第十二話 星
「ノーコアデドルに気をつけろ」
「ん? 何?」
と、言ってミリスは振り向いた。
「――って書いてあるの。ほら、ここ」
レインは壁に貼られたボロボロの張り紙を指さして言った。
「デドルか。やっかいなのが入り込んでいるみたいだな」
と、クラエルが横から張り紙を覗き込んで言った。
「それってなんなの?」
ミリスは首をかしげる。
「二足歩行の狼のようなFRANで、瞬発力や筋力は人間をはるかに超越しているらしい。それだけじゃなく、特に危険なのが発達しつつある知能だ。聞くところによると武器や防具なんかを自ら作り出して身につけているんだとか」
「クラエルは実際に戦ったことはないの?」
「ああ。話で聞いただけだ。基本的には人里に降りてくることはほとんどなくて、森の奥に、小規模だが集落みたいなものの形成して潜んでると言われている。……だが、この廃坑に出没するってことは、何かしらの狩りや採取のために遠征してくるのかもしれないな」
「ねえ。……それって、FRANが村を作ってるってこと?」
と、レインがまっすぐした目で尋ねた。
「ん? ああ。そういうことになるな」
「ふぅん。FRANもなんだか人間みたい」
「だけど、人間の命を奪う敵であることは何も変わらないよ」
ミリスはレインの言葉を斬るように言った。
「う、うん……」
レインはたどたどしくうなづいて返した。
「おい、向こうに物置っぽいのがあるぞ」
と、クラエルは目線の先を指して言った。
そこには土壁に囲まれた小部屋があった。中は五、六段の大きな棚がいくつも並んでいる。棚にはそれぞれ工具類が雑多に置かれていた。地面にもいくつか転がり、寂れた雰囲気を醸し出す。
「なんか明かりになるものがあるかもしれん。人数分のライトをもっておいたほうが安心だろう」
そう言ってクラエルは小部屋にむかっていく。
「そうだね。それに、坑道内のマップなんかもあるかもしれない」
と、言ってミリスも続く。
近づいて気付いたのだが、そこは小部屋というより、土砂で道が崩れてふさがり、結果的に閉鎖的な場所になっていただけのようだった。
「さっきも簡単に天井が崩れたし、ここではあんまり派手なことはしないほうがいいな」
と、ミリスは不安気につぶやいた。
クラエルはさっそく手当たり次第に棚をさぐりはじめた。大雑把に探すものだから、ぽろぽろと工具類が地面に転がっていく。
「クラエル、もっと丁寧に探しなよ。ライト以外にも使える物あるかもしれないんだから」
と、クラエルをとがめながら小部屋の中を見渡す。
すると、奥の棚にぽつんと置かれた懐中電灯らしいものを見つけた。目線の高さにあったのですぐに目についた。
「なんだ、あるじゃん」
と、簡単に見つけたことに呆気をとられつつ、ミリスは奥まで進む。
「クラエル、明かりは一個見つかったよ」
と、言いながらその懐中電灯を手にとった。
――バチンッ!
と、その時、金属がはじかれるような音に耳をつんざいた
ミリスは一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
直後、ミリスの伸ばした腕に激痛が走る。
「ヴ、アアァア――――ッ!」
「ミリスっ!」
ミリスの叫びとレインの呼びかける声。二人の悲鳴にあわててクラエルは駆け寄った。
「どうしたっ!」
ミリスは苦悶の表情で、冷や汗を浮かばせていた。
ミリスの腕には鉄製のわっかのようなものが食いつき、肉をえぐるように締めついていた。
「ミリスっ! なにこれ! 大丈夫っ?」
レインがあわてて腕を支えるが、どうすればわからないといった様子でうろたえる。
「これは……狩猟罠……か?」
と、クラエルは言った。頑丈な鉄でがっちりと食い込み、とても素手では緩ませることはできそうになかった。
暗がりのためほとんど見えなかったが、よく見ると懐中電灯の下に装置らしきものが仕掛けられていたのがわかった。
「動物が踏んだりして作動するトラップか……? このライトを持ち上げた時に作動するように設置してあったみたいだが、なんでこんなところに……」
クラエルは不審な顔をしてつぶやいた。
「とにかく、俺の剣で輪を斬る。じっとしてろ」
と、剣を取り出そうとした――その時、
――ガサッ。
背後から物音と――殺気。
瞬時に振り向くと、小部屋の入り口にケモノの顔をした存在が二足で立ちふさがっていた。
背を曲げているが、背丈はクラエルと同等。顔も体も毛で覆われているが、肩や胸に鉄板を無骨にくくりつけていた。手には武器と思われる木の棍棒。
「ノーコアデドル……!」
クラエルは歯を噛みしめ、険しい顔に変えてつぶやいた。そして、すぐに剣を抜き、ノーコアデドルに向かって構えた。
「まるで、待ち構えてましたってタイミングだな、おい……。まさかこの罠はこいつのせいか。人が仕掛けたものを拾って流用でもしてんのかよ」
FRANのケモノらしからぬ知能に、クラエルは眉を強くひそめる。
目の前のノーコアデドルはグルル、とよだれを垂らし、歯をきしませてこちらを睨みつけている。それは、まさに野生そのもの。そのなりから想像できないほどかけ離れた知能に悪寒すら走る。
「……そうか。これは対人間用トラップか。はっ、狩りの目的は俺ら人間だったってわけか」
クラエルは乾いた笑いすら出た。
〈人間は危険な場所に迷い込んだ時、まず何か道具を求める。特に、明かりを確保しようっていうのが人の習性みたいなものだ。それを狙いすましたかのようなピンポイントなトラップ。――ノーコアデドル……FRANが、まさか、人間を出し抜くほどの知能があるとはな……)
クラエルとノーコアデドルは眼光ひからせ睨み合う。互いに出方をうかがうかのようだった。
次の瞬間、デドルは小さく唸った。そして、様子見は済んだとでもいうように地面の土を踏みしめ――跳躍。
クラエルは一瞬のうちに距離を詰められた。同時にデドルは棍棒を腕の可動域限界まで振り上げて今にも叩き落そうとしていた。
それほどの大きな動作、明らかな大振り、クラエルに見えないわけはなかった。
――だが、避けることはできない。後ろには手を捕られ身動きできないミリスがいる。それを想定したかのような豪快な跳躍と振りかぶりにも思えた。
クラエルはその場から動かず、サーベルをくるりと軽快に回し、逆手に持った。そして、
「――舐めるなァ――っ!」
クラエルの叫び。デドルのまるで勝ち誇ったような無警戒な動きに、憤りを覚えたのだ。
振り落とされた棍棒に合わせて、サーベルの鉄甲部分をぶつけた。
――バチンッ!
と、盛大な衝撃音が小部屋に響きわたった。そして、その衝撃から生まれた摩擦から、
――バグゥン――ッ!
火打ち石をこすり合わせて火を起こしたように、爆炎が放たれた。その威力は――まさに爆撃。
棍棒は弾かれ、デドルもたまらず体ごと吹き飛ばされた。
「うわっ――!」
その爆発の勢いに後ろにいたミリスとレインものけぞった。
「伏せていろっ! 鉄甲を〈振動〉させ、空気摩擦を起こしながら振りかぶった! すこしの衝撃で爆炎が起こるっ!」
クラエルは前を見ながら叫び、すかさず、くるりとサーベルを順手に持ち替え、踏み込んで横に一閃。
デドルの鉄板の装甲の隙間を縫うように肉を裂いた。血液が飛ぶ。
(――離れすぎたか、浅い!)
デドルはひるむことなく、ふたたび棍棒を振った。その瞬発力に動作終わりのクラエルは防御する間もなく脇腹を打たれた。
「――ぐっ!」
クラエルは受け流すように大きく身をひるがえし、なるべく衝撃を緩和したが、威力は間違いなく人並みを外れている。
――ガシャンッ!
と、鉄棚に盛大にぶつかった。錆びついた鉄棚は折れて工具類が飛び散った。その一撃は、人とFRANのパワーとスピードの差を見せつけるかのような大きな衝撃だった。
「クラエル! 距離を取るんだっ! ヤツと近すぎる!」
「なら、あんたがやられるだろ……」
クラエルは脇腹を抑え、吐息まじりに言った。
「私は防御に徹する。私が狙われたとしても、そこに隙が生まれる!」
「アイツの攻撃を片手で防ぐのか? ……まあ、いいか。わかった。あんたが、そういうのなら、下がるかぁ……」
――その刹那、デドルは地面を蹴って追撃に向かってきた。
「――くるぞっ! クラエル、下がってっ!」
ミリスが叫ぶ。それに合わせてクラエルは地面を踏みしめ、
――前へ飛び出した。
「えっ!」
ミリスは短く声を上げた。
クラエルは肩を突き出し飛び込むような姿勢だった。そのままデドルに真正面からぶつかる。
デドルも虚をつかれたのか、その勢いに押されるままのけぞった。
「確かに下がったぞっ! ただし、――俺が〝前〟だっ! 下がるのはアイツのほうだぜ!」
クラエルとデドルはゼロ距離の地点で地面についた。吐息のかかる距離。
(――どのみち逃げ場はない! 周囲は土砂崩れでどこへ避けても壁を背にしてしまう。……まさかとは思うが、それを見越してコイツが意図的に崩して道を閉ざしたか。こいつの知能なら十分あり得る)
「――だが、そんなことは、どうでもいい――っ!」
この距離のまま、クラエルはサーベルを振るう。それと同時に、デドルも棍棒を振るう。
――反応と振りの速さは、当然デドルが優位。
棍棒がクラエルの横っ面をとらえようとしたその刹那――、クラエルは全身をひねり上げるように身を回し、そして勢いよく風を薙ぐようにサーベルが急加速した。
――結果、クラエルの剣が先にデドルの横っ腹に到達し、斜め下から切り上げた。それとともに、急速な身のひるがえしにデドルの棍棒は外れ、空を切った。そして――、
「奮い立て筋肉の鼓動! ――星閃五連! テトラスライドォオオオッ!」
クラエルは、全身の筋肉を〈振動〉によって血流をみなぎらせて隆起させ、高速の斬撃を放つ。剣閃は瞬く間に五芒星を描く。――残像によりほぼ同時に放たれたかのように見える速度でデドルの身に星が刻まれた。
デドルの腹、脇、片腕、片目、肩口が裂かれ、凄惨に血が飛び散った。
しかし、クラエルの猛攻は止まらない。
――技の動作の流れのまま力を貯め、今度はサーベルの鉄甲をデドルに叩きつける。
――ドグゥン――ッ!
大爆発を起こし、デドルの体は胸の装甲ごとひしゃげると、火に包まれ小部屋から遠く吹き飛んだ。
「はああぁぁ……――っ」
クラエルは全身の力を抜くように息を吐き出すと、燃え盛るデドルが力尽きるのを見据えていた。
「……まるで体そのものが武器みたいだ」
ミリスはまるで銃弾のように飛び込み、怒涛の攻撃を繰り出したクラエルを見て、そっとつぶやいた。




