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第十三話 葛藤

 

「ライトは生きているみたいだ。これで明かりは大丈夫そう」


 ミリスは手に取った懐中電灯を何度か点滅させて言った。物置の小部屋内がチカチカと明かりが揺れた。


 罠によって傷ついた手首はテーピングで応急処置がされていた。


「もう一つないかな……」


 と、言って、続けて棚の上をかき分けて探り始めた。


「罠に気を付けてね、ミリス」


 と、後ろからレインが心配そうに言う。


「うん、わかってる。なにが仕掛けてあるかわかったもんじゃないからね」


 しばらく棚を探っていると、


「あ、坑道内の地図っぽいの、あった」と、色あせた紙を取って言った。


 ミリスは地図を広げ、紙面上を指でたどって現在地を見つける。


「……えーと、ここから上に戻るには……。あった。階段がある!」


「こっちにも一つ、ライトあったぞ。地図も見つかったなら、さっさとこんな場所からは、おさらばだな」


 と、クラエルは声を掛けた。


「古いところなのにライトの電池、残ってるんだね」


 と、レインは横から言う。


「数年前までは、この廃坑に管理が入っていたから、そのなごりだろうな。FRANが棲みついてからは、この様だが」


 と、クラエルは手にもったライトを点滅させながら答えた。


「まって。まだ使えそうなものあるかも。道中何があるかわからないし」


 と、未だに棚をまさぐりながらミリスが言った。


「がめついな……。必要なもんは揃っただろ?」


「いいでしょ! 緊急事態なんだから」


「なんでもいいが、早くしてくれよ。人質の安否がかかってるんだぞ」


「わかってる。でも、私たちが倒れたら元も子もないでしょ」


 クラエルはため息をついて、先んじて小部屋を出た。


 そして、岩肌の天井をみつめ、思いにふけるように目を細めた。


「メイアさん……」


 クラエルの口から、わずかにつぶやきが漏れた。


「それって、あのシスターさんの名前?」


 と、後ろからレインが言う。


「え、いや!」


 クラエルはハッ、と振り向いて口を歪ませた。後ろからついてくるレインの存在に全く気が付いていなかった。


「クラエルさんが一番心配してる人なんだね」


「ちが……!」


 クラエルが首を振って否定しようとすると、


「え? でも、今、クラエルさんの魂は心配そうで、そして、せつなそうで……」


「わあ――っ! 何いってんだぁ!」


 と、クラエルは前のめりになって声を上げた。


「えっ」


 レインはその大声に思わず、目を丸くして身を引いた。


 クラエルはハッ、として口に手を当てる。


「……あ、いや。大きな声だしてすまん」


 レインは感情を読んだだけで、からかうつもりはなく、純粋な気持ちで言っていた。


 クラエルは咳払いを挟んで続ける。


「連れ去られた修道士やシスターたちが心配なのは当然だろう? だから、こうして必死に追ってきてるんだから、な」


 と、諭すように言った。


「うん……。そうだよね。みんな心配だもんね。ごめんなさい」


 レインは目を伏して言う。


「いや、謝るほどのことじゃないさ」


 と、言って、クラエルは安堵の表情を浮かべた。


「でもね、メイアさんのことになると、特に魂が揺らめてて……、きっと特別な気持ち、なんじゃないかって……」


「うわああああああああ――――っ!」


「……っ!」


 レインは言葉をさえぎられ、ふたたびびくりと身を引いた。


「と、いうか、教会で恋愛はだめでしょ」


 と、言いながらミリスは、治療具やロープ類、ライトのバッテリーなどをいくつかをベルトポーチに詰めながら出て来た。


 クラエルは言葉にならぬ声で何かを否定していたが、ミリスは構わず続ける。


「それより、静かにして。FRANが来たらどうすんの」


 と、言って、二人の脇を通り過ぎる。


「ごめんなさい。なんか怒らせちゃったみたいで……」


 レインはクラエルに向かってしょんぼりとした様子で言った。


 本当に純粋な気持ちで言っているのか怪しいところだが、クラエルは気を取り直して、


「いや、いいんだ。……だが、この話は終わりだ。いいな?」


 と、指を突き出してとがめるように言った。


 二人の会話をよそにミリスがなにかに注目するように立ち止まった。


「あれ? これって……。この首のやつって、クラエル、あんたんとこの教会のロザリオじゃない?」


 ミリスは、さきほど大きく吹き飛ばされた獣人型FRAN、ノーコアデドルの亡骸を見て言う。


「なに?」


 クラエルはすぐさま駆けつけて確認する。


 そして、デドルの首にかかっていたロザリオをつまみ上げて裏側を見た。


「これは、あいつのだ……」


「アイツって?」


 と、ミリスは首をかしげて返す。


「……今、俺たちが追っている、犯人だよ。裏にイニシャルが刻まれている。間違いない」


 と、淡々と言う。


「えぇ?」


 ミリスは眉をひそめ、口をゆがませた。


「と、いうと、犯人は教会に通っていた人物だったの? いや、それよりも、クラエル、あんた、犯人のこと、何か知っているの?」


「知っている……どころか、……同じ教会に勤めていた仲……いや、それ以上か。もともとは教会の孤児院育ちでガキの頃から知っているやつだ」


「はあ?」


 ミリスは思わずあんぐりと大口を開けて言った。


「幼馴染ってことじゃないか! なんでそんな大事なこと言わないんだ!」


 と、今度は口をとがらせて言った。


「大事って別にお前らには関係ないことだろう。誰が犯人でも」


「そんなことないし……! あ、じゃあ、犯人にとって連れ去ったシスターたちもみんな知り合いなんじゃないか!」


「まあ、そうだな」


 クラエルはそう言うと、何事もなく歩き出した。


「ちょっとまって! 犯人は教会の孤児だったんでしょ? どうして家族のような教会の人たちを傷つけるようなことするんだ!」


 と、ミリスは追いながら問いつめる。


「知るかっ! だから、なおさら許せねえんだ!」


 クラエルはふりむくことなく、ぶっきらぼうに答えた。


(クラエルの激しい怒りは、犯人のことをよく知る人物だからこそだったのか)


 クラエルがここまで追跡に強行しているのは、当然シスターへの心配もあってのことだろうけど、どこか犯人への複雑な事情も含まれているのかもしれない、とミリスはクラエルの心中をすこしだけ察したような気がした。


「どういう人だったの?」


 と、レインはぽつりと言った。


 クラエルは少しの間をおいて静かに口を開く。


「どういうって言ってもな。普通、というか。俺が知ってる限りでは、親が亡くなったとかで教会の孤児院に引き取られて、働ける歳になったら修道士として勤めていたが、しばらくしたら、やりたい仕事があるだとかで別の街へ行って。それだけだ。……特に何事もなく」


「教会を離れてからはどうだったの?」


 と、ミリスは言う。


「最初の頃はたまにお布施しに帰ってきたりしてたが、いつの間にか顔を見る機会もなくなって。……それっきりだな」


「教会に恨みをもつようなことはなかったの?」


「俺に思い当たることはねえな。まあ、あいつが何をどう思ってるのか、俺には知る由もねえが」


「……なんか他人事だね。一緒に育ったんなら仲良かったんじゃないの?」


 ミリスがそう言うと、クラエルは少し沈黙した。


「べつに……。孤児院のガキのなかの一人ってだけだ。特段なんてことはない」


 と、クラエルは指で眉をなぞりながら言った。


「なんてことってこと、ないよ」


 と、レインの透き通るような声が耳を抜けた。


 その声にクラエルはハッ、として顔を向ける。


「ミリスも言ってたよね。教会の人たちはみんな、家族みたいなものだって。クラエルさんもきっとそうなはず。だから、そんなに感情が揺れ動くんだもん」


「う……」


 クラエルはとっさに胸のあたりに手をあてた。レインの目から何かを隠すように。


 しかし、そんなことは意味のないことだとわかってか、すぐに手を下ろした。


 クラエルは諦めたように、伏し目がちにして口を開く。


「許せない怒りもあれば、失望――悲しみの怒りもあるさ。家族だからこそ、けじめをつける必要もあるだろう。……当然、いますぐにでもあの野郎を殴りつけたいさ。シスターたちのためにも、ぶっ倒してでもあいつを止めたい。……だが、問いつめて、理由を知って、そのうえで正したいって気持ちも、俺の中にはあるのかもしれないな」


 ――葛藤なのだろうか。


 家族同然の人間が、教会の人を襲うなんて絶対に許せないことをしでかしたのだ。クラエルにとって、ただぶん殴って警察につきだせばそれで終わり、ってことではない、か。


 ミリスはそう思いをはせながら歩を進めていく。


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