第十四話 選別
ミリスたちは炭鉱の坑内図を頼りに進んでいく。クラエルが先頭に立ち、足早に歩いていた。
「そういえば、プロテクト……なんとかはもう大丈夫なの?」
と、レインは尋ねた。
「うん。もう作動させてる。時間を置くと自然と排熱されるから」
ミリスは胸のプロテクトシンボルに触れて言う。
橋からの落下の衝撃で熱がこもっていたが、すっかり冷却され、正常に作動していた。
そこで、ミリスの体にはこの坑道内で刻まれた傷を見る。
(熱暴走しないようにプロテクトの機能をほとんど制限していたが、この程度の傷で済んでよかったな)
ミリスはそう思いつつ歩みを進めていく。
「あったぞ! 階段だ!」
前を歩くクラエルが指をさして声を上げた。
「やっとこの怖いところから出られるね」
レインは吐息をもらしつつ安堵の声を出した。
ミリスもクラエルに続いて階段にさしかかる。
数段のぼったところで、突如クラエルがぴたりと動きを止めた。
体をかたむけて階段の上に目をやると、そこには――ひとりの男。
ミリスにはそれが誰かはわからなかった。しかし、クラエルは体を強張らせ、全身から緊張感を放っているのをひしりと感じた。
「……FRANどもが警戒しているから、なんだと思ったが……、お前か。クラエル……」
その男はぽつりと言った。低く小さな声だったが、坑道内に響き、嫌に耳を突いた。
数秒の沈黙を挟むと、クラエルは目が覚めたように男を仰ぎ見て、一歩踏み出す。
「――リベロ! シスターたちはどこだっ!」
クラエルの険しい声が響く。男の名前だろうか。ならばこの男が……犯人。
「……FRANに運ばせている。それ以上近寄るなよ、クラエル。黙って消えてくれ。シスターたちには危害を加えない」
「そういくわけねえだろうが! なぜ教会を襲った! ワケを話せっ! 気に食わねえことがあったんなら聞いてやる!」
「……話して何になるというんだ」
男は首を振りながら静かに答える。クラエルはもう一歩踏み込んで口を開く。
「――今ならまだ間に合う! 誰も傷つけていないのなら罪は軽い。 いますぐシスターたちを解放して帰ってこい!」
すると、男はふぅ、と一つ、ため息をついた。
「間に合うもなにも……まだ始まってもねえんだよ。――まもなく、街はFRANどもで満たされる。街の人間たちに裁きを下すのだ。これからなんだよ、クラエル。俺の目的は」
クラエルは目を見開いて、あ然とした。そして、眉をひそめて口を開く。
「なっ……、なんだそれはっ! なんでだ! 街の人に何の罪があるっ!」
それを聞くと男はフフ、と乾いた笑いを漏らした。
「教会の孤児だった頃だ……クラエル」
と、男が語り掛ける。
「俺たちは本当に貧しい思いをしたよなあ。……なのに、私腹を肥やす商人や領主どもは何もしねえ……。誰も分け与えることも、手を差し伸べることもなく。――いいか! 俺はチャンスを得たんだ。正義のもとにそんなクソどもを断罪し、世界で飢えにあえぐ孤児たちを救うチャンスをっ!」
男はそう叫ぶと、クラエルの顔が歪む。そしてすぐに怒りや嫌悪の表情に変わった。
「お前……何を言ってるんだ。イカれちまったのか? そんなことで街の人間を襲ってどうなるってんだ」
「力を示すんだよ! クラエル! ――この〈懐柔〉のプリムスならできる! どんなFRANでも俺の言うがままなんだぜ! 人間の最強の天敵、FRANを! そして、俺がお偉い人間の代わりに民を統治する! ――王だよ! 王になるんだよおっ!」
「王……だと? むちゃくちゃだ……。それに、〈懐柔〉……? お前の能力はそんなんじゃあ……」
「――ああ! そうだ! 俺は戦闘もできない能力の弱者だった! だが、目覚めたんだ! これは真の力ってやつらしいんだ! 俺の本来のパワーだ!」
男は、次第にまくし立てるように語る。言い終わると、一人、高笑いを始めた。
「ちょっと……あんたの友達、どうなってんの。あれが普通の人間だっていうの?」
後ろからミリスがささやくように言う。
「違う。人が変わってる。目覚めただのなんだの、何があったかわからんが、冷静ではないのは確かだ。なんであれ、止めねえと……」
と、言ってクラエルは頭を抱えたが、すぐにふたたび男の方を向いて睨みつけた。
「お前は間違ってるぜ。リベロ。……さっき誰も俺たちを助けなかったと言ったが、そんなことはねえ。支援してくれた人だっている。まさにお前が襲おうとしている街の中に、だ。そいつらまで襲ってしまおうってのはおかしいんじゃあねえか?」
と、あくまで冷静に、諭すように一言ずつ確かめるように語った。
「あんななけなしのお布施でなんになる! ひもじい思いをしてきたのはあいつらがケチったせいもあるだろ! ――同罪だ! 罪の重い軽いも正すべき対象だ!」
「ふざけるなっ! ――ひと欠片のパンだって恩がある! 街の人達のお布施で、俺達は育ったんだ! 身寄りがなく路頭に飢えていたはずだった俺達が、人らしく生きてこれたんだ! その人たちのおかげだと思えねえのか!」
「パンを与えてくれたのは! ひもじくも子どもたちに分け与えてくれたシスターたちだ! そして、その金は慈善事業に対する当然の対価だ! ――もっとも、そんなもん、割に合ってるわけがないがな!」
「ちっ! 落ち着きやがれ、この野郎っ! 貧しいのは教会だけじゃねえ! 分け与えたくてもできない人間なんて腐るほどいるだろ! つらい中でも身を削ってお布施してくれた人もいる! ――お前は今! FRANを使ってそんな人も殺そうしているんだぞ! それが死ななきゃいけない罪とでも言うのか! 何が王だっ! お前はそのわけのわからない力に溺れてるだけだろっ!」
それを聞くと、男は肩の力を抜いた。こちらに冷ややか目を向けていた。
「クラエル……俺は今、正しいことをしている。誰かがやらなければならないことだ。――誰もが分けへだてなく暮らせる世界には、粛清が必要なんだよ」
その傲慢かつ傍若無人な態度に、クラエルは言葉を失った、もはや、諦めの表情だった。
「……だったら、教会の人間を襲う理由はなんだ。お前の言い分の中でも、シスターたちには間違いなく恩があるだろ」
「当然だ。教会の人間を連れ出したのは、まずは避難させるためだ。街を襲うにしても、FRANは人の区別なんかしないからな……なのに、みんなFRANを見て騒ぎ立てやがって。こうも面倒なことに……」
男が淡々と言うと、クラエルはぴくりとまぶたを震わせた。
「……おい。なら、どうしてガキどもや他の修道士たちも連れていかねえ」
「警官隊どもに囲まれてるあの状況で、連れていける人数にゃあ限界がある。全員救うに越したことはないが、……ある程度の犠牲も必要だと踏み切った」
男が言い終えた直後、クラエルは全身をこわばらせ、目に見えるほどの怒気を放った。
「――なんの権利があって! 人の命の選別してやがるんだあっ、テメェエ――――っ!」
クラエルは叫びとともに、前へ飛び出した。
「動くんじゃあねえ――っ! クラエル、お前も慈悲の対象だ! ――だが、余計なことをするなら――殺すぞっ!」
「やってみろ、クソヤロォ――ッ!」
クラエルはサーベルを抜刀するとともに男に振りかぶった。




