第十一話 煙
「クラエル、動ける?」
ミリスは自身の傷の手当てをしながら言った。
「ああ。俺は平気だ。いつでもいける」
クラエルは息を整えながら返した。火や爆発を起こすため、プリムスを絶え間なく使ったせいで息が上がっていた。
しばらく休んだミリスたちは土砂の行き止まりからトンネルを引き返し、先へ進む道を探し始めた。
辺りを調べていくと、格子状の鉄扉が見えた。
赤褐色に錆ついた鉄扉は岩壁に挟まれひっそりとたたずんでいた。その向こうには通路が続いている。
ミリスは扉を開けようと手をかけると、
――ガンッ。
と、甲高い音を鳴らしただけで、びくともしなかった。
「サビついているのか?」と、クラエルが声を掛けた。
――ガンッ! ガンッ!
「それもあるけど、扉自体がゆがんでて、かんっぜんに動かないっ!」
ミリスは何度も開けようと試みるが、まったくその兆しは見えなかった。
「まあ、これくらいなら俺が叩っ斬ってやるさ」
「斬る?」
ミリスは不思議そうに返すと、クラエルはおもむろに修道服の下から鞘を取り出した。
そして、鞘から刃を滑らせ、鈍く輝く刀身を見せた。
それは片手で扱える程度の長剣で、先がわずかに湾曲している。柄の部分は半円の金属で、すっぽりと手を覆い隠せる大きさだった。いわゆるサーベルの類だろうか。
「あんた、武器持ってたんだ」
「まあな。こんな格好だからあんまり人目にはつかないようにしてるが、れっきとした俺の得物だ」
クラエルがすぅ、と息を静かに吸うと、
――ぶぅん。
と、サーベルが小さく高速に振動し始めた。そして、それを頭上高く掲げ、深く呼吸する。
「――はあ!」
と、声とともに息を吐き出し、目にも止まらぬ速度でサーベルを振り下ろした。
――ガシュンっ!
鋭い金属音をかき鳴らし、巻きワラを斬るがごとく鉄扉が一刀両断された。
そして、真っ二つになった鉄柵に向かって乱暴に蹴りを入れると、簡単にひしゃげて人が通れるほどの空間が作られた。
「え? 鉄を……斬った? こんな簡単に?」
ミリスは驚きの表情で言った。
「どうだ? この切れ味! これも俺の〈振動〉の力だ! ――剣自体をこまやかに振動させることに電動ノコギリのようにすっぱり斬り刻むことができる! 詳しく言うと、一秒間に約三十四万回の超振動によって物体への摩擦を完全に無にして豆腐を斬るようにすっぱりいくってわけさ……振動数は正式に数えたわけではないがな!」
(ほんとに全部説明するんだな、こいつ)
と、ミリスは講釈を垂れるクラエルを眺めて思った。
「――ねえ! 崩れそうだよ!」
と、突如レインが叫んだその時、鉄扉の天井部の岩壁にひびが入り、ごろっ、とすっぽぬけたように土が抜け落ちた。
「うお!」
クラエルは後ずさりすると、その直後に、
――ガラガラッ!。
と、次々と音を立てて鉄扉ごと天井と周辺の壁が崩れていった。
ミリスたちは咳込みながらしばらく砂埃を振り払って視界を取り戻す。
すると、鉄扉は倒れて土に埋まり、天井はぽっかりと穴が空いていた。
三人はすっかり様変わりした目の前の光景に唖然とした。
「うわ。大丈夫なの? 全部崩れて生き埋めとかならないだろうね……?」
ミリスが訝しげな表情でつぶやいた。
「ま、ここだけ崩れただけだ。土砂を乗り越えれば通れるし、さっさと抜けてしまえばいいさ。ははは」
と、クラエルはごまかすように苦笑いを含めて言うと、ひょい、と飛び上がり土砂に足をかけて登ろうとした。
――その直後、大きめの土の塊がごろごろと音を立てて転げて落ちてきた。
クラエルはそれを横目に見て、ぴたりと動きを止めた。
よく見るとそれは、土というより、大小の細かい石を丸く固めたようないびつな形をしている。
ミリスはその岩塊にどこか違和感を覚えた――その時、
「――こいつはっ! おい! 離れろ!」
と、声を上げながらクラエルは振り返り、素早く土砂から飛び退く。
その刹那、地面に転がったその石塊から、
――ボッ。
と、勢いよく煙が噴き出た。
ミリスたちが離れる間もなく、あたりが白いモヤに包まれる。
クラエルはとっさに手で口と鼻をおさえ、すぐ後ろにいたレインを抱き上げると、その煙から走って抜け出した。そして、叫ぶ。
「――モンサキッドだ! 岩のような殻をもつFRAN! 煙は吸うなよ! 眠らされるぞ!」
――モンサキッド。
およそ一メートル大の岩のような殻をもち、殻の中の本体はヤドカリのような姿をしている。催眠作用のある煙を吐き出し、獲物を眠らせて捕える特徴をもつ。
さらに敵から身を守るため、特殊な性質の体液を用いり、周囲の土や石を固めた上、硬質化させて岩よりも頑丈な殻を作り出すことができる。
ミリスも、そんなモンサキッドの存在は知っていたが、あまり見慣れていないことに加えて、殻はその土地での素材を使う関係上、一見すると辺りに転がっている岩にしか見えなかった。
そのせいで一歩、判断が遅れたが、クラエルの素早い反応で危険を察し、すぐ後ろに続いて煙から抜け出せていた。
「なんとか大丈夫! すこし吸ってしまったけど、問題ない範囲だと思う。レインは大丈夫?」
と、言ってミリスはクラエルの腕に掴まるレインを見ると、
――すぅ。
と、レインは静かな息遣いをし、目を閉じながら首がかたむけた。
「って、寝てるっ!」
と、ミリスはぎょ、っと目を見開いた。
クラエルも気付いてあわててレインの腕を揺すると、レインは足からくずれかかった。
「お、おい、レイン! 起きろ!」
レインを両手で支えて立たせる。……が、ぶらり、と力なく手足が垂れていた。
クラエルはゆさぶるがレインが目を覚ます様子はない。
「あー……。煙、吸っちゃったんだ」
と、ミリスはそっとつぶやいた。
「なあ、霊体でも寝ることあるのか?」
と、クラエルは眉をひそめて言う。
「霊じゃなくて、魂だってば。レインは、においやその場の環境とかに敏感で、生身の本体にも影響するみたいだからなあ」
「うん? 本体は眠ったままなんだよな? 眠ったままの本体がさらに眠らされたのか?」
「魂は起きていたんだから、魂が眠らされたんじゃない?」
「んん……。よくわからんが、まあ、眠っちまったもんはしょーがねえか……」
クラエルは頭をかいて納得できない様子だったが、話を進めるため強引に切り替えようとした。
「しかし、この閉所での煙はまずそうだ。もう少し離れよう。できるだけ呼吸を小さくして姿勢を低くして動こうぜ」
「わかった。……煙が薄まるまでどれくらいかかるかな」
「俺の経験からすると、あの煙の濃さは普通のヤツより強力だぜ。濃度も量もかなりだ。薄まるまで時しばらくかかりそうだぜ」
「煙は一度吐き出したら終わり?」
「いや、体内にガスを充填すれば何度でも煙は出せる。通常のモンサキッドだと、大体、五分ほどでガスを溜めると言われているな」
「煙が薄まるのを待ってても、またガスを貯めて煙を吐き出すってことか。この先通るには今のうちにアイツを倒すしかない!」
と、言ってミリスは目を細めて煙の中にいるモンサキッドの位置を探す。
「……とはいってもな。煙の中に飛び込むわけにはいかねえし、どうすんだ?」
と言いながら、クラエルは眠ったレインをそっと壁際に座らせた。
「私がこの距離から水弾を打ち込む。離れたここからでも十分有効射程内だ」
ミリスは煙の前に立ち、目をこらす。
ぼんやりとだが、モンサキッドの岩の塊が見える。
それに指の照準を合わせると、ミリスは水弾を生成し、射出した。
――カッ。
と、鉄にでも撃ち込んだかのような高い音が鳴って弾かれた。
(……普通の弾ではだめだ。もっと大きく……)
ミリスは、かつてジルが使っていたライフルの銃弾をイメージした。より大きく
鋭く、よく強固に……。
いままではピストル弾程度の大きさだったが、その二倍ほどに膨らませる。
大きくすれば、それだけ相応の射出力が必要なため、実用に踏み出せなかったが、今ならできる……そんな気がした。
「これなら……どうだ。マグナム弾っ!」
水弾は強力な〈凝縮〉の圧力により、ふつふつと沸騰し、湯気が立った。そして、
――ボンッ!
と、破裂するような音とともに水のマグナム弾は射出された。
ゴッ、と鈍い音を響かせ、モンサキッドの岩塊の表面をえぐった……が、とても貫くには至らなかった。
「はぁあ……っ」
ミリスは深く吐息を漏らした。額には汗がうかび、腕が下がった。威力も二倍なら、消耗も二倍、といったところか。
(威力の底上げはできたが……、もっと一点を貫くような精度と出力でなければ……。もう少し練度が必要か……)
ミリスが難しい顔をしていると、
「この距離だとやっぱり厳しいか? ……なら、俺が直接叩き割るしかなさそうだな」
と、クラエルは剣を軽く振って言う。
「煙の中に入るの?」
「ああ。息を止めればなんとかなるだろう」
「うーん。息を止めてプリムスも全力で使うとなると、かなり苦しくない? ただでさえ息切れを起こす程なのに」
「ああ。だから、叩き割ったらすぐに息継ぎに戻る。殻から出てきた本体は、逃げないうちにあんたがやってくれ」
「そういうことね。わかった。必ず水弾を撃ち込む」
「よし、そうと決まれば!」
クラエルは意気込むと、空気を大きく吸い込む。そして、駆けだして、煙の中に侵入する。
モンサキッドの前まで来ると、サーベルを高々と頭上に伸ばし、片足を前に踏み込んだ。
(――くらえっ! 鉄をも斬り裂く俺の剣筋っ!)
〈振動〉を帯びたサーベルの全力の斬り下ろし。
――グギャンッ!
サーベルの柄が地面を叩くまで振り下ろすと、まるで鉄の塊を裂いたようなにぶい音が響いた。
岩塊の殻に一直線に刃が入った。
そして、ゆっくりと岩塊が二つに分かれた始めた瞬間――、
――ブワッ。
と、殻の中から煙が噴き出した。
(――何っ! もう充填が済んでいたのかッ? バカな!)
岩塊の殻から煙とともに、大きなハサミと飛び出た目を覗かせた。――体長五十センチほどのヤドカリの姿。殻ごと斬られたのか、足を数本失っている。
(……いや、今、煙を噴き出したんじゃないっ! あらかじめ殻の中に煙を潜ませていたんだっ! ――や、野郎ぉっ!)
クラエルは振り下ろした格好のまま、岩塊の間近の距離で高濃度の煙を顔面に浴びてしまう。
素早く身を引いて口を抑えるが、噴き出した煙が問答無用に鼻や口から侵入したのか、体は急激にだるくなり、強烈な眠気に襲われた。
「――クラエルっ!」
ミリスが呼びかけたが、クラエルは煙の中で膝をついて、ぐったりと顔を伏してしまった。
(なんだ? なんでまた煙が噴き出したんだっ? ガスの充填時間が必要なんじゃないのか!)
ミリスは動揺したが、伏したクラエルの向こう側に、真っ二つに割れた岩塊がうっすら見えた。
(……だが、クラエルは殻を割るのに成功してるっ! なら、やるしかないっ! 手筈通りに、本体を撃たなければっ!)
ミリスは煙の中めがけて水弾を構える――が、
(煙のせいで、本体がよく見えない……。とにかく開いた殻の中に撃ち込めばいいか……? いや、外して警戒されたら一目散に逃げてしまう。ならば……)
「殻周辺をまとめて氷結させてやる! 凍てつかせ生命活動を停止させる――っ!」
――バシュッ!
水弾は撃ち出され、着弾点を中心に凝縮が起こり、周囲の温度を一気に奪う。
煙の中で見にくいが、殻ごとその場一帯が霜ついたのがわかった。
(……どうだ? 依然本体が見えないから仕留めたかどうかもわからないな……。だが、行動は停止させたはず。念のため何発か追撃するか)
そう思い、ミリスはふたたび水弾を構える。
――その時、
何かがすぐ足元に飛び出てきた。
ミリスは一瞬、その存在が理解できなかった。
小さいながら目や口があり、両手にハサミをもった多足生物――ヤドカリの姿をしている……。
(――こいつ……モンサキッドの本体かっ! しまった、煙にまぎれて向かってきていたのか! 今のいままで見えなかった! マ、マズいっ!)
ミリスはあわてて身を引いてブレードに手をかけた、直後、
――ぷしゅっ!
モンサキッドの口から出た煙を直に浴びてしまった。煙の中でまぎれているうちに充填時間を稼がれたのだ。
(催眠煙! ――に、逃げろ! だめだ! 間に合わない! 口をおさえ……っ!)
と、思考をめぐらせたと同時にひざが落ちた。ブレードを握った手もゆるみ、ぶらりと垂れた。
(う……体に、力がはいら、ない……っ!)
ミリスは、なすすべなく膝から崩れるように地面に倒れた。地面に顔がぶつかる。
強烈な眠気。圧倒的な脱力。脳がかろうじて意識を保っているが、疲労した身体のほうは煙の催眠にあらがえないのか。まるでかなしばりのように身動きが取れない状態だった。
…………。
(――ハッ!)
いつの間にか目を閉じていたことを自覚し、目を勢いよく見開く。
(いや! だめだ! おきろおきろおきろおきろ――っ! なんでもいい! 声を出して体を起こせ! 叫べ! うわああああああ――っ!)
頭の内で必死に声を上げ暴れるが、実際では一切声にならず、体がまったく言うことを聞かない。
(こ、こんなところで……、私まで眠ってしまったら……。こんなやつに全滅なんて、そんなこと……ありえ)
そこで、ミリスの意識が途切れ――。
――グ、チャッ。
途切れかけた意識の中で、何かが潰れる音が、鮮明に耳に響いた。
まどろみ半分のまぶたをうっすらと開けると、目の前でモンサキッドの本体は、ちいさな足で踏み潰されていた。
「……ゆるさない」
――小さく、かすれたような声。
「わたしをねむらせるなんて、ひどいこと、絶対……、ゆるさない……」
視界がフィードアウトしていく中、その重く、悲しい声が静かに周囲に溶けてゆく。
(レイン……。そうか……、また、ひどい悪夢を、見てしまったのね……)
ミリスはそこで力尽き、眠ってしまった。




