティに向かって駆けだした。それに反応し、二匹のペスティもミリスに向かって爪を構えて飛び出した。
――ビシッ!
ミリスは腕を切らせ、その相討ちで凝縮のブラックホールに二匹を吸い固めた。今回はプロテクトに作動により、ミリスのケガはすこしの出血で済んでいた。
「いまだ! レイン!」
と、叫ぶと、間髪入れず巨犬リックが姿を現し、その巨大な手で二匹のペスティをまとめて押しつぶした。
「――なんだっ!? てめえもFRANを使役できるのかっ! というか、どこからそんなデケぇ犬、出て来たやがった!」
遠巻きに見ていたリベロが驚きの声を上げた。
「リックはFRANじゃないよ!」
と、レインが訂正したが、リベロの耳には届いていないようだった。
「くそ、あの女……、危険だな」
レインの姿が見えない以上、リックの出現はミリスの能力だと考えに至ったのだろう。リベロはミリスへの警戒を強めたようだった。
そして、ミリスを指をさし、
「いけっ! 先にあいつをぶち殺せっ!」
すると、クラエルに対峙していた3匹の黒犬はターゲットを切り替え、ミリスに向かって駆けだした。
そして、さらに、もう3匹の黒犬がリベロの背後から現れ、その後を追う。
――計6匹の黒犬が、一斉にミリス目掛けて駆けていった。
「まだいやがったのか……! 無尽蔵にFRANを使えるのか、コイツっ」
と、クラエルは怪訝な顔でつぶやくと、すぐに黒犬に向かって飛び出した。
「――させるかぁっ!」
一匹の黒犬をサーベルで押さえつけた。黒犬は暴れ狂うが、クラエルの渾身で叩き伏す。
「ちっ、余計なことを……。てめえも死ねっ! クラエルっ!」
リベロが叫んだ。すると、駆ける黒犬の一匹が反応し、急転換してクラエルに飛びかかった。そして、牙を剥き出しにして、肩に噛みついた。
「――うぐ、おおぉっ!」
クラエルは歯を食いしばり、その衝撃に耐える。肩口から血がにじんだ。
片手で一匹を抑えながら、腕を振るい振り払おうとするが、食らいついた牙が離れない。
そうしているうちに、残り四匹の黒犬がミリスの前まで到達していた。
「くそっ、あの数はまずい……! ――ミリス! 狙いはお前だっ! 避けろ! 力では勝てないぞっ!」
横並びに向かってくる黒犬に対し、ミリスは階段を背に追い詰められる状況となっていた――。




